【04】3
「やだ。帰んない」
「じゃあ私も泊まる」
母の発言にうろたえるのは家主と僕で、うろうろ、おろおろ。母は三人分の料理をさっさと作り、普段はテレビ観ながらご飯食べるのは禁止なのに、みんなで宇宙の冒険を食卓から見守る。あれ、誰も怒られない。誰も怒らない。もしかして、僕から切り出すべき? 何を? 別に言うことないし。知らないし。まだやさぐれてるし。ふん。
風呂に入って服を借りて、リビングでくつろぐ。アイスも食べる。夜詩くんは合間に仕事を終わらせて、今度は別の宇宙へ僕らを誘う。まるで一家団欒みたいだな。AmazonのCMかよ。
父がいたらどんな家庭だったのだろう、と考えて、その思考がわいてきたこと自体に僕は注目する。僕は父親がほしいのか。まさか。そんな。
でもいつか出会う父親が暗黒面だったり、意思を持つ星だったら嫌だな。スター・ウォーズ。ガーディアンズオブギャラクシー2。僕は母と叔父で満ち足りている。もふもふのブランケットと、少し溶けたアイスに満たされている。なににイラついてたんだっけ。
「まさか、しょっちゅう会ってないでしょうね」
後日、母は僕に問うてきた。
「会わないよ」
「そう?」
「うん」
「じゃあなんで連絡先知ってるの」
「えーと」
偶然街ですれ違って、などと供述し、僕は話をはぐらかす。
「それよりお母さん、なんで夜詩くんと会わないの。住んでるとこ近いのに」
「近いのと会うのとは別でしょう。近いからって毎日隣人と会う?」
「それは会わないけど。姉弟じゃん」
「それで?」
「えぇ……。…………仲悪いの?」
母はゆっくりと深呼吸をし、僕を見つめる。
「仲がいいとか、悪いとか、そういったもので括れないのが家族なのよ。あなた最近あれと似てきたけど、そういうことなのね」
母は僕より話を反らすのが上手いし、僕の嘘はたいてい見破るのだ。
「会うなと釘をさされた」
夜詩くんは開口一番、そう言った。放課後、いつものように叔父のところへむかうと、彼は予想通り、憂鬱な状態になっていた。精神状態は安定して不安定だ。あれだけ快活で健康的だったなら、その次にやってくるのは暗黒期。夜詩くんにとって健康は身体に悪い。快調のあとの降下は甚だしい。
室内なのにパーカーのフードをかぶり、いつもより猫背で、全体的に左へ傾いている。不審者。もちろん泣いている。
「釘でさされるのって痛い?」
「あんまり」
「夜詩くんは僕に会いたくない?」
「会いたいよ」
「僕のこと好き?」
「好きだよ」
よっしゃ。
夜詩くんの精神状態は家にも表れるので、とてもわかりやすい。簡潔にいうと、汚い。無意味に床に積み上げられた本。ぬいぐるみのバリケード。カーテンはまだ半開き。廊下の端には、埃。出しっぱなしの薬。散らばった服。はさみ。あ。
「夜詩くん」
「うん」
「……………腕見せて」
部屋の角でうずくまる夜詩くんの腕を取る。赤く滲んだ線。
「痛い?」
「あんまり」
「痛そうだよ」
「もっと痛いほうがよかった」
「なんで?」
「……………………………………………」
夜詩くんは顔をあげない。
自分を嫌うことは悲しい。罰することは、もっと悲しい。自分が自分を見放してしまったら、いったい誰が救ってくれるのか。
僕は君に悪影響だと夜詩くんは言う。それは母の受け売りでしょうと僕は答える。夜詩くんは答えない。
「ねえ、夜詩くんが恐竜好きじゃなかったら僕は生物と歴史に興味なかったし、夜詩くんが宇宙好きじゃなかったら僕も興味持ってないし、夜詩くんが小説家じゃなかったら読書なんてしないよ。夜詩くんがガロアとか七大難問とか教えてくれなきゃ数学も興味持ってないよ。それも全部悪影響?」
「………………………」
「僕は夜詩くんじゃないから友達多いし出掛けるのも好きだしスポーツも好きだよ。影響を受けない部分だってあるよ。それは認めてくれないの」
「………………………」
僕は叔父の名前を呼ぶ僕が好きだ。心があったかくなる、という曖昧な表現を回避する術は今のところ持たない。僕は夜詩くんの手を握る。
キスしようとしたら拒まれた。
「やっぱり悪影響だ。こんなの。間違ってる。良くない」
「夜詩くん」
「駄目だ」
「駄目なの?」
「困らせないで」
その言葉に傷ついて、僕は夜詩くんから手を離してしまう。僕も夜詩くんを苦しめる世界の一部だろうか。
自分の殻に閉じこもってしまう夜詩くんを、眺める。
アカウントは拒否されました。
「好きなんだよ」
僕は夜詩くんに言う。
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