エピローグ
とても長い夢を見ていた気がする。
久しぶりの深い睡眠から私を引きずりだしたのは、社用スマホの着信音だった。
慌てて電話にでると、その相手は、
「コラァ! 上岡ァ!」
先輩だった。
「ここ最近はずっと大変そうだったし、無断欠勤なんてするからみんな心配してるわよ。あんた一体、今どこにいるの?」
「どこって……」
車窓の向こうに広がっているのは、故郷とは似ても似つかない砂浜と青い青い海。
「大熊海岸みたいです」
電話の向こうでは、呆れるような間がった。
「……まったく、メープルはどこに行っても目が離せないんだから」
今致命的な名前を聞こえたような。まるで私がこっそり書いている小説のペンネーム…
先輩は私の焦りを無視して、話をつづけた。
「まあいいや。私もサボりたいから迎えにいってあげる。それまでは海でも見てな。課長には一緒に怒られよ」
電話は向こうから切れた。
誰かが開けた窓から風が入ってきて、私の髪をそよがせる。少し潮っぽい。
わざわざ先輩が迎えに来てくれるという。ありがいことだ。
ホームに降りると、冷房ではない湿った空気が体を包み込んだ。
それまでは言われたとおり、海でも見ていよう。
逃げることを覚えた今なら、ひねた小説なんかではない、素直な気持ちを伝えられそうな気がした。
逃亡せよ、女流作家メープル・アップヒル(本名上岡楓) @marucho
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