17 決勝ゴール決めるもVARで取り消しにされた気分だ③

 そんな微妙な印象の青年とは別に、ピコスは自身の家の自慢話を続けた。この人族の大陸において、最も繁栄し高度な文明と文化を有するジェジエル王国。その国の王から絶大な信頼を受ける公爵家がファースラ家であり、自分はその当主の娘であり、魔法使いとしての才能を有すること、16歳という若さで男からモテまくっていること、自分が僕っ子という最先端の流行を取り入れていることなど、様々な自慢話が続いていた。そして、一通り吐き出したピコスは、自分と話ができるだけでもありがたいと思え、と締めくくった。


「、、どう対処したら正解ですかね?」

「さぁ、、俺にもこの手の拗らせ方をした子供の対応は分からん、」

「子供じゃない!もう僕はもう16歳だ!レディだ!レディ!」


 困惑する2人ではあったが、それでも恩人であることには違いなく、青年は礼を口にした。ありがとう、と。だがピコスは激怒した。メロスの如く。ふざけるな、と。 


「馬鹿か!貴様の礼はそんなものか!そんな簡素な言葉だけで、この僕への礼になるか!まずは床に正座しろ!そして額を床につけて感謝の言葉を口にしろ!全身全霊で感謝しろ!額から流血するくらい頭を床にこすりつけろ!もっと僕を褒め称える美しい言葉を使え!僕に相応しい優雅で煌びやかな言葉で、、



 、、うわぁ、、面倒くせぇ、、


 この世界にて、仕事以外で、初めて名前を知った女性に、青年は辟易した。





「あれは、なんですか?」


 この温泉街のあるンッドバベ国より遥か北に存在する強国:ジェジエル王国。軍事、経済、社会インフラ、教育に医療、芸術まで含め、多くの面で他国より発展し、人族の世界における政治経済の中心にある大国。敵対する国も多いが、隷属する国も多い国。その国の中心に座するファースラ公爵。傭兵時代、その当主から何度か依頼を受けた過去を軽く説明したチャンドは、小さく溜息を吐いた後、幼いピコスの剣術指南役でもあったことも付け加えた。


「最後に会ってから数年経っているが、、、あんな感じに育っていたとは知らなかったな。まぁ、それでもお前の命の恩人だ。落ち着いたらしっかりと礼を言えよ。魔法はそれなりに術者の精神を蝕む。それに、」

「いえ、あの、そっちじゃなくって、」


 壁の中にあった方の、と青年は切り出した。


 数分前、貧民の礼などいらん!と一方的に話を終えたピコスは、新しい部屋を取ると言い残しその場を後にした。同時にトルが奥のドアから戻り、そこが三人のみの空間となったこともあり、青年は先まで敢えて言葉にしなかった疑問を口にした。ピコスの前では『してはならない質問』の気がしていたが、『今なら』と口にした。壁に埋もれていた金属製の柄、大きなボルトのような形状のあれは何か、と。


「あれのお陰で、助かったんです。あれがなければ、僕は刺されて死んでた、、、あの蒼い炎がなければ、、、」


 絶望的な状況の中、奇跡的に遭遇した金属製の筒。本能的に、反射的に、それで相手の攻撃を防ごうとした刹那、突如噴出した蒼白い炎。あの、突如形成された刀身のような炎がなければ、今頃自分は死んでいた、、そう振り返った青年は、あれが魔法のアイテムではないかと続けた。そして、あれは魔法道具であり、チート級の武器なのではないかと、目を輝かせ、興奮気味に話していった。


「実は、あれって伝説の聖剣とかですか?炎が刀になるんだから、そうですよね?マジックアイテムですよね?それでもって、偶然手にした僕が使えたってことは、僕にはすごい潜在能力があって、実は勇者の資格が、」

