【04】2

「経度と緯度で示すなよ」

「戦争の産物に感謝しなよ」

「えー」

「Googleマップで探すの楽だったでしょ?」

「ひねくれてるなあ」

 宇宙公園のコックピットに丸まること数十分、夜詩くんは上着を片手にやってきた。居場所の数字と、それから、寒いと僕がメッセージを送ったので。

 アスレチックの中に隠れていた僕を夜詩くんは見つけた。

 銀河の傾斜を降りながら、僕は土星を踏みつけ、木星を蹴る。ぶかぶかのパーカー。あったかい。

「家に帰ってないの」

「一旦は帰ったよ。母さんから連絡来てないの」

 夜詩くんは肩をすくめる。

「ハツが僕んとこに来てるなんて、姉さん思わないよ」

「そっか」

「うん。…………なんかあった? 大丈夫?」

 その言葉が聞きたくないんだと、僕はわざわざ迎えに来てくれた夜詩くんをなじる。夜詩くんは今日は快調なので泣かず怯えずに笑う。

「なんか理由がなきゃやさぐれちゃいけないの」

「ごめん」

「ごめんじゃない」

「十代は複雑だもんね。ごめんね」

「そんな言葉で片付けないで」

「ごめん」

 ムカつく。全然違う方向へ歩き出したら、夜詩くんはまた謝って僕の手をひいた。

「触んな」

「帰ろ?」

「…………………」

 カラスは鳴いてないけど帰りましょう。叔父は歌う。上機嫌だ。よくない。この良し悪しは僕の個人的な感想によるもので、言い換えれば僕にとって都合が悪い。やだ。寄り添ってない。

 普通の大人と僕の苦痛は呼応しない。

「手ぇ離せよ」

「はいはい」

「変だよ。やだってば」

「はいはい」

「………ねえ!」

「心配してるよ」

 嫌いだ。

 泣きそうになって、でも怒りたくて、結局どっちなんだと迷っている間に、僕は感情の爆発の最適なタイミングを逃す。

 僕は僕の意思を持ち、なにかを作り、誰かを愛し、自らの能力を高め、他人を慮ることも出来るけど、法に守られていて、保護者が必要で、無力だ。

「……………宇宙行きたい」

「じゃあ水泳と英語頑張らないと」

「そんなリアリティ今求めてない」

「そっか」

「うん」

「この公園も宇宙ですけど」

「そういうのじゃないんだよね」

「……地球も宇宙の一部である…………とか、的な、」

「つまんない。夜詩くん」

「うん」

「理由とかないけど全部壊したいとき、ない?」

「ない。それが若いってことだよ」

「………………聞きたくない回答だ」

「安泰が停滞になるのは若いからだよ。状況を打破して新しいアイデンティティを確立したがる。年取ったら逆に平穏を求め出すと思うよ」

「そうなの」

「ことなかれ主義はそうして生まれる」

「夜詩くんは今どっち」

「僕は安泰で平穏だったことなんか一度もない」

 与えられた幸福は享受すべきだ、と夜詩くんは言う。橋の手前で、帰れと帰りたくないで揉める。










 久しぶりに姉に会う夜詩くんは、そわそわしている。怒られる不安。叱られる恐怖。会える喜び。その他諸々。僕の責任ではないから放置しておく。

 絶対帰んない、を押し通して、僕は夜詩くんの部屋に転がり込んだ。親呼ぶぞ、に対してどうぞと伝えたら、テンパるのは夜詩くんで、いじめすぎたかなと思う。母からも僕に着信が入っている。無視。

 勝手にスタートレックを観始めながら、僕はソファにとける。夜詩くんと会っていることは母には内緒だ。でも今回のことでバレる。会うなとか言われるのは百も承知。夜詩くんが面倒臭がって、僕に会いたがらなくなったらどうしよう。それが怖い。全部壊したくなって衝動的に動いた結果、大事なものだけ失う羽目になったバカの顛末。

 インターホンが鳴る。

 家同士の距離は近いのだ。

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