9 オーバー・ザ・レインボー①

 ここが、温泉街か、、確かに、温泉宿はあるが、、


 その、、何と云うか、、思っていたのとはちょっと違うな。もう少し、なんというか、華やかなイメージがあったのだが、観光客っぽい人が殆どいないし、なんだか肉体労働者っぽい人ばかりじゃないか。汚い飲み屋ばかりだし、娼婦も多いな、、え?そうなんだ。この周辺は鉱山として有名で、鉄鉱石の採掘場が多いのか。それで、肉体労働者が多いのか、、


 あぁ、見えるな。あの建物の奥に採掘場がみえるな。四角い凹凸のある壁があるな。段々畑みたいな所もあるな、、え?段々畑っていうのはな、傾斜地を段状にしている畑のことなんだけど、、


 え?この世界に段々畑ってないの?そ、、そうなんだ、、


 そういえば、他の連中が話していたが、また我が国とこの国との間で、鉄鉱石の輸出量をめぐって軋轢が発生してるって話だな。価格も高騰してるって話を聞いたが、、まったく、、なんとか私が「あの国」との長い戦争を自分が終わらせてやったのに、国王連中はまた別の国と揉めてるのか。困ったもんだなぁ、、


 もう戦争は嫌だぞ。幾ら我が国を守る為とはいえ、戦争になったら沢山の人命を奪うことになるんだから、流石に、これ以上嫌われ者になるのは嫌だぞ、、


 しかし、まぁ、なんだ、温泉のマークって、この世界にもあるんだ。でも国際標準化機構での温泉のマークは別なものになったって聞いたことあるから、日本人がこの世界に持ち込んだってことか、、え?いやいや、個人的な話だ。それより、温泉は後でゆっくり入るから、先を急ごう、


 うん、、早く、、早く会いたいんだ、、


 早く、あいつに会いたいんだ、、


 恥かしい話で、照れてしまうが、、改めてというか、失って初めて気づいたんだ。やはり自分にはあいつが必要だってことに、気づかされたんだ。


 あいつは、私を差別しなかった。自分で言うのもなんだが、私の性癖は相当あれだと思うんだ。うん、相当なレベルで、あれだ。そこは自信を持って言える。胸を張れるよ、自慢はしないけど、、それでも、あいつは私を差別しなかった。散々、酷い言葉を投げかけたし、酷い仕打ちもしてきた。それでも、あいつは私を見捨てなかった。仕事だって面もあったのだろうが、、あいつだけは私を否定しなかったんだ。


 、、あぁ、分かってる。分かってるよ。この気持ち、この感情は一方的なものだ。逃亡したあいつを追ってこの街にまで来てる時点で、私の行為はストーカー的なものなのかもしれない、、え?ストーカーっていうのは、、いや、説明は後でするよ、、


 、、そうなだ、、あいつの気持ちは分からない。毎晩、激しく肉体を絡めてはきたけど、、あいつの私に対する気持ちは、分からない、、あぁ、、そうだな、、そうだけど、、


 告白、、してみるか。告白、、


 でも、断られたらどうしよう、、いやいや、自分は勇者であり英雄でもあるけど、愛の告白ってものは別だろ?別。告白する勇気は、戦争に赴くそれとは別だ。臆病にもなるさ。当然だろ?しかも、私は異常な存在だ。性癖が異常って意味もあるけど、肉体的にも精神的にも倫理的にも異常だ。孤独な異世界人で異常な存在だ、、


 分からないだろ?普通にこの世界に生まれ、この世界の常識の中で育ったお前には、この気持ちがどんなものか、、誰にも理解されないという【孤独】が、どれほど苦しいか、、


 、、そうだ。だから、あいつを手放したくないんだ。私を受け入れてくれたあいつだけは死んでも手放したくないんだ!離れたくない、、離れたくないんだ!


 私はその為ならなんでもする!なんでもするさ!この世界の全てを敵に回しても、この身を犠牲にしても、、あいつだけは、、


 あぁ、そうだな。すまない、冷静になろう、あぁ、、そうだな、、まずは、告白からだな。私の愛を言葉にあいつに伝えなければな、、でも、、



 え?なんだそれ?古い諺?


『虹の彼方へ挑め』?なにそれ?どういう意味??


