19 何か喋らんか~~~~い!②

暫くの後、中心部の表通りを脱出し、南区居住区へと通じる裏路地に2人の姿があった。大きく、平手打ちの痕を頬に残したまま歩く青年。その頬に痕をつけたであろう彼女の後ろを歩く。犬の散歩同様、見えぬリードでピコスに引っ張られている状況に変化はないく、見えぬ首輪をつけられ歩く青年。


 あの往来での土下座の後、『うわぁああああああ!!』と涙目で叫んだピコスは、信じられぬ力で青年を担ぎ、一旦路地裏に避難した。そして、一悶着を経てた2人はある店へと向かい歩いていた。


「まったく、、馬鹿かお前は!道の真ん中で突然あんなことをして!僕が怪しい性癖の持ち主になってしまったじゃないか!」

「でも、、前にピコス様が、、」

「TPOを考えろ!TPOを!道のど真ん中でいきなり土下座されたこっちの身にもなれ!この馬鹿者が!!だいたい、僕が言ったのは『御礼』だ!謝罪じゃない!」

「普通、謝罪の方が土下座にふさわしいと、」

「うるさい!!お前、僕に変な噂がついたらどうしてくれるんだ!!嫁入り前の大切な体に不浄なものがついたら、、


 などなど、怒りが収まらぬピコス。それに対し、なんでTPOを知ってるんだよ、、それに嫁入り前って、、との突っ込みをしたくなった青年だが、余計なことは火に油をそそぐ結果になると悟り、文句を言い続けるピコスの言葉を受け流しならが黙々と歩いていた。


「あ、そこ、、右です、」 


 角を左に曲がろうとしたピコスに、方向が違うことを指摘する青年。それに対し“鬼っ”とした表情で振り返り、青年を睨む。


「お前、不味かったら殺すからな。」

「え、いや、、」


 2人は、ある店へと向かっていた。喉が乾いたので美味い茶が飲める店へ案内しろとの要求に合わせ、青年が提案した店へと足を進めていた。


「不味かったら、殺す、不味かったら、殺す、不味かったら、殺す、殺す、殺す、、」

「、、、、、、、」


 首を捩じり、後ろを睨みながら歩くピコス。その視線が繰り返す不穏な言葉。噴火しそうな眼を向けるピコス。リハビリって心がこんなに痛むんだ、、、との言葉は飲み込んだ青年だったが、以前トルから教えてもらった店を、不明瞭な記憶を頼りに歩いていった。




「本当に話さないんだな、」


 南区住宅街の奥まった場所。店内以外にも、店先で日射しを受けながら飲食が可能な店。昨年オープンしたらしいが、この街では珍しいミファッラという黒い液体が飲めると評判の店。小洒落た内装で、提供される軽食も甘いものが中心らしく、以前、資材運搬の際にトルから「女性を誘うなら」と教えてもらった店。


 通りは挟んだ反対側では、数人の若い男がヴァイオリンのような楽器を奏でていた。BGMとして演奏しているのだろうが、店内が女性で溢れていることもあり、演奏には女性を魅了しようとする甘い香りが混ざっていた。


 そんな香りを無視した2人は、店先の端にある小さなテーブルを挟み、対面にならないよう少し斜めに座った。緊張感から背を丸め、下を向く青年。通常よりも遥かに暖かい気候とはいえ、日陰では冷たい風が首筋を撫でるように走り寒さを覚える。そんな店へと“無事”ピコスを案内した青年は、カカオのような豆を焙煎し湯で抽出した液体が入ったカップを見据えながらも、この店のミファッラを気に入ったピコスの様子に、密かに、胸を撫で下ろしていた。


 だが、そこでも沈黙を続け会話をする気配を見せない青年に、ピコスは言葉をかけた。先とは異なり、少し失望したような表情を滲ませ、お前、本当に話せないのか?と。


「そ、、そいう訳では、」

「女性が苦手で上手く話せないってことは聞いてるが、職場、女性が多いんだろ?どうしてるんだよ?」

「仕事は、その、機械的に伝えれば、」

「つまり、決まった内容の伝達しかしてないってことか。」


 伝言板かよ、との指摘に頷くこともしない青年。その黙ったままの態度を蔑むように斜めに見据えるピコス。椅子の背に身を預け、足を組む。ニーハイブーツの軋む音が威圧的に青年を刺激する。そして、嫌なものでも見るかのように眼を細めたピコスは、お前は世界中の女性を知ってるのか、と投げかけた。


「お前は、女性の傾向を語れるほどに大量の女性に接触してきたのか?以前いた世界では、何万人もの女性と親しい関係になり、その傾向を分析し結論を導いているのか?」

「いえ、そうでは、、」

「僕が想像するに、数人だろ、」

「親密って意味では、、0です。」

「はぁ~~、そ・れ・な・の・に、それなのに~、全ての女性が自分に悪意を向けているってか?いやはや、すっげぇな。とんでもない自意識過剰な奴だな。流石の僕にも真似できない芸当だよ、」

