【12】

 知ることとは、決めることだと、誰かが言っていた。


【12】


 いつまで経っても変わらない僕と叔父の関係。僕は大学受験に向けてそろそろ本格的に勉強をし始める。母は礼儀作法や見た目には厳しいが、僕の将来については口出しをしない。大学はどこにしようか、まだ決めてはいないけれど、偏差値をあげるにこしたことはない。僕はひたすら勉学に励む。頭の良い叔父や母に、ときどき頼ったりしながら。

 叔父はあれから、恋をやめたようだ。あんなにも気にしていたスマホを見なくなった。だろうね。変なことはやめるに限る。だって夜詩くんは接続や連続を何よりも嫌うのだ。ほどよく心地のいい恋愛なんて、接続と連続以外のなにものでもない。夜詩くんが誰かと長く人間関係を良好に続けた試しなんてないのだし、僕が勉強を教えてもらいにちょくちょく押し掛けることにならずとも、きっと夜詩くんは他人とは長続きしない。

 僕は数学を習っているとき、夜詩くんを独り占め出来たような気持ちになって、満たされる。

 そのくせ、夜詩くんの事件について調べることに決めた。理由は分からないが、二十歳までに知っておくべきだと、何故か感じたのだ。根拠なんてない。どこにも、なんにも、接続していない、ぽっかりとした感情。

 夜詩くんの誘拐事件は、空前絶後の猟奇的な事件として、いまだに犯人のことはインターネットに晒されている。たとえば、村中の人を殺して回った人や、十七歳の少年や、押し入れのなかに死体を隠していた人らのように。

 インターネットの情報はあてにならないと知っているから、僕は図書館を利用する。わざわざ金を出して本を買うつもりはない。こんなもんにお金は使いたくない。当時の新聞記事を司書さんに頼んだり、心理学社会犯罪の棚を行ったり来たりする。

 三十代の犯人は、三人の男児を誘拐した。夜詩くんが三番目に誘拐された。そのときすでに最初の一人目は死んでいて、山奥に埋められていた。二番目の子供と夜詩くんは監禁されていて、精神的にも肉体的にも性的にも暴力を受けながら数年を過ごした。そして二番目に誘拐された子供は死んでしまった。いや、犯人に犯されながら首を絞められて、殺された。夜詩くんはその死体処理を手伝った。山奥へ行き、そこに穴を堀り、死体を埋めた。

 夜詩くんは穏やかな気持ちで穴を掘ったと供述している。

 ようやく、生きているからこその苦しみから解放された子に対して、柔らかな気持ちであったそうだ。慈しむように埋葬し、また殺してしまったと泣く犯人を慰め、夜詩くんはその人と暮らした。ストックホルム症候群だなんて、短い単語にまとめるべきではない長期間の苦痛。もはや苦痛を通り越した絶望。諦観。あるがままを受け入れる日々。そうするしかないから、そう過ごしていた何年間。夜詩くんはいずれ自分も殺されるのだろうと考えていた。いっそ死んでしまいたい日もあったという。殺して、と頼んだ日さえあるという。

 どうして僕がここまで詳しく知っているかというと、そりゃ本に書いてあったからだ。夜詩くんは一度だけ、被害者を取材するルポライターの取材を受けたことがある。その本は基本的に犯人の死刑寸前の精神鑑定について、重きをおいている。

 そんなこと、僕にはどうでもいい。生き残った被害者。それが夜詩くんだ。夜詩くんだけが、生き残った。他の誘拐された子供は死んだ。殺されたという表現はあまりにも生々しすぎて、あんまり使いたくない。

 夜詩くん本人からすれば、生き残ってしまった、なのだろうか。僕は文字にされた叔父のことを、夜詩くんとは思えない。生き残った児童、なんとか一命をとりとめた少年。よかったね、では済まない話。

 僕は真面目な人の書いた真面目なルポルタージュにさえイラつく。それらの文章が、夜詩くんのことを分かっていれば分かっているほど、怒りがこみあげる。どうしてだろう? 理解してもらえたほうが、人は一般的には気楽なはずなのに。逆に、もっともっと理解してほしくて、僕は怒っているのかもしれない。未だに過去を過去に出来ないときのある叔父のことを。


 


 連続児童誘拐殺傷事件のことはフィクションでも扱われていて、やはり犯人の異常さにばかり注目される。子供を愛しすぎているから誘拐して、殺してしまった頭のおかしい人。猟奇殺人は当時も今も大人気のネタだ。

 夜詩くんは目の前で他の子供の殺されるのを見た。目の当たりにした。自分もいつかは同じ目に遭うのだと、何度覚悟したことだろう? そういった空想の物語さえあって、僕は図書館で借りた本なのにビリビリに破きたくなる。平和に生きていれば神童はそのまま天才になったかもしれないのに……だなんて、うるさすぎて厄介だ。

 勝手に物語にするな。

 ネタにすんな。

 人生なんだよ。

 僕の大切な大切な人なんだよ。

 やめてくれ。

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