 へぇ、、そんな意味なんだ、、





 ****





 珍しく、雪が降らない朝だった。


 それは同僚が処刑されるという朝であり、ギロチンというものがこの世界にもあり、斬首刑という残酷さが存在することを教えてくれた朝でもあった。


 その朝、青年は夜勤明けで施設裏のゴミ置き場にいた。灰色の朝日に軽い頭痛を覚えながらも聞こえた話。初め、その言葉を悪い冗談だと思った青年だが、確認に訪ねた事務室での職員の表情、キソーラが見せる悲愴な眼に、青年は悟った。これは冗談や悪戯の類ではないと。


 気づくと、青年は駆けていた。徹夜で労働し疲労しきった肉体を必死に動かし、街を滑るように走る。その街は、すでに斬首刑の話が道端にの積雪よりも分厚くなっていた。信じられない。嘘じゃないのか。激しい波が青年の胸を締め付ける。だが、処刑が行われると騒ぎ、青年同様に駆ける連中の叫びに感覚が麻痺していく。騒動に煽られ、曇り空の日差しも狂ったように廻っている。非日常の日差しに興奮した寒さが、青年の何かを歪め壊していく。


 それでも、なんとか青年はそこに辿り着いた。処刑場となる西の街外れにある墓地。丘陵に備えられた広場に辿り着くと、そこは斬首刑という非日常に群がる人々で溢れかえっていた。一旦、その群衆に怯む青年であったが、その有象無象を掻き分け、なんとか前に出た。


 その、刹那、、数人の憲兵のような連中に囲まれた一段高いステージ上で、巨大で重い刃が音もなく落ち、併せ、音もなく首が落ちた。


 同僚だったゴゼグの首のない遺体が、力なく横に転がる。まな板の上で切った大根のように。音もなく横に倒れる。切断された面から噴出する赤黒い液体が、雪表に狂乱を描いていく。昔見たことのある、ドリッピングのような絵画を描かれていく、、


「これ、どういうことですか、」


 眠気もあり、頭がぼんやりする中、青年にはその絵画が現実だとは思えなかった。呼吸を考えず長く走ったためか、肺が軋むように痛む。それでも、群衆の中からチャンドの背を見つけた青年はその元へと駆け寄り、縋りつき、泣きそうな眼で問いかけた。蒼褪めた表情で。


 ゴゼグは寡黙な男だった。社交性のある方ではなく、どちらかと云えば青年同様におどおどした所のある20歳ぐらいの青年であり、青年と親密に会話をする関係ではなかった。だが、一つ一つ丁寧に仕事をこなしていく真面目な印象もあり、チャンドやトルのような逞しさがない分、物腰は柔らかく、介助も丁寧親切に行える模範的な職員だった。青年も何かにつけ世話になった先輩職員、、


 そのゴゼグが斬首刑に処された朝。描かれた残酷な光景に、狂った朝日に青年は混乱し、惨慄しながら、再度問うた。この事態は、なんだと。


「1週間ほど前から、ゴゼグから体調不良で仕事を休んでたのは知ってるな、」


 低く、何かを噛み締めるようなチャンドの声が、状況の深刻さを物語る。地鳴りのような群衆の不穏さがそれを増幅させる。


「えぇ、風邪だって聞いてましたが、」

「実はな、逮捕され、隣街の拘置所に収監されてたんだ。施設長の命令で箝口令が敷かれてたんだがな、」

「逮捕って、何故?」

「10日前、入居者のネモが死んだだろ?」

「えぇ、夜間帯に心肺停止の状態で発見されたって話ですよね、」

「その死の原因が、ゴゼグらしい、」


 途端、青年の肉体から何かが抜けて落ちていく。膝が崩れ、立位を維持できなかった。


 それに反し、心臓の鼓動は加速していく。先よりも胸の痛みが激しさを増す。どうすることもできない痛みに唇が震え、指先が震え、視界も震える。その場で崩れた青年をチャンドが支える。太い、丸太のような腕から心配する声が響くが、苦しさから青年は返事をすることができなかった。落ち着いて呼吸をしろとの言葉にそれを試みるも、視界が暗くなっていく。朦朧とする中、近くにいたのだろう、トルの声も聞こえる。チャンドと何か慌てるように話しているが、そこで青年の意識も途切れた。


 その際、2人の奥に立ち、その様子を見据える一人の少女の褪めた表情が、青年の意識に、印象的な何かを残した

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