12 国を亡ぼす接吻と股間を蹴られる青年①
ある国が消滅した。悪魔が滅ぼした。そんな表現が正しいのか分からないが、少年はその光景を地獄としか表現できなかった。
僅か数十分で、100万人ほどが暮らす国が崩壊した光景。渺々たる溶岩の海。煌々と弾ける緋色の波頭。それらに飲み込まれ、消滅していく街の姿、、蒸発する人々。
誰も救われることなく、等しく消えていく世界。天空は腐食した肉のような模様で埋められ、遥か先の地平線まで、溶岩と黒煙だけで描かれた世界。
やはり、これは地獄なんだろうな、と少年は呟く。そしてその少年は、世界を地獄へと変えてしまった、悪魔へと視線を移した。それは人間の形をしているが、間違いなく悪魔だ、、と。
「散々と偉そうな事を叫んでたけど、この国は自ら招いた悪魔によって滅ぼされたのか、」
皮肉っぽく呟いた少年は、自分の意識がこの状況を処理できないことに気づいていた。この惨状に、全く感情が動いていないことに、、当然だ。この光景を前にどんな感情を抱けというのだ?この信じられぬ光景を冷静に処理できる者などいるものか?吐き捨てた少年は、見慣れた光景が消滅していくだけの国を、もう二度とその光景が戻ることはないであろう国を、ただ、眺め続けた。
数十分程前まで、少年の祖国は何等変わらぬ日常を過ごしていた。
だが、突如、天より降り注いだ幾つもの火球の落下により、国の殆どが数分で溶解した。火球は、蒼穹の遥か外側で悪魔が生成した魔法陣より発せられたものであった。直径100mほどはある蒼白い火球。重力落下による巨大なエネルギーを含んだ塊。それらが無数の巨大な槍となり、国を襲った。
台地との衝突により放たれた膨大な熱エネルギー。信じられぬ数の槍が突き刺さる大地。溶岩よりも高温な熱が、風よりも早く国土を駆け抜けていく。それなりに面積のある国ではあるが、適切な距離感を保ち、計算されたかのように落下した複数の火球は、効果的に台地を溶かし、効率よく人の命を奪っていった。
また、熱が届かず燃えなかった地域には、巨大な積乱雲の塊が、巨大なスズメバチの巣のようなものが多数発生していた。それも、悪魔と称された者が描いた魔法陣により発生したものだが、雲は大気を巻き込むよう回転し、天空に幾つもの巨大な球体を生み出していった。そして、内部に膨大なエネルギーを蓄積させたそれらは、一気にそれを放電した。無数の雷が台地を撃ち、建物を破壊し、人々を襲い続ける。生き残ることを許さない雷鳴が破壊していく。
数十分前までそこにあった世界を、そこで生きていた人々を、破壊し続けていく、、
、、それは夕暮れ時でもあり、街では仕事を終え家族の元へと急いで歩いていた者も多かったと思われる。これから夜の仕事のために職場へと向かっていた者もいたであろう。家族の帰りを待ち、夕食を作っていた者もいたであろう。夜に向け愛を語りあうことを楽しみにしていた者や、誰かを憎み、犯罪を企てていた者もいたであろう。だが、それら全てを悪魔は滅ぼした。100万ほどの魂を、慈悲も差別もなく、道徳も倫理も関係なく、平等に消滅させていった。
少年は、そんな中で、茫然と佇んでいた。自分の祖国であるこの国が、消滅する様を、多くの魂が消えていく様を眺め続けた。すると、その少年を嘲笑うかのように悪魔は笑い出した。
「いやぁ~~、はっは~~!!初めて使った魔法だったから心配してたけど、案外うまくいったな!」
溶岩の荒波が激しく飛沫を上げる中、不思議と、高熱にも溶けることがなく、雷に打たれることもない一画があった。その地に建つ灯台のような塔。とてもその国の技術では建築できないであろう、相当な高さがある塔。塔頂より少し下にある円形の部屋。その展望回廊から身を乗り出し、その凄惨な光景を眺めていた悪魔は、子供のような声で叫び、サッカーでゴールを決めた選手のようなポーズを決め、満足そうに笑顔を浮かべた。
