【05】3

 人を抱きしめる。抱きしめられることとは似て非なる。圧倒的な守ってやりたい感。あ、こんな気持ちになるんだ。夜詩くんもそうだったのかな。いつも僕を抱きしめるとき。

 愛しい。

 男なんていつまでも子供ねと女の人はいうけれど、それとはちょっと違う意味で夜詩くんの部屋には恐竜のぬいぐるみとかミニカーとかある。電車が好き。ヒーローものが好き。停まった時間。失われた時間。二度と返っては来ない時間。

 それでも夜詩くんは生きなきゃいけないので、生きるべきなので、まあそんなガチガチに考えなくても、とりあえずは生きているので、衣食住だの仕事だのを日常に置いている。時計は動く。豆苗も伸びる。薬は飲んだら減る。

 あらゆる事象が混在している。理由があって存在している。

 僕はただ、この人が好きなだけだ。

 他の干渉は受けない。





 夜詩くんはふっと笑って、そのまま身体を揺らす。笑っている。笑いをこらえている。

「……なんで笑うの」

「君が可愛くて」

「バカにすんなよ」

 可愛いという言葉は屈辱的で、すぐに反応してしまう。でも、夜詩くんと僕とでは同じ単語でも作用が違う。

「子供は可愛いものだよ」

 夜詩くんはそう言って僕を抱きしめる。そして、泣く。

 官能作家はよく泣いている。男女の物語を作るけれど愛はない。大人。子供。正常。異常。嫌い。愛しい。著しく相反する感情は同時に存在が可能だ。

 矛盾は同居する。接続詞を不要として。

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