「ないよ。」

「・・・・え?」


 希望を断ち切るよう、チャンドが断言する。青年の興奮を嗜めるような眼で。


「確かに、あれは炎の剣を生む。恐らく魔道具だと思う。だが、存在理由は不明だ。」

「でも、チャンドさんは所持してたんですよね?」

「そうだ。だが正確には【隠していた】だ。発動条件すら分からんがな、」

「なら、僕が真の能力に目覚めた可能性も。あの時、何かを感じたんです、、そう、導かれるような、、」

「それはない。俺が知る限り、そいつは英雄や勇者の資格を示す証のようなものでもないし、それに、お前に魔力とかはない。それは俺が保証するよ、」

「、、そう、ですか、」


 青年を否定していくチャンド。珍しく、普段とは違う真剣さが滲んでることに気づく。ブルーアイの双眸に傭兵らしい鋭さが増す。その威圧とも受け取れそうな言葉に、なんとも云えぬ感情を抱く青年。


 “なんだか、チャンドさん、変だな、、、”


 その疑問を口にしようとする青年だが、チャンドの目に宿る、何とも言えない緊張感に口を噤む。聞くことが憚られるような時間が、慎重さを要する時間が、じっとりと流れる。この世界に来て2年。漸く異世界転生/転移の醍醐味といえる『覚醒イヴェントが訪れた!!』と歓喜で身体を熱くなるも、頭を冷やせ、と水をかけられた青年。決勝ゴールを決めたがVARで取り消されたFW選手のような表情をする青年。どこか惨めな感情に唇を噛み締めるも、青年は、僅かな望みを諦めきれずにいた。


“トルさんの表情も微妙だ。2人の様子からしても何かあるんだろうけど、、教えてくれる雰囲気ではないな、”


 何か『秘密』のようなものがあることを確信する青年だが、その『秘密』を問うても応えてはくれないことも理解する。そしてその確信と理解がある故に、青年は『イヴェント』を諦めることができなかった。ここで諦めることは、異世界に来た自分の価値の全てを否定するようで、


“何か訳ありなんだとは思けど、話してくれそうにはなさそうだな、、でも、壁の中に隠してたぐらいだから、何かしらの秘密があるんだ、、秘密にしておかなければならないなにかが、、でも、僕はあの時、発動させたんだ。発動条件が分からないアイテムを使って、僕の命を守ったんだ、、そうだ、、諦めるなんて、、諦めるなんてできないよ、、”


 そんな青年の気持ちを察したのか、立ち上がったチャンドが『これはそんなものではない』と再度念押しをした上で、腰にぶら下げていた“これ”を青年の袂に投げ渡した。青年の下半身を覆うシーツに沈むそれ。記憶より質量があることに気づく。忌まわしい呪いのアイテムでも捨てるかのようなチャンドの仕草が気になるも、改めてそれを手にした青年は、じっくりと観察した。


 錆びによる曇りはないが、荒く削り出した感がある金属製の柄。長さが20cmほど円柱状の柄。直径は4cmほどで、柄の両端には大きなナットのような物がついている。全体に複雑な花弁のような彫刻が施され、柄頭の方の端にはブラックダイヤのような透明な石が埋め込まれていた。また、鍔にあたるナット部には象形文字のような模様、印が刻まれていた。その外観を眺めていた青年は、柄を握りシーツからそれを引き上げる。余りこの世界では感じたことのない素材の感触が伝わる。長い歴史を示す褪せた質感に、どこか神聖さを感じる青年


「海、それを握って念じてみろ、」


 もう一度、炎の剣を出現させてみろとトルが促した。応える青年は試みる。両手で柄を握り念じる。強く、細く、あの神々しい蒼白い炎が出現するよう、気を込める、、


 、、が、何等変化はなかった。


 何度か「気合」のような曖昧なものを込めるも、あの時と同じ炎が出現することはなかった。ダメだ、と悔しそうに呟く。何故なんだと、何度も繰り返す青年。諦めきれぬ想いが掌を湿らす。


“ダメだ。どうして何も出ないんだ?この魔法の剣で僕は勇者になるんだろ?勇者になって女の子と仲良くなって、ハーレム作って、英雄として尊敬を一身に受けるんだろ?なんでだよ、、なんで、出ない、、”


 泣きそうな青年の様子を傍らに、チャンドはトルに目配せをした。「話すべきか、」と。だが壁際で腕を組み、静かに事の成り行きを見ていたトルは小さく首を横に振った。「話すべきではない、」と。2人の目配せをそんな感じに取った青年ではあったが、一向に変化のないそれを布団の上に置くと、2人の言葉を待った。迷子のような表情で。