魔法で生み出したのか、自身の周囲に小さなスクリーンを複数浮かべると、そこに映る衛星画像のようなものを、国中の惨状を映す画面を確認する。何度も指先でパネルを切り替え、自分の成果を確認していく。次々と映し出される被害状況を確認しては、自画自賛を繰り返していく。そして、この国の住民の殆どか都市周辺に集中していたこと、国の領土は広いが人の住む村の数は少ないことをあげ、殲滅するには都合が良い分散具合だった、と付け加えた。
「まぁ、大気圏外から狙いを定めて全国に効率よく落とすのには苦労したけど、、え?大気圏?あれだ、空のもっと外側で大気がある層、、いやもっと外、、あぁ、もういいや、、でも、、これだけだと、まだ生き残る奴もまだいるかもしれないからな、もう少し工夫しみるか、」
嬉しそうに、その惨状を眺めていたそれは、軽い口調で、鼻歌を歌いながら『どうしようかなぁ、』と繰り返し歌うと、スクリーンを閉じ、指を唇にあて、思案するようなポーズでその場を歩き回った。やがて、何かを決めたような感で柏手を数回打つと、そのまま塔の頂から身を投げ、宙に浮いたそれは、ふわり、と空中で静止し、両手を天に向け伸ばし、何かを唱え始めた。
漆黒の鱗が蠢いているかのような斑模様の天空に向け、唱える。紅い目が燐然と輝く。その眼から発せられる光の筋。白煙のような光。黒い積乱雲が影響を与け、何か蓄えていくのが見て取れる。そして、悪魔の詠唱が終わると、、
世界には、雨が降りだした。黒く濁った雨が。
「この雨は酸性の雨なんだが、特殊なバクテリアを含んでいる、え?あぁ、バクテリアっていうのは、、まぁ、すごく小さな虫みたいなものだ、、いやもっと小さい、、もっと、、あぁ、兎に角だが、それは人を蝕むんだ。雨を浴びた人間の皮膚から体内に侵入して、寄生し、数日後にはその肉体を内側から、、あぁ、そうだ、、これで、、これで、、
漸く、旅を始められる。」
宙に浮いたまま、黒い雨にその身を濡らし、悪魔は嬉々として断言した。これで、旅を始めることができる、と。
展望回廊の内側へと移動する悪魔。その後をついていく少年。
壁の無い部屋。複数の柱でアーチ状の天井を支えている円形の部屋。見晴らしは良く、周囲の全てを見渡すことができる。が、高所恐怖症の者には地獄のような部屋ではある。その円形の空間で、悪魔と称された存在は踊り始めた。ご機嫌?なメロディを口ずさみながら、踊る。舞踏会で見るようなそれとは異なり、この国では見たことのないような、リズムが強い踊りを披露する。腰を前後左右に激しく動かし、長い髪を振り乱し、四肢を複雑に動かし、この世界では受け入れらないようなダンスを披露していく。
やがて、一人で踊ることに飽きたのか、それとも、初めから決めていたのかは分からないが、それは近くで茫然と佇んでいた少年に手を差し伸べた。一緒に踊ろう、と。頬を赤らめ、濡れた唇と、潤んだ瞳で、少年を誘った。羽を大きく広げ求愛する鳥のように。だが、少年はその羽を握ることはなく、言葉もなく、無感情で悪魔の羽を見つめ続けた。
「これから、俺はどうなるんですか?」
まだあどけなさが残る少年は質問を口にした。この凄惨な現実から逃げ出したい。その想いから、尋ねた。自分の未来を。
「お前には、使命を伝えただろ?」
羽を握ってくれなかったことに対し、少し不貞腐れ、不満そうな表情を見せたそれだが、直ぐに笑顔をもどし、少年を後ろから抱きしめ伝える。あれが、お前の使命だ、と。
「あんな話、信用できるわけないだろ、」
「そうかも。だが、もう既に旅は始まった。」
もう後戻りはできないさ、と笑う悪魔は、そのために国を滅亡させたのだから、と続けると少年の身体を部屋の中心へと強引にひっぱり、再び踊りだした。少年の視線を独占するかのように、ツィストのような踊りで、先と同じメロディを口ずさむ。
