【06】

 叔父の過去を僕は詳しく知らない。知らなくていいことだから。



【06】



 夜詩くんはペンネームをいくつか持っていて、でも僕からすれば夜詩くんの書いたものは一目でわかる。文法が独特なのだ。意味不明で機械的な会話と、話が前後する地の文。国語の授業ならダメ出しされるんじゃないかな。でも売れるんだから、これはこれでアリなんだろう。官能小説向きじゃないけど、だからこそ逆に固定ファンがつくのかもしれない。夜詩くんの年齢制限ありきの本は、購買層を大人の男性へ焦点をあてているけれど、意外にも若い女性の購入者は多いとの噂。

 接続、と夜詩くんはよく言う。

 接続を切ること。それが大事。人生においても、小説においても。勝手な脈絡を作ることは傲慢だ。それが人類最大の欠点ともいえる。接続を断てば人は怠慢に気付き、不安から逃れ、無駄な希望も持たずにすむとの説。夜詩くんの言うことはよくわからない。でも全くわからないわけじゃない。夜詩くんはきっと何かを痛烈に待ち焦がれているのだ。待ちきれなくて追い求めてるのだ。正しくない正しくない正しくないとエラーを繰り返して正しい答えを探しているのだ。諦めろ、ではない解を。

「夜詩くん、なんで普通の小説家にならなかったの」

 ある日、夜詩くんに聞いてみた。ソファでごろごろしながら、未解決事件の雑誌を片手に。ゾディアック。この記事を書いたのも夜詩くんだ。正直、Wikipediaのほうがよくまとまっている。さらに言えば、ウェブで探せば未解決事件だの都市伝説だのの愛好家がサイトを開設しており、一番詳しいのは無料で閲覧できるそれらだったりする。別に夜詩くんの手腕が悪いわけではなく、この手の雑誌とはそういうものだ。

「別に小説家なんかなりたくないよ」

 夜詩くんはそう答えた。

「書いてるじゃん」

「作れるからね」

「………………別にえろいこと好きじゃないでしょ?」

「好きじゃないよ。なんで?」

「うーん? だって書けるってことはそれだけ、あれじゃないの」

「あれ」

「………………………」

「……………………あれ、とは」

「え、察してよ」

「…………………ごめんよ。わからんよ」

「うーん。なんていうかー。だからー」

 いろんな女の人といろんなことをしたい。的な。

 性欲。

 口に出すことはためらわれて、やっぱりいいや、と話を切り上げる。夜詩くんは叱られた子犬のような目をして僕の様子を窺う。放っておいたら、両手をもじもじさせながらうろうろし出したので、僕はソファから身を起こして両腕を広げた。ハウス。僕は簡単に夜詩くんを捕まえることができる。何故ならば、夜詩くんは僕を抱きしめるのが大好きだから。

 僕は夜詩くんの柔かい髪に触れる。

「夜詩くん、恐竜の本は書かないの」

「書かない」

「なんで?」

「なんで? 書けないからだよ」

「恐竜好きじゃん」

 僕に頭を撫でられていた夜詩くんは、不思議そうに僕を見る。何一つ接続しない、という顔で。

「恐竜は好きだけど好きなものを書いてるわけじゃないし、書けないし、恐竜は他の人が書いたり作ったものを観る方が楽しい。僕のなかに新しい発見はないよ」

「羽毛の恐竜」

「うーん。最新科学も好きだけど、大きいトカゲのが好き」

「ジュラシックパーク?」

「うん」

 夜詩くんは未だに緑の恐竜を枕元に置いている。





 

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