16 決勝ゴール決めるもVARで取り消しにされた気分だ②

“いやだ、、、臭い、、、”

“、、、傷が、、、出血が、”

“だから、、、僕の貴重な魔力は、、、別にこんなやつが死んでも、、、”

“早く、、、時間が、、、”

“嫌だよ、、、僕には関係ない、、、”

“いいから、、って、お前なんだよ、その僕って、、、”

“知らないのか?僕っ子は今都市で大人気、、、最近の女性はみんな一人称は、、、”

“早くしろ!出血が多いんだ!”

“だから、こいつ臭くって、、、一度風呂で身体を洗ってからじゃないと、、、”




「「いいから、早くやれ!!」」



 切迫する強い声が重なった。


 それに導かれたのか、ゆっくりと意識が戻る青年。見知らぬベッドの上で、見知らぬ天井を見上げる。融解していたものに輪郭が宿り、ぼやけてはいるが、そこにはチャンドとトルがいた。いまだ聴覚はぼやけ、上手く音を聞き取れない青年だが、先の声の主が2人であることを確認する。


 周囲に知人がいることに安堵する青年。わずかにだが、体が動くかを確認する。あの森で覚醒した時とは違うと、青年は首を軽く擡げ、ゆっくりと周囲を確認する。すると、その先には豪華な部屋が存在していた。今まで見たことのない、王族でも使用するかのような部屋。その部屋にある広いベッド、柔らかいベッドの上に自分かいることを知った。


 あの屋根裏部屋の5倍はあるような広い空間。ガラス細工が美しいシャンデリア。白い壁や大理石の柱に彫られた様々な装飾。厳かな藍色のカーテンと威圧的で大きな硝子の窓。シュルレアリスムのような巨大が絵画に青磁の壺。壺、壺。やたらと壺が多く存在するが、その奥、大きな暖炉の上にはどこかの国旗が飾られていた。


 青年は、ここが貴族が宿泊するためにある部屋であることを理解していく。そしてもう一つ、、2人とは別に、もう1人が、見知らぬ誰かが、自分の頭の方に立っていることを把握する。


 それは、眉間にしわを寄せ、顔を顰めながら青年へと両方の掌を向けていた。その掌を中心とし、金色に輝く光の環が廻っている。青年の前頭部辺りで回る古代文字のようなリング。そこかは発せられる不思議な「気」のような波動が、青年の左肩の傷を癒していくのが分かる。EV自動車モーターのような高域の音が響いている。その高音が、確実に、ゆっくりと、自分の身体を蘇生していくのを感実する。そして青年は、その光の輪が魔法陣であることを、その人物が魔法を使っていることを理解していく、、


“凄い、これ、魔法か、”


 初めて間近でみる魔法。青年はその神々しさに歓喜を覚える。これが治癒魔法ってやつか、と心で呟く。波動に身を委ねながら、その現象、その美しさに、子供のように興奮する青年。だが、魔法陣を創造し、自分を治癒してくれている人物が、頗る不快そうに顔を背け、著しい嫌悪を示しながら魔法の発動を行う姿に、なんとも表現しがたい複雑な感を覚えた。


「はい、終わり、、命には別条ないレベルまで回復させたので、あとは自然治癒で!」


 その言葉に合わせ魔法陣が消える。直後、猫のような速さで青年から離れる人物。そしてチャンドの後ろに隠れると、警戒心に満ちた目で青年を睨み、今は麻酔魔法が効いてるから痛みは少ないが、効果が切れると相当痛いから、と不気味に笑った。


 今一つ状況が理解できない状況だが、治癒魔法を終えた青年にチャンドが説明をする。ナイフが刺さった左肩の傷はかなり深刻なものだったらしく、肩の内側にある腋窩動脈も傷つけており、発見時、青年は夥しい出血の海に沈んでいたとのことだった。また、蹴られたことで肋骨を折っていたこと、初めにくらった斧の刃による右手右膝の裂傷も深く大きいものであったことを伝えていく。


