第4話 水無月るおんの大承諾。
あたしは思わず、
にげよう。
やばい。なんか。このひと。あぶない。
手を引く。が、るおんは動かない。
震えたまま、
と、先輩は頭にやっていた手を下ろし、るおんをまっすぐ見つめた。ふたりの目があう。
「……安堵せよ……我が
剣? そもそも先輩のいってることはぜんぶわからないけど、剣?
と、るおんは目をすこし見開いた。頬が桃色になる。
「……せ、拙者の秘剣……貴公には、みみ、みえていたのでござるか……?」
るおん?
「……選ばれし騎士のみが持つ闘気。
「……と、当家伝来の
「さもあろう。前夜、ぬしと
「……ぶ、武士はおのれを知るもののために身を投げ打つもの……」
「ちょっとまったあ!」
あたしはたまらず声をあげた。
「なに? なんなの? え、どういうこと? まず先輩、なんなんですか、あたしたちをからかってます? るおんがこんなだから、って、悪ふざけしてるんですか? ひどいです、るおんが可哀想じゃないですか!」
るおんはあたしのほうをちょっと見て、すばやく先輩に目を戻し、すぐにくしゃっと顔をゆがめた。
と、その顔をみた先輩は、ひどく驚いた。慌てたように左右を見回し、そうしてまた両手を頭の上にもっていく。髪の毛を乱暴にかき乱した。
すう、はあ、と何度もゆっくり息を吸って、眉をぎゅっと逆立て、いつもの先輩の顔にもどった。
「……ち、がう……」
先輩はゆっくり、ひとことひとこと、声をだした。
「……わざと、じゃ、ない……んだ。
「……」
訝しそうにわたしが先輩を睨むと、また慌てた顔になり、手を振った。
「ほ、んとう、だ……そんな、目で、
「……姉?」
そのとき、あ、と、るおんが小さな声をだした。
「あたし、聞いたことある……胡桃崎先輩、すっごい美人の歳のはなれたお姉さまが三人いて、女のひとに囲まれて育った、って」
「そ……うだ、そして、姉たちが……おたく、マニア、で……」
「……なんの、ですか?」
「……け、剣と、魔法、とか……ふぁ、ふぁんたじい、って、いうのか……姉たち、俺が小さいころから、ずっとそういう本ばっかり、読ませてくれて……テレビも、漫画も、ぜんぶ、そんなので……」
「あぁ」
あたしとるおんは、同時に声を出した。どこかで聞いたような境遇。
とぎれとぎれに先輩は、悲惨な半生をはなしてくれた。
一番上のお姉さんは先輩より十歳上。お父さんが先輩が生まれてすぐに亡くなったため、お母さんが働きに出て、そのあいだ先輩の面倒をずっと見てくれていたらしい。このひとは、十代のころから声優として活躍しているという。
二番目のお姉さんは八歳上で、小説を書いている。三番目は七歳上で、漫画。それぞれ、ファンタジー分野で高校生のころにデビューしており、いまではアニメ化されている作品もあるという。
三人に共通してるのは、重度のファンタジーおたく、ということだった。
特に長女が重症で、母親がみていないところではずっと、魔女、もしくは女魔王として先輩に話しかけ、世話をし、勉強をみてきたらしい。
さすがのちに声優になるひとで、迫真性がすごかったという。
先輩のちいさいころの記憶は、実際に空飛ぶ竜に乗ったり、魔剣を持つ騎士たちと旅をした映像で埋め尽くされているという。
次女は先輩が住む異世界の世界観を構築し、三女がそれを、視覚化する。
先輩の長い旅が終わったのは中学校入学のころで、長女が結婚して家をでたためらしい。
しかし、手遅れだったという。
女性に話しかけられると、姉たちの声が重なる。すると、魔王モードになってしまう。小学六年生のときの配役、最後の立ち位置が、魔王だったためらしい。
「……うぅ、えぐ、ひっく。ふええええ」
「なんであんたが泣くのよ」
るおんは先輩の説明をききながら、ずっとしゃくりあげていた。
「だってえ。わかるもん。わかるよお。あたしも小さいころ、お侍さんたちと一緒に江戸城の大広間、並んだ記憶あるもん」
「あるのかあ」
あたしは額に手をあてた。先輩を見る。こちらも、なんだか目が赤い。
「……だか、ら、きのう、君が、あんな、感じだった、から……もしかして、俺の、いうこと、信じてくれるんじゃ、ないのかな、って……」
「ふええええええん!」
るおんはそれを聞いてひときわおおきな声をあげ、先輩の手をとった。
「信じます……! あたし、あた、せ、
「あ、あり、ありが……ぬ、ああ……ぬし、余の、
「我が
「愛しき不死の黒
ふたりが泣きながら手を取り合っている間、あたしは窓際に歩いて行って、ぼんやり校庭を照らす夕陽を眺めていた。
ああ。きれいだなあ。夕陽。
ふつうの世界。
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