「海上、、お前はそれが何かを知りたいか?」


 そんな表情に、チャンドが問いかけた。


「更なる苦しみを背負うとしても、お前は知りたいか?」

「苦しみって、、これが人を殺せる武器だからですか?」

「いや、そうじゃない。確かに武器を持つことは、必然的に死を呼び寄せる。武器を持つ者は武器に狂わされる。そして、最後は武器に殺される運命をたどる、、だがそれは、それだけでは済まない。背負うのは、武器が齎す呪いだけでない、、


 それでも、お前はそれを知る覚悟と勇気はあるか?」



 その武器に宿る責任を、お前は背負う覚悟があるのか?と。 



“責任?武器に宿る責任?”


 チャンドから突きつけられた問に、戸惑う青年。武器が他人の命を奪うことが理解できる。それによって背負うであろう苦しみ。その武器を持つことで受ける呪い、、それは理解できるが、そこに宿る「責任」という言葉に、、青年は、未知からくる怯えと迷いを覚える。予測できない不安で指が痺れる、、


 思わず、金属の柄を手放そうとする。


 だが、再び心の奥底で誰かが叫んだ。青年と同じ姿をした誰かが、


“おいおい、この世界に来て初めて起こった覚醒イヴェントだぞ。簡単に諦めるのか?よく分からないアイテム?呪いのアイテム?ファンタジー物語ではよくある話じゃないか。発動条件が分からない武器なんてまさに定番だろ?今、それを逃したら、ここでの人生の意味がなくなっちまうぞ、、良いのか?人生を逆転するチャンスだぞ。オムツを洗う生活から脱出するチャンスだぞ。何を背負うのか分からないけど、大丈夫だって。大丈夫。気軽に受け取れよ、、それ、お前を救ったアイテムじゃないか?大丈夫だって。気軽に受け取れよ。その先にハーレム生活が待ってるはずさ、、勇者として、英雄として、多くの尊敬を受ける生活が、、


 、、本当に、これを握ることでそんな生活が訪れるのか?”


 誰と会話していたのかも分からない青年はアイテムを見つめ続けた。戸惑い、不安を覚えながらも見つめ続ける、、受け取るべきか、、逃げるべきか、、そんな青年の表情を暫し観察していたチャンドだが、、


「まぁ知ってしまった以上、それを知らないものにはできないよな。」と、青年に道を提示した。そして、



「その武器は、お前に預ける。」と告げた。



 その決断に驚き、大きく手を広げトルが声を上げる。


「おいおい、旦那、それは無謀だ。今のままじゃぁ、海は、」

「いや、良いんだよトル。なんだか、、俺はそれが最善な気がするんだ。」

「いや、でも、」

「なんとなくだが、何時かこんな日が来るような気がしてたんだ。こいつと初めて遭遇したあの時から、そんな気がしていた。あの夜、あの道で初めて海上を見た時から、この事態が定められていたような気がするんだ、、」


 今だから云える話だがな、と笑う話すチャンドは、自分の勘は意外と外れない、骰子の目は外れるが、この手の勘は外れないと告げた。寂しそうに表情を崩し。そして何かを拭うように軽く首を振ったチャンドは、青年へ視線を戻し『ダグラ』はお前に預けると告げた。


「ダグラ?」

「あぁ、その武器の名前だ、」


 柄の部分に彫られた花弁の名前なのか、と確認するも、それは菊のような模様であり、名前由来は別なところにあると感じる青年。


 ダグラ


 どこかで聞いたことがあるようで、それでいて初めて聞いた言葉。迷う心はあるも、青年は腑に落ちぬ記憶や幻影よりも、初めて自分の可能性を示してくれたダグラという武器に心を奪われていった。


 自分の未来を示すアイテムとして、両手で、未来を逃さぬよう、武器を握り続けた。





 その一連の流れに対し、少し複雑な表情を示していたトルではあったが、仕方がないといった息を吐くと、表情を緩め、青年に向け「とりあえず風呂入るか」と告げた。


「え?何故?今、風呂ですか?」

「お前、気づいてないようだが、身体、結構臭ってるぞ、」


 その指摘に初めて、自分の体臭を嗅ぐ青年。確かに、自分から饐えたような異臭がする。苦々しい不衛生な臭いもする。ここは温泉街であり、青年の仕事内容もあり洗身はほぼ毎日しているのだが、これほどまでに体臭がキツイことに驚く。