「‥‥‥」

「お前、もう自分でも気づいてるんだろ?それが過激な信仰だって、」


 お前は、自分の過去を過激に信仰している、、お前は自分が創造し、自分が設定した女性の真理を絶対的なものとし、疑うことなく信仰している。自分が経験した極僅かな過去を【世界の理】とし信じ込んで生きている。盲目的だな、とピコスは苦笑し話を続ける。


「まったく、これほどまで自己愛が強い奴、見たことないよ、」

「じ、自己愛?」

「そうだ。お前は単に、自分で作った宗教を愛し、自分を愛してるだけだ。崇める神も、教祖も、信者も全てが自分。実に滑稽だな。」


 更にピコスが指摘する。その手の連中は他人が存在しなくても構わない生き方をしている、と。そして、自分の宗教を容認する信者しか人として認めない。つまり、、


「お前は、信者以外は家畜程度にしかみていない、」

「家畜だなんて、」

「違うか?お前は脆弱を装っているが、実際は相当残酷な人間だよ。自分が創造した信仰以外は一切認めない。更に、自分の宗教を否定したり脅かしたりする存在は徹底的に無視し、自分の意識から排除する、、


 、、現にお前は一緒に歩いている僕がどんなに話しかけても、無視してたじゃないか。僕はお前を信仰する信者じゃないからな。お前を甘やかしてくれる優しい存在じゃないからな。お前にとって僕は【都合の悪い】家畜でしかない。だから、無視してたんだろ、残酷に。」

「そっ、そんなんじゃ、」


 言葉に詰まりながらも否定する青年だが、ピコスの眼が咎める。嘘をつくな、と。あそこまで徹底的に他存在を無視できる人間が、残酷じゃないわけないだろ、と。


「ちっ、違います。僕は、その、、」

「なんだ?違うというなら言ってみろ!言ってみろよ!自分の言葉で、自分で考えて言ってみろ!脆弱さを装って引き籠らないで、、、


 自分の言葉ではっきり言えよ!」


 語気を強めるピコス。その言葉に、青年は反論を持てなかった。それは、同じ『波長』を感じたから、、


 “暗い洞窟の闇に潜み、壁に描いた女性に向け、恨みを吐きながら、石を投げつけ、妄想の中でその少女に復讐してるだけなんじゃないのか、”


 言葉や表現は違えど、トルから受けた指摘と同じ波長が、ピコスの言葉にもあった。


 だが、2年間を共にしたトルの言葉とは違い、出会って数日しか経っていないピコスからの指摘を易々と受け入れられない青年は、言葉を振り絞った。違う、そんなことはない、と。


「だいたい、僕の何を知ってるんですか?何も、何も知らないくせに、」

「あぁ、知らないよ。知らない。知らない。お前が女性を恐れるようになった理由なんて、知りたくもないね!僕が知ってるのは、チャンドから聞いた僅かな情報だけさ。過去に受けた酷い仕打ちから、この世界でもその傷に悩んでる奴だってことだけだ。


 でも今日ではっきりしたよ。お前は単なる残酷な人間だってな。悩んでるだけの残酷な人間だ。残酷に他人を無視し、自分の創造した神を祭る神殿に引き籠っているだけの臆病者だ。さっきも言ったけど、お前の知ってる数人の女と、世界中の女性が全員同じなわけねぇだろ!いい加減、自分の信仰してる経典が偽物だってことに気づけよ!」

「でも、実際女性は、僕には、たくって、、」

「だからだよ、だ・か・ら。お前が忌避されてるのは、その態度が原因なんだよ!」

「態度?」

「そんな卑屈でじめじめした奴に誰が笑顔で接する?そんなウジウジしてる奴に誰が笑顔を見せる?そんな奴、誰からも警戒されて当たり前だ!女性だけじゃない!老若男女を問わず、自分だけを崇拝し、他人を無視する奴に向ける笑顔なんてあるわけねぇだろ!


 ぐだぐだ悩んで、自分を愛するだけの神殿に逃げ込む前に、他人を無視する前に、自分から、自分の言葉で、自分のことを話やがれ!この偏執野郎!!」



 ピコスの怒りが、店内に響き渡る。ひそひそと、周囲の者たちが、訝しげな視線をピコスと青年に向ける。だが、先にその手の視線を気にした時とは異なり、今のピコスは一向に動じることなく、冷静に店員を呼び、冷静にミファッラを注文した。こんどは苦味の強い豆で煎れ、ミルクを別につけてくれ、と。そして、苛立ちを捨てるよう地に唾を吐いたピコスは、癖のある前髪で視線を隠し、先までとは違う表情で、俯き、呟いた、


 過去に引き籠っていては、死ぬことすらできない、と。


 どこか悲しそうな唇を噛み締めた。




 先の叱責である程度怒りを吐き出せたのだろう、項垂れる青年を別に、注文した2杯目のミファッラにミルクを混ぜ、静かに数口飲み込んだピコスは小さく溜息をつき、舌に残る甘い苦味を拭った。そして、先よりは落ち着いた口調で話し出した。


