第2話 水無月るおんの大後悔。


 「……ひくっ。ぐすっ。ふぐ。んん、ううう、えええええ」

 「ほら、いいかげん泣き止んで。ね、るおん、がんばったよ。うん、すっごいがんばった。ね、ほら、お鼻」


 あたしは水無月みなづきるおんの背中をぽんぽん叩きながらティッシュをお鼻にあててあげた。ちゅん、と、るおんは鼻をかんで、ぼろぼろになった顔をあたしに向けた。

 学校に近い、あたしの家、自分の部屋。るおんと並んでベッドに座っている。


 「うううう……あんなに練習したのに……あたし、だめ、だあ……」

 「しかたないじゃん、幼稚園のころからあんたずっと、緊張すると武士ことばになっちゃうんだから。まあ……あんな派手にやらかすとはおもわなかったけど」

 「ふ、ふ、ふなああああああん」


 るおんとあたしは幼馴染だ。母親どうしが親友。るおんのお母さんが茶道、あたしのお母さんが華道の先生をやっていて、お互いに教えあっていたらしい。


 るおんのお父さんは、剣道の道場を開いてる。それだけじゃなくて、テレビや映画の時代劇の、たたかいのシーンの指導なんかもしてるらしい。ご先祖さまが、ええと、頼朝? 信長? の家来だったとかなんとか。

 るおんのおじいちゃんたちも時代劇が大好きで、テレビはそればっかり見てたらしい。あたしが遊びにいったときも、いっつもかかってたなあ。


 お父さんに剣道を習って、お母さんに茶道を習って、あたしのお母さんに華道習って、おうちではずっと時代劇漬け。たしかにすごい環境。まあ、でも、るおんの困ったクセは、きっと本人の生まれつきもあるんじゃないかな……。


 緊張すると、まっしろになる。

 で、武士、お侍さんになっちゃう。

 たぶん、こころのふかーいところに、武士道がインプットされちゃってる。


 幼稚園でも、小学校でも中学校でも、大事なところで、やらかした。

 この子、剣道だけじゃなくて運動それなりにできるし、成績も上位だし、かわいいしで、なにかの代表にされちゃうことが多かったんだけど。

 いちばんすごかったのは、中学校の卒業式。るおんは生徒会で書記をやってて、答辞を読まされて。


 開口一番。


 みなのもの! こたびはたいぎであった!


 あとは忘れた。卒業生も在校生も絶句。途中で先生に抱き抱えられるように連れ去られてた。なんで原稿あるのに、ああなるのかなあ。


 「……ひくっ。ぜっ、ぜんばい、おごっで、ながっだ……?」


 るおんはティッシュひと箱使い切ってから、小さな声を出した。


 「え、なに? ほら、アイスティのんで……ああ、胡桃崎くるみざき先輩、怒ってなかったか、って?」

 「……怒ってた、よね……うう。とつぜん知らない女子から話しかけられて、しかもあんなこと言われて……ふざけてるのかって、なるよね……」

 「う、うん、まあ、喜んではいなかった、かなあ……」

 「ふにいいいいいいい!」

 「怒ってたかはわかんないよ、だって先輩、いっつも怒った顔してるんだもん……でも、伝言、預かってるよ、先輩から」


 るおんは大きな音を聞いた小動物のような顔で、ひゃん、と声をだした。


 「で、でん、ごん……?」

 「うん、あのあと先輩に謝ろうとおもって近寄ったら、肩、つかまれて」

 「肩……!」

 「ちがうちがう、そんなんじゃなくて。あたし怒鳴られるのかなって思ったんだけど、なんか先輩、ずうっと黙ってるんだよね。すっごい怖いかおで」

 「……それ、で」

 「しばらくたってから、ぼそっと、明日の放課後、美術準備室、待つ、伝えてくれ……って。それだけ言って、どっかいっちゃった。紙袋もって」

 「……え……」

 「うん、えっ、てなるよね……どうする?」

 「……どしよ……怒られる、んだよね、やっぱり……」


 るおんの表情がいそがしい。泣いて、びっくりして、いまは下を向いてどよんとなっている。


 「かも、しれない、ね……るおん、逃げちゃったから、ちゃんと言ってやらないとって思ってるのかも」

 「ううう、ううううう」

 「でも、ほら、もしかしたら、るおんのこと気に入っちゃって、もう一度お話したいなあ、って……」

 「……」

 「……思ってるってことは、ないかあ……」 

 「ふにゃあああああああああ!」


 

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