18 何か喋らんか~~~~い!①

“なんで、僕、一緒に歩いてるんだ?”


 青年が襲撃されてから5日が経過していた。


 脅威が去ったのかは分からないが、部屋で静養していた青年は、再び誰かに襲われることはなかった。襲われた理由、襲った相手については未だ何も分からなかったが、発生場所が治安の悪い地域であったこともあり、表面上は「窃盗目的による犯行」というとこで落ち着いていた。


 また、2、3日は傷の痛みに悩まされた青年ではあったが、肉体的にも精神的にも順調に回復をみせ、股間の腫れも体臭も改善され、今は傷を負った箇所に多少の痛みが残る程度で、歩行も可能となっていた。


 そんな青年はピコスと共に温泉街を歩いていた。


 この時期にしては暖かく柔らかい日射しの中、街の繁華街を、フード付きのポンチョ型マントのようなものを着て歩く2人。だがその生地や装飾、色彩の差から経済的な格差は明確なものがあった。継ぎ接ぎだらけの青年のマントとは異なり、光沢のある深紅に金や装飾が入ったピコスのそれ。この温泉街で貴族は然程珍しくはないが、それでもマントの光沢と気品は擦れ違う人の目を奪い続けていた。


 そんな少女の後ろを歩く猫背の青年。変な汗が額に浮かぶ。今までに経験したことのない類の汗。過度な緊張感から呼吸が整わず、口腔の乾きも著しい。四肢のコントロールが上手くいかず、ぎこちなく歩く青年。全ての臓器が悲鳴を上げているのが分かる。


 あの夜、『あとは自然治癒で』と吐き捨てていたピコスだが、言葉とは裏腹に、その後も麻酔魔法を施しに何度も青年のもとを訪れては、魔法の結果を、回復状態を確認していた。不愛想で高飛車な態度で接することに変わりはなく、毎回かなりの悪態も落としていったが、その魔法の効果は、回復の効果は確かなものであった。


 そんなピコスが今日、青年に向かい叫んだ。


「お前、もう自力で歩けるだろ!何時までも病人面して寝てんじゃねぇ!リハビリついでに僕に街を紹介しろ!リハビリは早々にした方が良い。本当は昨日から開始するつもりだったんだが、僕の都合で今日にした。さぁ、行くぞ!早く案内しろ!」


 と、有無を言わさぬ勢いで命令した。“僕の都合、関係なしかよ”と心で呟く青年ではあったが、恩人の強請、いや、誘いを対し断る術はなく、結果、青年は、人生初の「女性と街を歩く」という体験をしていた。




 街の中心部にある繁華街。先日、大道芸が披露されていた噴水広場を横切る。先日とは“別の意味”で違った光景に見える青年。視神経がバグっているのか、噴水が巨大なキングコブラに見えてくる。石畳の路がセミの翅のように振動して見える。


“やばい、DNAが一気に書き換えられてる気がする”


 そんな意味不明な言葉を呟く青年を他所に、その前を歩く少女にはこの田舎の温泉街は珍しい光景と映っているらしく、様々な感想を口にし歩いていた。


「う~~ん、これが硫黄の臭いってやつか。あまり身体によくはなさそうだなぁ、、でもこれだけの人が普通に暮らしているのだから害はないのか、、それにしても、雪景色が綺麗な街だと聞いていたが、あまり雪はないな。なんだか残念だな、、もっと山の方へ行かないとダメか、、それに、一般大衆の温泉にも感動しなかったな。僕の家の浴場の方が数倍大きいし、一人でゆっくり入れる。他の者がいるから泳いだらダメ、とか、タオルを湯につけるなとかうるさいし、、街で売ってる食べ物も今一だ。我が家の料理長の作る物の方がはるかに上手い。山岳地だから山菜や茸が名物と云われても、僕は肉と魚が好きで、あまりその手も食べ物には、、あ、でも羊の肉は上手かったな。さすが、屠殺場から直で新鮮な肉を仕入れているだけある。本当に柔らかくて美味しかった。どうしても殺してから時間が経つと肉の繊維が固くなって脂身も臭く、、それと、あの黒い卵は上手かったな。温泉卵ってやつ。あれは今度うちの連中に造らせよう、、


 その少女の吐き出す言葉を後ろで踏み続けるだけの青年であったが、ピコスの指摘もあり、積雪が殆ど無い街並みに気づいた。耳にした話では、数日前から殆ど降雪はなく、暖かい日射しが続く時間も多く、山の方では小さな雪崩が増えているとのことだった。外出には外套が必要ではあるが、昨年のこの時期とは異なる日射しであることを知る。数日ぶりに自身の足で歩く青年には厳しい光。