「本当だ、、何故?」

「治癒魔法の影響だな。なんでも施術する際には、肉体を回復させる特殊なエネルギーを相手に流し込むらしいんだが、時間の経過と共にその残滓が滲出してな。それが特殊な臭いを放つんだ、」

「へぇ、、まぁ、命の方が重要ですから仕方ない悪臭ってことですね、、あぁ、、でも、実は、麻酔魔法の効果が切れてきたのか、さっきから全身が痛くって。特にあそこの腫れはジンジンしていて、、ちょっと動くの無理そうなんです、」


 上体を起こし会話をしていた青年だが、強まる痛みに仰向けになる。ピコスの言葉を思い出す。麻酔魔法は確実に薄れていきており、痛みは強くなっていく一方だった。痛みから、無意識に身を捩じる青年。気絶するほどの痛みはではないが、とても自分で歩き入浴するのは無理であり、痛みが治まったら入浴することを伝える。異臭もあり、身体を今すぐにでも洗いたいが、この状態では無理だと答える青年は、そのままベッドで目を閉じ、痛みに耐え続ける準備に入った。


 だが、そんな青年に対し、トルが告げる。ピコスが部屋を変えた理由が分かるか?と。


「え?理由、ですか?」


 痛みに顔を歪める青年。この部屋にはベッドが一つしかないことから、自分がベッドを独占しているから?と答えるが、トルは作った笑顔でそれを否定した。


「それも一つの理由だが、、なぁ、海、お前なんで自分が下半身丸出し状態か分かるか?」

「え???」


 自身が全裸であり、身体の多くを包帯で覆われていることには気づいていたが、そこで、漸く、青年は股間の感覚に、いや、肛門部周辺の感覚に違和感を知った。今まで麻酔効果により皮膚感覚が鈍ってはいたが、麻酔がきれていくにつれ、その違和感が、独特のあの臭いを発していることに気づいた。


「ま、、まさか、」

「治療を優先したから仕方ないんだが、どうも治癒魔法ってやつは体内の組織を蘇生させる反動で、色々なものを体内から滲出させるらしいんだよ、、あぁ、汗のように全身から滲出する液状のものあるが、同時に、腸を経由して体外へと排出される固形状のものもあるんだよ、」

「つまり、それって、」

「なぁ、海よ、さすがに、ピコスが借りてる特別貴賓室のベッドを、排泄物で汚したままにするのは申し訳ない。ラバーシーツを敷いてるとはいえ、そのまま臭いが染みついたらベッドを買い替えなければいけなくなる。かなり高価なベッドなんだよな、これ。だからな、、


 、、臭いがこびりつく前に、お前を洗わないと、な。」


 シーツと上布団は買い替えだろうな、とチャンドが冷静に告げた。


 唇にチアノーゼが現れる。血圧低下が一気に進行する。先にトルがお湯を浴槽に溜めていた理由を理解すると伴に、じわじわと排泄感が高まっていく。先までは感じていなかった排泄感、今まで感じていなかった腹痛が襲ってくる。肛門が勝手に開き、何かを押し出しているのが分かる。便臭と自身の体臭が混ざった強烈な異臭が室内を支配していくにつれ、何故ピコスが別の部屋を取ったか、その理由を理解していく。


 そして、初めて対面した女性に与えた印象が『汚臭』であったことを知る。


 ファーストインプレッション=便臭。


 愕然とする青年だが、その身に迫る屈強な男性2人の腕に、今までに感じたことのない恐怖感を覚え、慄いた。


「ま、ま、まさか、」

「安心しろ。俺たちは入浴介助に慣れてる。これでもプロだ。それに、1時間ほど体を洗い続ければ、体臭も排便もおさまるらしいから、、


 安心しろ、と。丸太のような腕が4本伸びてくる。


 もう、、全身麻酔で、意識を失いたいと、心から願った青年であった。

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