「まったく、俺の家で何してんだよ。色々壊しやがって、」


 困ったように笑うチャンドだが、そこには安堵が滲んでいた。不器用ではあるが、青年を心配していたことが伝わる。その後ろに立つトルの表情も同様のものであった。すみません、と青年は見知らぬ部屋のベッドから上体を起こそうとするも、眩暈から再びベッドに沈む。まだ自分の力で起き上がることはできない、と。青年は横になったまま、自身の状態を確認した。上半身の殆どが包帯で覆われ、額も頬も止血の処置がされていた。至る箇所に血が滲んでいるのが見て取れる。


 数回蹴られた股間が腫れて熱を帯びているのが分かる。麻酔効果のためか、あまり下半身の感覚はないが、陰嚢部が晴れているのは分かる。自分の“それ”は大丈夫なのだろうか、と心配をする青年に、命には別条はないから安静にしてろ、とチャンドが伝える。多分“それ”も大丈夫だ、とのサムズアップも加えて。


「とりあえず寝とけ。魔法の効果で傷は殆ど治癒しているが、まだ動ける状態ではない。痛みも相当あるはずだ。それに相当な出血だったから、血が足りてない。」

「そんなに、出血してたんですか?」

「あぁ、驚いたよ。家に戻ったら玄関のドアは壊され、壁は崩れ、大きな斧が床に刺さってるし、お前は血の海で蹲ってるしな。もう笑うしかなかったぞ、」


 笑うチャンドだが、自分を発見した際、絶対に笑っていなかったと推測する青年は、寝たままの状態でチャンドに礼を伝えようとするが、その前にトルが真剣な表情で尋ねてきた。自分と別れてから何があった?と。




 記憶を漁る中、部屋には食事が運ばれてきた。高級そうな絵柄の皿に江戸切子のような細工がされた硝子の杯。大きな燭台の蝋燭が銀の食器に熱を宿す。普段の生活では拝めないような湯気のある料理に青年は息をのんだ。こんな豪華な食事、この世界にもあったんだ、と。それを前にした青年の様子から、先に飯にするか、とチャンドが声をかけた。食事介助をしようか、と冗談を口にするトルだが、それを丁寧に断った青年は痛みに耐えながらも自身で食事を口にした。今までに飲んだことのない複雑な味が斬れた口腔内に染みていく。治癒魔法のお陰なのだろうか、あれほどの怪我をしても胃腸は正常に機能しており、青年は魔法の効果を改めて実感した。


“魔法ってすごいな。でも、こんなにすごいものなのに、どうして今まで一度も遭遇してこなかったんだ?街でも魔法の話なんて聞いたことなかったけど、、魔法の存在はあまり公になってないってことなのかな?”


 そんな考えと食事を飲み込み、一旦気持ちが落ち着けた青年は少しずつ言葉を紡ぎだした。記憶の錯綜から途中で話が途切れ途切れになるも、襲われた際のことを話していく。その話をチャンドとトルの2人は、無言で、険しい表情で聞き続けた。その様子から、青年は2人が互いに何か共通のことを考えていることが分かった。話から得た情報だけで、それ以外の何かを、互いに感じ取っていることを。


「その女、、いや、女のような存在が狙った対象は、お前だったのか?」「分かりませんが、多分、」「女の顔は?特徴は?」「分かりません、」「何か話したりは、」「すみません、特には、、


 質問に対し、曖昧にしか答えられない青年。額の包帯と右手の包帯を摩るも、言葉はそれしか落ちてこなかった。仕方ないな、といった表情のチャンドに対し、申し訳ないような感情で閉口する青年。蘇るのは自分が逃げて回っていた映像と、殺されることへの恐怖感ばかりだった。それを、当然の反応だ、と諭すチャンドの言葉に更なる情けなさが積みあがっていった。


「すみません。でも、分からないんです。本当に。全てがいきなりで、、もう、何がなんだか、、必死に逃げることしか、、逃げるしか、、」


 逃げるだけ、、との言葉に、青年は思わずトルを見た。あの店での会話もあり、また逃げたのか?と思われる気がして。だがその気持ちを察したトルは否定した。今回は逃げたわけではない、と。