「お前、僕の言葉に納得できてないだろ?」

「納得もなにも、」

「僕がどうして今の発言に至ったか、説明してやろうか。」

「説明?」

「あぁ、そうだ。因みにだが、、僕は『脆弱で臆病な主人公か僕のような美少女から叱咤激励されて急に勇者的な行動を取り始める』といった展開が嫌いでね、」

「なんの話ですか?」

「すまない。個人的な意見だ。あくまで個人のな、、それより、説明してやるよ、僕が今の発言に至った理由をな、」


 ミルクを入れても苦味が失われないな、と呟いたピコスは、続けていく。発言の理由を。


「確かに、僕はお前の過去を詳しく知らない。でも断片的にだが、お前の深層に潜む心理は見ているんだよ。」

「心理?」

「あぁ、そうだ、」


 ピコスの話によると、治癒魔法とは傷ついた相手の肉体に彼女が構成した再生エネルギーを注入するらしく、その際、相手の精神構造や記憶にも触れることになるとのことだった。そしてそれは、この数日、ピコスが青年の【心】という曖昧な輪郭なものに少なからず干渉してきたことを意味していた。


「上手く言えないが、逆流してくる感じなんだよ、、望まなくても、相手の何かが勝手に僕の意識に流れ込んでくる、、それは明確なストーリーとしてではなく、断片的な心象なんだが、、勝手に入り込んでくるんだ。知りたくもない他人の深層心理ってものが、な、」

「え?じゃぁ、僕の【心】からも何かが、」

「あぁ、僕の意識に侵入してきたよ。ただ、お前の場合は、、なんというか、、その、、どろどろとした、まっ黒な空洞だったけどな。」

「どろどろ?空洞?」

「憎しみと、怨みしかない空洞が、畸形的な【空洞】が流れ込んできたよ、」

「畸形?」

「あぁ、、あれは畸形な【空洞】だ、」


 一旦言葉を止め、カップを揺らし、黒い液体を飲み干すピコス。そして、青年の底を覗き込むよう、探るよう、首を傾け、眼を細め言葉を続けていった。 


「空洞だったよ、お前から受けたものは。なんというか、、どろどろした、粘液体でありながら、何も詰まっていないって感じだ。奇妙で畸形な液体、、空洞、、それでも、その空洞が憎しみで膨らんでいるってことだけは分かったよ。憎しみだけが異常につまった空洞が、破裂しそうな殺意が、僕の意識に流れ込んできたんだよ、」

「なんか、、すっげぇ分かりずらいんですけど、」

「まぁ、心象でしかないからな。訳の分からない抽象画みたいなものでしかない。でも、お前に治癒魔法をかけるたび流れ込んでくるその抽象画には、正直悩まされたよ。あの時の便臭よりもな。」

「‥‥‥‥」



 ピコスは、青年を睨み続けた。その空洞を憎むかのように、畸形を警戒するかのように、ミファッラを飲みながら、静かに睨み続けた。その心象とチャンドから聞いた僅かな情報を組み合わせたものが先の発言であると、ミファッラのカップに口をつけながらピコスは話した。


「因みに、女性はその手の畸形を察する能力に長けているからな、お前に対し本能的に警戒心を抱くのだろうな、」

「‥‥‥」

「それと、もう一つ、ついでだから教えてやるよ。お前の憎しみの空洞の中に、一つだけ人物的形状があった。」

「形状?」

「あぁ、、明確な輪郭は僕には分からないが、人間の形状をした壺のようなものが存在しているんだ。蹲んだお前の視線の先にな。そして、座り込んだお前は、その壺を凝視し続けている。恍惚の表情でな。」

「壺を凝視している?恍惚?」

「そうだ。お前は、闇の中、延々と、憎しみと怨みに沈みながら恍惚の表情で凝視しているんだ、、人の形をした壺を凝視しながら、、まぁ、その先は、分かるだろ?」

「、、いえ、まったく、」

「本当か?本当に変わらないのか?嘘だろ?もう気づいているんだろ?僕の心に流れ込んだ心象が何か、分かるだろ?」

「いえ、まったく分からないです」


 その答えに、長く、深く、息を吐くピコス。本当に分からないのか、といった表情で。心底、あきれたような表情で。そして、何かを呟いたピコスは、静かに続けた。禁忌なものを語るかのように。



「お前が暗闇の中、じっと見続けているそれは、


 女の遺体だ。


 そして、お前は穢している。女の遺体を凝視し、穢している。その女が誰かは僕には分からないが、お前が恍惚の表情でいる理由は分かる、、何故なら、お前はその遺体で、お前の醜い欲望を処理を、、


 そこでピコスは言葉を止めた。これ以上の言葉は必要ないと、青年の表情から判断し言葉を止めた。そして、蒼白く、無言で固まる表情の青年から視線を外し、空のカップを軽く揺らし、カップの底に残った黒い液体に何かを呟いた。俯き、後悔のような唇を噛み締めたまま、何も青年には告げずそのままテーブルを後にした。捨てられた子猫を見殺しにするような背で、ピコスは去っていった。


 一人残された青年の背が、何時の間にか黄昏に染まっていた。音楽も人気も消え、閑散とした街並みだけが何かの終わりを告げていた。

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