第35話:2度目の取引

 朝食を食べ終えるのを待ってくれていたかのように、支配人がハービー商会のドミニク会長を連れて来てくれました。


「ハリー卿、支配人から大量の鈦剣を手に入れられたと聞かせていただいたのですが、本当の事なのでしょうか?!」


 前回は流石大物商人という堂々とした態度だったドミニク会長が、慌てふためいている姿に笑ってしまいそうになりましたが、失礼になるのでグッと我慢しました。


 普通なら多くの商会に時間をかけて売り、完全殺のような特別な狩り方を見つけた事は、秘密にした方が良いのです。


 ですが、完全殺の方法がかなり難しく、同じ様に狩れる冒険者やダンジョン騎士が少ない事と、最悪の場合は領民を連れて他国に移住しなければいけない状況です。

 秘密にするよりも、できるだけ早く大量の資金を蓄えるのを優先しました。


「はい、本当です。

 冒険者ギルドの問い合わせて下されば分かる事ですが、特別な倒し方をすると、モンスターが武器を落とす事が分かったのです」


「とんでもない大発見ですぞ、本当に公表される気なのですか?!」


「言葉ではもう伝えていますから、今更隠す事もできません」


「お怒りになるのを覚悟して言わせていただきます」


「ええ、本音を聞かせてもらえる方がうれしいです」


「ハリー卿が馬鹿ではない事は分かっています。

 それなのに、金の生る技を他人に教えられた理由を教えていただけますか?」


「簡単な話ですよ。

 我が家は代々領民を守って来た事に誇りを感じる領主騎士家です。

 ドミニク会長なら聞いているでしょうが、この国はとても危険な状況です。

 国を守って戦うにしても、領民を連れて逃げるにしても、お金が必要なのです」


「国と領民のために、自分や家の利益を捨てられたのですか?!」


「何を驚く事があるのです。

 王家に忠誠を誓う領主騎士なら、当然の事ではありませんか」


「その当然の事をやらない領主騎士ばかりを長年見てきましたので、ハリー卿の誇り高さに驚いているのでございます」


「驚くのは自由ですから好きにしてください。

 私が気にしているのは、鈦剣を全て買ってくれるかどうかです」


「ハリー卿が嘘をつかれるはずがありませんから、支配人が言っていた、目の前に置いてくださっている鈦剣だけでなく、これからも鈦剣が手に入るのですね?」


「はい、ダンジョンのかなり深くまで潜って狩りをして、持ち帰らなければいけませんから、毎日とはいきませんが、一定間隔で手に入ります」


「分かりました、今日の分は、全部銹貨で買い取らせて頂けます。

 ですが毎日なると無理でございます。

 他国にまで運んで売り捌かないと、買い取るお金が続きません」


「それは分かっていますから、ドミニク会長が買い取れるだけでいいですよ」


「……わたくしが買い取れなくなったら、他の商会にお売りになるのですね?」


「先ほども言いましたが、私たちにも事情があります。

 ドミニク会長に独占させてあげなければいけない理由もありません。

 これでも、支配人の顔を立てて、値段交渉をしていないのですよ」


「それは重々承知しております。

 分かりました、私の手持ち資金ギリギリまで、全て買い取らせていただきます。

 ですので、他の商会への声かけはお待ちください」


「分かりました、ドミニク会長が買い取ってくれる限り、他の商会が高値を付けても売らないと約束しましょう」


 私たち3人は、それぞれ手持ちの宝物を売りました。

 ソフィアとアーサーがどれくらいお金持ちになったのかを話すのは、騎士家の令息としてはとてもはしたないので、自分の利益だけを話します。


 私が今日手に入れたのは、鈦剣168振りと大鈦貨128枚でした。

 ソフィアとアーサーは運び賃はいらないと言ってくれましたが、大鈦貨10枚ずつ渡しました。


 2振りの鈦剣は自分が使うので手元に残しました。

 鈦剣166振りを売った代金が大鈦貨換算で9960枚です。

 これまで持っていた大鈦貨と合わせて10073枚です。


 以前にも話しましたが、このような大金は、宿に預ける事も部屋に置いておくこともできませんし、ダンジョンに持って行く事もできません。

 

 できるだけ重くないように、大銹貨503枚と小銹貨13枚にしてもらいました。

 売買だけでなく、手持ちの貨幣も換金してもらいましたから、普通は手数料が必要なのですが、莫大な利益が見込めるので、今回は手数料なしにしてくれました。


 ただ、大銹貨503枚だけでも15kgもあります。

 こんな重い大金があると、ダンジョン狩りの邪魔になります。


 今日は荷運びの冒険者がいるので大丈夫ですが、これからの事を考えると、何か手を打たなければいけません。


 ドミニク会長は笑顔を浮かべて帰って行きました。

 良い取引ができたと言ってくれましたが、どうやって鈦剣を全部売るか、最大の利益を上げるにはどうしたら良いのかで、頭と心は一杯だったはずです。


「思っていたよりも早く決まったわね、これからどうする?」


「そうですね、まだ冒険者組合と約束した時間には早いですし、少し早い昼食にしても良いですが、何かしたいことありますか?」


「特にしたい事はないけれど、お金をどこに置いておくのか相談しない?」


「そうですね、それは私も気になっていました」


「ハリー様、僕はジャック様とオリバー様に取りに来ていただくか、腕利きの領民に来てもらうべきだと思います」


「そうよね、あれほど簡単に鈦剣が手に入るのなら、領民の半数を王都に呼んで宝物を守らせても良いんじゃないかな?」


「そうですね、少人数に莫大な宝物を運ばせるよりは、思い切って領民の半数を呼んだ方が良いかもしれません」


「僕も、ピアソン王国軍が攻め込んできても良いように、足の遅い領民を王都に呼んでおいた方が良いと思います」


「確かに、戦争の事も考えておかないといけませんね。

 ですがそこまで考えるのなら、叔父や叔母たちを通じて、国王陛下に直訴した方が良いかもしれません」


「そこまで忠誠を尽くす必要があるの?

 ピアソン王国軍が相手だと、領地の館では守り切れないのでしょう?

 それならいっそ、もう領地を捨てて全員で王都に出て来た方が良いんじゃない?」


「それは父上とお爺様が決断される事です。

 もう1度手紙を送って、返事が届くまで待ちます。

 陛下に対する直訴は、1度だけ叔父や叔母たちを通じて行います。

 ですが、1度だけです、取り上げられなければ見捨てます。

 父上やお爺様に逆らう事になっても、領民が逃げて来られる土地を他国に買っておきます」


「ハリー卿、使者です、王家からの使者がやって来ました!」

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