「逃げたんじゃない。殺意ある相手を撃退し、生き残ったんだ。お前は立派に戦って、自分を救ったんだよ。優秀な戦士じゃないか。」


 これで、漸く、本当の意味で洞窟から抜け出せたかもな。そう告げたトルは、どこか嬉しそうな笑みを残し、そのまま部屋の端にあるドアの奥へと消えていった。その先はバスルームなのだろうか、湯が浴槽に溜まっていくような音が部屋に響いていく。何故バスタブに湯を入れる?と思う青年であったが、少し照れたような涙顔の青年の頭を、チャンドが軽く突いて笑った。やっぱ、童貞のまま死ぬわけにはいかないよな、と。


 穏やかな笑い声が響く、、が、それを快く思わない者が叫んだ。



「あの!ここ!僕の部屋なんですけど!!!!」



 迷惑だ、という強い意志が込められた声が、それを声を打ち消した。



 白地を基調した立襟の上衣。軍服のような高級感のある厚い生地なのが見た目で分かる。襟、袖襟、肩に並ぶ金のボタン。青い左胸上に描かれた国旗と同じ刺繍。黒のタイトなミニスカートと膝上まである黒のニーハイブーツ。80年代のヘヴィメタバンドのヴォーカルのような印象を与える服装。それに似合わない、栗色の短い癖毛の少女。甘く垂れた薄茶色の瞳を包む重そうな二重瞼。大きな果実のような額と少し尖ったような唇が、何処か中性的な印象を醸し出す。青年と同じぐらいの背丈の少女、、いや「僕っ子」。


 それが叫ぶ。迷惑だから早く出ていけ、とばかりに。


「まぁ、そう言うなよ。こいつを助けてくれたことには感謝してるよ、」

「その感謝が本物なら、早々に出て行って欲しいんですけど!そ・れ・に!僕は傷を治す約束はしたけど、食事や宿泊まで約束した覚えはないんですが!まったく、レディの部屋をなんだと思っている。ここに泊まれるのは一部の選ばれた者だけなんだぞ!それに、、、


 などなど、早口で捲し立てる人物。そのマシンガンのような苦情に目を細め、適当に受け流していた青年は小声でチャンドに尋ねた。誰ですか?と。


「あぁ、知り合いの娘なんだが、」

「ちょっとそこ!勝手に僕のこと紹介しない!そんな奴に僕のこと教えたくないんですけど!」

「、、とまぁ、こんな感じのやつだ、」

「やつって何だ!やつって!レディに対してそれが騎士の発言か!」

「もう、お前の騎士じゃない、」


 とのチャンドの言葉に、僕っ子も言葉を止めた。ばつが悪そうに視線を伏せる。そうだった、と小さく謝罪する。小さな子供が父親に謝るかのような仕草で、ごめんなさい、と。


「いや、良いんだ。気にするな。それより、名前ぐらい教えてやれよ。海上も恩人の名前ぐらい知りたいだろ、」

「え??あぁ、、ま、まぁ、特には、」


 青年の微妙で曖昧な返事に敵意剥き出しにする“僕っ子”であったが、溜飲を下げると、仕方ないといった感から表情を厳格なそれへと変え、大声で、威圧的に、両手を腰にあて、小さな背を少し反らし、頤を少し上げ、叫んだ。


「ジェジエル王国公爵、ファースラ家三女、マリア・ピコスーナ・ファースラ。僕のことはピコス様と呼ぶように!分かったか!」




 、、ピコス??なんだ、子供向けビスケット??ジェジエル?って発音しずらいなぁ、どこの国だよそれ?それに、公爵?僕、爵位ってあまりよく分からないんだけど、まぁ、貴族ってことなのか?とりあえず偉い人の娘ってことなんだろうな、、それにしてもピコスって名前、、どうなんだ?

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