第1話 焼失わが家(後編)

消防と警察は存外はやくカジカの元すみか「すみれ荘」に到着した。

手遅れである事に変わりはないけど、ある事が判明した。


火元は私のトースト(?)ではなく、隣室のコンロからの出火だった。


燃えてしまった…インクもペンも描きかけの原稿も…


私が火事と気付き咄嗟とっさに手にしたものはスリッパ、小銭しか入っていない財布、エロ本…


こんな物の方が咄嗟とっさの私には大切な物に思えたのか。やっぱり自分は根本から漫画家に向いていなかったのかもしれない。


「いいキッカケだ…もっと早く辞めちゃえば良かったんだ」


言葉に出すと少しスッキリした。今日は良いことなんてひとつもなくて、家は燃えて、エロ本片手にスウェット姿、それでもデスクに向かってあくせく漫画を描いている時より自分はいい顔をしてるんじゃないか?


「憑き物でも落ちた気分だ」


「そうだ、よく気付いたな。お前も見えてんのか?」


予想だにしない近距離から急に声が聞こえ、思わず振り返る。

気付けばカジカの真後ろにゆうに三〇センチメートルはカジカの身長を超えるだろう女性が立っていた。

そのせいで丁度その女性のに目線がいってしまい…たまれない。大きい…


そんな事を意に留めもせず彼女は言葉を続ける。


「何だ?見えた訳じゃないのか?」


見えるとは何のことか?もしや胸のことか!?


「み、見てないです!…いや確かに見たけどわざと見たんじゃなくて見えたというか…かく私は胸なんて…」


エロ本片手に訴えても効果は無いけど、むしろ逆効果だろうけど、カジカは精一杯弁明しようとする。


「いや、ワシが言いたいのは乳の方じゃなくてな…見えんのか」


スッと手を差し伸べられる。


「ホレ、掴め」


状況があまり掴めないが目の前の手に恐々こわごわ自分の手を伸ばす。握り潰されることはない…と願いたい。


女性の手に触れた瞬間カジカの背中に怖気おぞけが走った。


「なッ!?」


手を反射的に引っ込める。キケン!脳内信号は真っ赤っかで怖気が引いても心臓のバクバクが止まらない。


「い、今のは!?」

「すぐに手を離したら意味が無いだろ」

「そんな事言ったって!私は貴女あなたが誰かも知らないんだ」

「ふぅん、名乗れと言われてもワシには名乗る名無くてな」

「何が名乗る名ないだよ」

「名無いだ」

「同じじゃ無いのか?」

「いいからまずはワシの手を掴め」


強引に手を掴まれる。背中をぞわぞわと走る悪寒おかんに手をほどこうとするも女性とは思えない怪力で締め付けられる。


「目をつぶるな。前を見ろ」


おそおそる目を開くと足下あしもとに人間の赤ん坊サイズの虫が転がっていた。


「ヒィッ!何だよコレ!?」


長年にわたる暗黒物体ゴキブリとの共存で人一倍、虫には慣れているつもりのカジカだったがコイツは流石にデカ過ぎた。


「お前の肩についさっきまで憑いていた憑き物だ」

「イヤイヤイヤ、こんなの肩に乗ってたら嫌でも気付くって」

「手を離してみろ」


さっきはどんなに振っても離さなかったくせに…

渋々しぶしぶ手を離してもう一度足下を見遣ると虫が消えていた。


「…!」


どうやっても隠せる様なサイズではなかったはずだ。


ちなみにワシにはそこにまださき肉虫にくちゅうが見えてる。お前にも見えていたのは先はワシがお前とを結んでいたからだ」


…」

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