 そんな陽気のためか、街は人の往来も多く明るい喧騒が転がっていた。温泉街としての活気がそこにはあった。その日常を、街並みを眺め歩くピコス。往来の真ん中を、堂々と歩く。中央を歩くことしか知らない者のように。そして肩で風をきるように、他の市民を押しのけるよう、馬車を蹴飛ばし、感想をだだ漏れさせながら歩いていった。


「雪化粧した街風景が見れないのは残念だな。情緒あふれるものと聞いていたのだが、、まぁ、仕方ないな。それでも、僕の国とは色々な違いがあって面白いな。例えばこの石路。まさか常時温水が流れてるとは。自然の力を利用した素晴らしい技術だ。雪で凍結しないようにする工夫。街の除雪が捗るよう水路も複雑に廻らされているし、地熱も活用しているようだな、、いやはや、人族の叡知と努力に触れると気持ちが良いな、、ほら、見ろ、あの屋根の形。平地のそれとは違い、、


 歩きながら、ピコスは温泉街特有の工夫、雪との共存の知恵に感嘆の言葉を続けていた。


 この国より遥か北にあるジェジエル王国では滅多に雪が降ることはなく、国の北東に連なる山脈以外で雪に触れることはないとのこと。更に、貴族のピコスは生まれてから一度もジェジエル王国から出たことはなく、このンッドバベ国を訪れたのも初めてであり、温泉街という場所も初めてとのことだった。見るもの、触れるもの、全てが新鮮なのだろう。彼女の独り言は止まる様子はなかった、


 、、そう、、独り言、、


 独り言??





「何か、喋らんかい!!!!!!!!!」


 突如、数歩前を歩いていたピコスが、切れた。


 街を歩きだしてからそれなりに時間が経過しているが、何一つ話さず、相槌すら打たぬ青年に、背を丸めおどおどしているだけの青年に、切れた。街のメインストリートの真ん中で、胸座をつかみ、頭突きをするように、ブチ切れた。


「お前、いい加減にしろよ!なんでずっと無言なんだよ!僕が嫌いか?嫌いか?僕がそんなに嫌いか!!傷、治してやった!部屋と食事も与えてやった!なのに完全無視かよ!お前が何も言わないから、僕が見えない精霊に向かって話し続ける変な人みたいになってるじゃないか!見ろ、周りの眼を。完全に怪しい者を見る目だぞ!そこにあるのは口じゃないのか!あぁ?違うのか?お前のそれは口じゃないのか?それは、口じゃないんか!!」


 切れたピコスが詰め寄り、両頬を強く引っ張り、青年の頭部をシェイクする。


「痛ててて、す、すみません、、分かりました、、離し、離してください、」


 顔の形が変わるほど頬を引っ張られ、半泣き状態の青年。首輪こそ着けられていないが、支配者と服従者といった歪な関係に周囲の眼が更に囁く。なにあれ、と。訝しげに見る周囲。ひそひそと囁かれる陰口、、


 そんな中、慌て、混乱し、怯えて尻尾を下した犬のように啼いていた青年はあることを思い出した。あの時、ピコスが云ってたことを。そして、それを思い出した青年は、その時の言葉に従い、即座にそれを行動に移した。躊躇することなく、、


 土下座した。そして、、


「も――――しわけ、ございません――――――でした!!」


 、、と、額を石路に擦り付け、大声で叫んだ。


 咄嗟のできごとに絶句するピコス。過度の緊張から『謝罪』と『お礼』を混合した青年は、勢いよく、続きの台詞を叫び続けた。


「どうか私を踏み殺してください!高貴で眉目秀麗なピコス様のご機嫌を損ねたこと、万死に値します。どうか、この豚を気の済むまで蹂躙し、蹴り上げてください!どうぞ、気の済むまで、僕に罰を与えてください!お願いします!ピコス様――――――――!」


 、、大声で、土下座のまま叫ぶ青年。ピコスのブーツの爪先にキスでもするように蹲る青年。街の喧騒が止み、嫌な静寂が周囲を覆う。その静寂の意味を察し、一気に赤面するピコス。先までの「変わった2人を警戒する」という視線が「性的背徳者」を見るそれへと変わっていくのが分かる。『なにあれ?特殊な性癖の人たち?』『やめてよね、公の場所で。』『あの少女はあの年で毎晩男を踏みつけているのか』、、などの囁きが聞こえてくる、、


 複数の矢が、少女を無残に突き刺していった。

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