第34話:製薬と食事
冒険者組合のお姉さんは直ぐ帰って行きました。
私たちが厳しく言いましたから、怖くなったのかもしれません。
今はまだ副組合長しか捕まっていませんが、本格的な取り調べが始まれば、冒険者組合にまで捜査の手が入るのは確実です。
2日くらいしか話していないので、本当のところは分かりませんが、お姉さんは組合長派だと思われます。
お姉さんは、今が副組合長派を潰す好機だと思っているのかもしれません。
私たちを利用して、組合長の独裁状態にしたいと思っているのかもしれません。
まあ、出張中だという組合長がまだ生きていればの話ですが。
「面倒だけど、獲物を狩るための準備は、手を抜けないのよね」
冒険者組合のお姉さんがスイートルームを出て直ぐにソフィアが言いました。
言っただけでなく、製薬のための道具をコネクティングルームから食堂にテキパキと運びます。
私もアーサーも一緒に運びます。
朝飯前に神聖術を鈦剣に使いましたが、その程度の魔力はもう回復しています。
魔力を無駄にするくらいもったいない事はありませんから、常に何かに魔力を使う習慣がついているのです。
狩りのできない人だけの家で食糧が不足しているのなら、できるだけ魔力を使わないようにして、お腹が空かないようにするかもしれません。
ですが、私たちは狩りができるのです。
お腹が空こうと魔力を使って狩りをして、食べられる獲物を手に入れるか、食糧を買うための貨幣を手に入れた方が良いのです。
私たちの前には20リットル製薬甕が1個ずつあります。
私が中級魔力回復薬、ソフィアが中級体力回復薬、アーサーがケガを治す中級の薬を作るのです。
先ず甕に材料となる薬種を放り込みます。
次に薬効を抽出できる純粋な魔術水を創って入れます。
甕の底と側面に刻み込まれている呪文に魔力を注いで薬を作っていきます。
昔は、製薬職人が自分の知識と経験に従って薬を作っていたそうです。
ですがそれでは、作り手によって薬の効果に大きな差が生まれてしまいます。
最悪の場合は、薬作りに失敗して貴重な薬種が無駄になってしまいます。
それを憂いた偉い製薬職人が、自分の知識と経験を惜しみなく明かして、魔力さえあれば誰でも最高の薬が作れる甕を作ってくれたのです。
とは言っても、本当に誰でも薬が作れるわけではありません。
注ぐ魔力量が一定以上でなければいけません。
しかも多くもなく少なくもない魔力を10分間注ぎ続けないといけません。
私たち3人にはそれだけの魔力量があり、細やかな魔力操作もできます。
幼い頃から自給自足の大切さを叩き込まれていますので、使う薬種を間違う事も、質の悪い薬種や偽物をつかまされる事もありません。
偉い製薬職人が、私欲を捨てて簡単に薬種を作れる甕を作ってはくれましたが、それでも最低限の知識と経験がなければ、薬は作れないのです。
まあ、私たちなら甕などなくても最高の薬を作れますが、薬種商店が売ってくれる薬種の基準と量が、20リットル製薬甕に合わせてありますのでしかたありません。
魔境で集めた薬種なら、作り手が数と質に合わせて応用できますが、決まった数と質の薬種があるなら、製薬甕で作った方が楽です。
限界まで溜まっている魔力を惜しみなく注いで魔力薬を作ります。
甕に刻まれている呪文は10個もあります。
それぞれに10分間魔力を注ぐので、合計100分かかります。
「結構魔力を使えたんじゃない?」
「そうですね、これで魔力を無駄にしなくてすみました」
「ハリー様、お聞きしていた食事をお持ちして宜しいですか?」
製薬に必要な時間は分かっていましたから、逆算して朝食の準備を頼んでいたのですが、計ったように持っていてくれました。
今日は、荷運び役の冒険者を連れてダンジョンで狩りをする事になっています。
全員に多くの武器を持たせる予定なのです。
予定では36人になっていますが、それで収まるとは限りません。
36人で収まったとしても、それなりの時間がかかります。
その間に魔力や体力が下がり過ぎると、欲に狂った冒険者に襲われるかもしれまいので、常に魔力と体力を回復させる事になります。
ただ、魔力回復薬と体力回復薬なら、少量の薬の中に必要な素材を入れられるのですが、ケガを治す薬の場合は違います。
骨、筋肉、皮膚の材料になるモノが数多く必要となります。
それを薬の中に全て入れようとすると、薬の量自体が多くなっていまいます。
それに、ケガの程度によって薬の量が変わってきます。
そこで必要な材料は、体にある余分な部分を削って使う事が考えられたのです。
早い話が、皮下脂肪や内臓に溜められている脂肪が使われます。
胃腸に残っている食べ物や、血液に流れている栄養素が使われるのです。
何より1番必要になるのが水分です。
ですが、体に溜めて置ける材料には限りがあります。
不足する材料は、食べて補う事になります。
1番良いのは、多めの食糧を持ってダンジョンに潜る事です。
薬を飲む前にしっかりと飲み食いする事です。
「う~ん、やっぱりここの料理はおいしいわね」
「おほめに預かり光栄でございます」
ソフィアがほめるのに対して、給仕をしてくれている部屋係が答えます。
私たちの事を最上級の客と判断してくれているのでしょう。
徐々に待遇が良くなってきて、今では部屋係だけでなく、慣れた給仕を2人もつけてくれています。
子羊と子牛のローストでも特に美味しいと言われているロースの部分。
鴨の中でも1番美味しいと言われている胸肉のロースト。
リンゴとチーズ、ワインとリンゴ酒、宿の冷凍庫で保存していたという白ブドウ。
これでもかというくらい高価な料理が次々と出される。
支配人は私たちが大量の鉄剣を売ったのを知っているだけではありません。
大量の鈦剣を持ち帰ったのも知っています。
その気になれば、この高級宿を買える事を知っているのです。
最高のもてなしをして、それにふさわしい料金を要求する気なのでしょう。
「ハリー様、ダンジョンに持って行かれる食事なのですが、鴨や子羊のコンフィもご用意できるのですが、本当に硬い塩干肉と硬いチーズで宜しいのですか?」
「はい、今日の狩りは特別なのです。
美味しい料理ではなく、固く詰まった食材をできるだけ多く持って行かないと、万が一の時に不覚を取るかもしれないのです」
「私には理解できませんが、ハリー卿がそこまで言われるのでしたら、とても大切な事なのですね。
硬く詰まった塩干肉とチーズ、干した果物と甘いワインをご用意させていただいておりますの、後でご確認ください」
「あ~あ、必要だと分かっていても、不味い物を持ってダンジョンに潜るのは嫌ね」
「僕も嫌ですが、今回はしかたありませんよ」
「できれば今日1日で済ませるようにするよ。
どれほど脅かされても、どれほど大金を積まれても、私たちに逆らう気にならないように、思い知らせてやろう」
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