逃亡せよ、この世界のすべてから
日の光が届かない地下は暗く、カンテラの灯りだけが丸く土壁を照らしている。
どーも。上岡です。私は今、王都の周りにぐるりと掘られた地下道にいます。
「ここはいざというとき王族たちが逃げるために掘られたトンネルです。、追手が来ることはまずないでしょう」
私を探すために自ら町に下ったという姫は、華奢な体躯に似合わない力強い足取りで私を先導した。
「私、お姉さまが元の世界に戻れるようにいろいろ調べましたの。その結果、いわゆる異世界からの使者はお姉さまが初めてではなく、これまでもたびたびやって来ていたことが分かりました。船や籠、あるいは機関車に乗って」
姫は迷路のような地下道を迷いなく進みながら、説明を続ける。
「けれど、彼らが帰ったという記述はついに見つけられませんでした。行きはあるけど帰りはない。これは魔法学で言うと、円環を意味します。つまり、力づくでも終点を突破すれば元の世界へ帰れる可能性があるということです。そしてついに完成しましたの」
姫は立ち止まり、カンテラを高く掲げた。暗闇に鉄の塊が浮かび上がる。
「黎明の
それは一見、ただの蒸気機関車だった。トンネルの中にうずまっているという点を除けばおかしな点は何もない。
「
一年近く滞在していても、聞いたことのない単語が連発される。ここってそういうタイプの世界観だったんだ。
私の困惑を見てとったのか、姫は説明をやめた。
「詳細は省かせていただきますね。何はともわれ、お姉さま」
姫はカンテラを地面に置き、私の両手を取った。顔が近い。
「これでお逃げになって」
土に汚れてなお輝く姫の瞳は、涙が押し寄せ潤んでいた。
深い罪悪感に私は襲われる。こんな純粋な子までもだましてしまったなんて。
「でも、いいの? だって、私、ずっと嘘をついていて、こんなことをしてもらえるほど…」
姫は手に力をより一層こめ、寂し気な笑みを浮かべた。
「そんなの最初から気づいていました。些細なことです。だって、私はお姉さま自身のことを愛しているのですから」
胸がつまるような思いだった。あふれてこぼれる無償の愛。何も返すことをできない自分自身が不甲斐ない。
ならば、せめて応えるべきだろう。
こぼれそうになる涙をぬぐって、私は機関車に一人乗り込んだ。
「姫、ありがとう」
「お姉さま、お達者で」
姫が別れの挨拶を告げると、車両は眩い光に包まれた。
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