それ、なんて曲なんだ、と尋ねる青年。見たことのない踊りに首を傾げ、尋ねる。そてに対し『これは悪魔を憐れむ歌さ、』と答える悪魔。自分を憐れむ歌なんだ、と。少し、悲しそうに答える。
「なぁ、そんなこと気にしないで、一緒に踊ろう。教えるよ、」
「そんな下品な踊りは、俺には、、
との少年の言葉を、悪魔の唇が遮った。生温かい、滑るような唇で。
そのまま、唇で少年を押し倒す悪魔。ゆっくりと、後方へと崩れ落ちる少年を抱きかかえる悪魔。そして、一旦唇を離した悪魔は、自分は悪魔ではないと囁いた。離した唇から、濡れる舌で、自分は悪魔ではないと。
「悪魔も、女神も、英雄も、勇者も、全て同じだ。やってることは全て同じ。全て同じなんだ。だが、どんな悪魔も、どんな女神も、どんな英雄も、どんな勇者も、孤独には勝てない。孤独には、勝てないんだよ。」
「そのために、俺の祖国を滅ぼしたと?100万人の命を犠牲したと?」
「あぁ、そうだ。孤独を倒すためなら、何でも犠牲にするさ、それに、
この旅は、始まったばかりだからな、」
と続けた悪魔。小さく首をふったそれは、少年の頭部を両手で包むと、再び少年と唇を重ねた。何かを受け渡すかのように、長く、長く、舌と唇を絡め、重ね、何度も。雨脚が激しさを増す中、少年に自分の精を注ぎ込んでいった。
自分の全てに感染するかのように、何度も、何度も舌で音を奏でながら。
どれだけ時を過ごしたのだろうか、長く少年の唇に自分を刻み続けた悪魔は、絡めた舌を解き『そろそろ始めるよ』と告げた。少年の頭部を解放する。立ち上がり、ゆっくりと歩く悪魔は、先より部屋の中心部に置かれていた塊の傍に立った。何を布で包んだ塊、、
いや、塊ではない。それは幅のある包帯のようなものが巻かれている遺体であった。顔以外が覆われている遺体。
それの傍に立つ悪魔は、唯一露出している遺体の顔を一瞥すると、目を閉じ、小さく詠唱を唱えた。包帯に紅黒い文字で描かれた呪文のような模様が刻まれる。包帯の表面を保護するように刻まれる呪詛模様。その文字が発光していくにつれ、部屋の温度、湿度が上昇していくのを少年は感じ取る。そして、再び目を開けた悪魔は、足元で発光に包まれた遺体の表情を見下ろした。長く、愛しそうに、、見つめ続ける、、
その視線に一旦区切りをつけた悪魔は、悲哀に満ちた目で呟いた。
『お前のためなら、悪魔とだって取引するさ』と。
笑えない冗談だな、と呟く少年だが、それを気にすることなく、軽く笑みを浮かべた悪魔は大きく両手を広げた。
応えるよう、光の筆で描かれた、巨大で複雑な魔法陣が天空に発生する。幾つもの円陣と三角形が回り、正九角形の相輪が構築される。そして、それぞれが独立するよう回転する。高速で、全てを吸い込むような勢いで回転していく、、それに伴い、眩さが更に巨大化していく。街の全て、いや、滅ぼした国の全てを覆うほどに巨大化していく、、
それら高速の光は、飲み込んでいく。溶岩によって溶けたものを、雷によって砕かれたっものを、黒い雨も、天も地も、先までの凄惨な世界の全てを、その空間や時間すらも飲み込んでいく、、その光の渦の中、悪魔が何かを叫ぶ。狂ったように笑い、叫ぶ。その声は聞こえないが、世界の終わりを告げる笛のような音が響いていく、、
やがて、光の竜巻は全てを飲み込むと、天空を貫き、別の世界へと伸びていき、、
その身を消した。
、、気づけば、周囲は全て黒く塗られていた。黒く、塗りつぶされた世界に浮かぶ少年と悪魔。
「じゃぁ、後は頼むぞ、」
「俺は、裏切るかもしれないぞ、」
「はは、それならそれで構わないさ。でも、それは自分で決めろ、」
虹の向うへ挑むことができるのは、その覚悟を持つものだけだ
そう告げた悪魔は、自分の手を胸に突き刺し、その身から己の心臓を引き出した
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