第32話:驚愕の大失敗

 3人の話し合いが終わると18時になっていました。

 この時間から眠るのも悪くはないのですが、何時ものように7時間眠ったら、起きるのが深夜の1時になってしまいます。


 それに、後2時間したら全ての魔術が解けます。

 20時ならまだ支配人が起きています。

 今後の事はできるだけ早く話しておいた方が良いです。


 特にこの宿以外に借りる拠点をどこにするべきかは、王都の事をよく知っている支配人の意見が聞きたいです。


 それに、戦いや狩りをするうえで何よりも大切な食事の事があります。

 ここのオーダーストップは20時だったはずです。


 ダンジョンに持って入ったチーズと白パンは全部食べてしまいましたから、このままでは夕食がワインだけになってしまいます。


 20時前に魔術が解けてくれればいいのですが、そんな不確定な事に期待するよりは、何か確実な方法を考えないといけません。


 今の私たちでは、部屋から大声を出して注文する事もできません。

 やれるとすれば手紙を書いて受付に置くくらいですが、絶対に不審に思われます。


 そもそも、私たちは裏口から忍び込んでいるので、まだ宿に帰って来ていない事になっています。


 1食や2食食べなくても死ぬことはりませんが、頑張って大金を稼いで帰って来たのに、食事もできないのでは哀しすぎます。

 不測の事態が起きた時に、体力と魔力が続かなくなります。


 隠れる魔術を支配人に明かす覚悟をすれ何とかなるのですが、自分たちの切り札を明かすかどうか迷ってしまいます。

 

 隠れる魔術は、その気になれば盗みに使えるのです。

 現に比較的警戒が厳しいこの宿に易々と入れました。

 ああ、そうか、さっきの計画は白紙に戻さないといけません。


 私たちは魔境での狩りで普通に使っていましたが、隠れる魔術は犯罪に使うには最適の魔術なので、王都で盗みが起こるたびに疑いの目で見られてしまいます。


「ソフィア、アーサー、さっき話していた計画は全て白紙に戻します」


「えええええ、何でよ?!」


「いったいどうされたのですか?!」


 私は2人に思いついた事を話しました。

 話し始めは文句タラタラだったソフィアも、話を聞くうちに憮然とした表情になり、最後は諦めの表情になっていました。


「申し訳ございません、ハリー様。

 危うくハリー様に盗人の疑いをかけさせてしまう所でした。

 どうかお許しください」


「アーサーが悪い訳ではないです。

 私も食事をどう頼むか考えていて、ようやく思いついたのです。

 盗みに使うなんて考えもしていませんでしたから、王都の民がどう考えるかなんて、思いつきもしませんでした」


「そうよ、アーサーが悪い訳じゃないわよ。

 わたしたちの村では、誰も盗みに使おうなんて思わないもの。

 人から物を盗もうと考える王都の民が悪いのよ!」


「ソフィア、王都の悪い訳ではないのよ。

 王都だって、ほとんどの人が真面目に生きているよ。

 極一部の人が悪事を働くから、多くの人が不安になっているだけだよ」


 アーサーの言う通りです。


「ねえ、だったら今日は食事抜きになっちゃうの?!」


「魔術が解ける時間によるだろうけれど、台所を使うような料理は駄目だろうね」


「えええええ、我慢できないよ!

 隠れる魔術がバレてもいいじゃない、ちゃんと食べようよ!」


「ここは我慢しようよ、僕が盗人の疑いをかけられたなんて、例え噓でもお母さんの耳に入れるのは嫌だよ。

 ソフィアだってそんな話しを家族の耳には入れたくないだろう?」


「ぶぅうううううう、分かったわよ、我慢するわよ、我慢すればいいんでしょ!」


「まあ、まあ、まあ、何も食べられない訳じゃないよ。

 この近くの夜遅くまでやっている酒場があるかもしれない。

 台所を使わないチーズやパンなら、部屋係に頼んだら持って来てくれるさ」


「……ここのチーズと白パン、ワインが飲めるのなら我慢してあげる」


「そうですね、ここのチーズと白パンなら十分なご馳走です」


 残念な事に、鈦剣を手に入れることに全ての運を使ってしまっていたようで、隠れる魔術が全部解けたのは20時半でした。


 今日の狩りでもレベルアップしていたようで、ダンジョンに入った時より30分も魔術の効果が長く続きました。


 私たちは隠れる魔術を誰にも知られないようにするために、1度窓から外に飛び降りて、宿に戻るところからやり直しました。


 ドアマンに挨拶してもらって中に入り、荷物係に大量の鈦剣を持ってもらいます。

 受付にいた支配人に、近くに美味しい物を食べさせてくれる店がないかを聞きましたが、残念ながら安心して食べられる店はありませんでした。


 ですが、支配人が気を利かせてくれました。

 残っていた白パンとチーズだけでなく、リンゴとブドウまで用意してくれました。

 それも高級宿の食堂で出す物なので、結構新鮮でした。


 私たちは支配人が用意してくれた物を食べながら、宿を借りると同時に、別にも家か部屋を借りたいと相談しました。


 寝起きは安全な宿を使いますが、万が一宿に戻れなくなった時のために、深夜に使える場所を借りたいと話しました。


「ハリー卿の事情はある程度分かっております。

 ここを見張られてしまった時のために、安全な隠れ家を確保したいという事でございますね。

 治安の良いこの辺りか貴族街に家か部屋を借りられればいいのですが、家主にも見つからないように、何時でも自分たちだけで出入りできるとなると……」


「難しいですか?」


「はい、治安が良い場所だけに、部屋を借りる者の身許も厳重に調べられます。

 その点はグリフィス騎士家の方々なら問題ありませんが、誰にも知られないように出入りしたいという点で断られてしまいます」


「そうですか、それでは諦めるしかないのですね?」


「平民街でも治安の悪い地区、それも不便な上の階なら直ぐに借りられるかもしれませんし、治安の良い地区でも時間をかければ良い部屋があるかもしれません」


「治安の良い地区の良い部屋とはどういう部屋なのですか?」


「オーナーのいる集合住宅の中には、1階にある共同廊下の玄関に鍵をかけない所があるのです。

 多少は不用心なのですが、その分何時でも出入りができるので、訳有りの小金持ちが住んでいる事が多いのです」


「訳有りなのは私たちも同じですので、そこも借りられるように探してください」


「そこもでございますか?」


「はい、この宿はずっと借り続けさせていただきますが、同時に治安の悪い地区と良い地区にも1部屋ずつ借ります。

 それと、冒険者組合とハービー商会に言付をお願いします」

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