第24話:恐怖

 私はスイートルームに押し入った恥知らずたちに決闘を宣言しました。

 ですが、言葉で申し込むだけでは芸がありません。

 本当なら相手の頬に手袋を叩きつける所ですが、残念ながら素手です。


 パッシーン。


 ソフィアが私に代わって手袋を叩きつけてくれました。

 猟師のソフィアらしいのは、密かに手袋に魔術をかけています。

 魔獣を狩る要領で、悟られないように魔術を仕掛けるのです。


 1番強いと思われた腐れ外道が壁まで吹き飛びました。

 普通は、手袋を叩きつけられたくらいで吹き飛びません。


 目の前で非常識を見せつけられた残りの腐れ外道は、現実を受け止められず、口を空けて固まっています。


「僕も決闘の挨拶をしなければいけませんね」


 パッシーン


 アーサーまで腐れ外道に手袋を叩きつけました。

 嫌でも耳に入った話では、腐れ外道共は騎士だそうです。

 平民には騎士に決闘を申し込む資格はないのですよ、分かっていますよね?


 この点を誰かに問題にされたらアーサーが殺されてしまいます。

 しかたありません、アーサーは叔母上のどちらかと結婚していた事にしましょう。


 美男で料理上手ですから、叔母上もよろこんでくれるでしょう。

 直ぐに離婚する事になったとしても、それは叔母上の自業自得です。


 ソフィアも同じように身分差を理由に殺されてしまうかもしれません。

 叔父上と結婚していた事にしましょう。

 嫌なら問題が片付いてから離婚すればいいだけです。


 私は領主の息子です、2人にだけ危険な真似をさせてはおけません。

 こんな事をしてくれたのは、私や家の事を誇りに思ってくれているからです。

 私には、その気持ちに答える義務があります。


 おしっこをちびって震えている腐れ外道2人は無視してスイートルームを出ます。

 廊下には未だに不平不満を言い続ける出来損ないのジャスパーがいます。

 横でなだめているのは……冒険者組合の副組合長です!


 聞き覚えのある声だと思っていましたが、こいつが私の情報をジャスパーに売ったのですね。


 なるほど、この宿に泊まっている事が分かったのも当然ですね。

 組合員である冒険者を守るべき立場の人間が、冒険者を売ったのですね!

 これは絶対に許せない冒険者に対する裏切りです!


「ジャスパー、廊下にいても決闘の宣言は聞こえただろう」


「黙れ、騎士家のガキごときが、王族に決闘を申し込めると思っているのか?!」


「私は王家に歯向かっている訳でも王族に逆らっている訳でもありません。

 貴族の作法も弁えない、恥知らずの無礼を咎めて決闘を申し込んでいるだけです。

 今再びここに決闘を申し込みます。

  グリフィス騎士家の嫡男ハリーは、家臣の騎士に剣を抜かせた状態で部屋に押し入らせたグラハム伯爵家のジャスパーに、代理人無しの決闘を申し込む」


 パッシーン。


 キッチリと言うべき事を口にしてから、手袋を叩きつけてやりました。

 ソフィアとアーサー同様、風魔術を仕掛けておいたので、廊下の端まで吹っ飛んでいきましたが、受け止める風魔術も使ってやりましたから、死にはしません。


「さて、副組合長、冒険者組合には冒険者の秘密を守る義務があります。

 それなのに、副組合長ともあろう者が、12歳の義務でダンジョンに潜っている私の情報、ジャスパーに売りましたね。

 この罪は償ってもらいます、グリフィス騎士家の嫡男として正式に告発します」


「しらん、私は知らん、閣下がどこかから聞いて来られたのだ!」


「そのような言い訳は、裁判で言われる事です。

 支配人、信用できる役人を連れて来てください」


「本来ならわたくし達が何とかしなければいけない問題を、お客様であるハリー卿のお手を煩わせてしまい、お詫びもしようもございません」


「お気になさらず、全ては血族の管理ができていない国王陛下の失態です」


「ハリー卿、そのような事を口にされて大丈夫なのですか?!」


「王侯貴族の恥知らずな行いが平民を苦しめたのです。

 同じ王侯貴族に属する私が、陛下に代わって詫びなければ、王族が民から見捨てられてしまいます」


「有り難きお言葉でございます」


「12歳の義務を国民に強いているのなら、陛下にも国王としての義務を果たして頂かなければいけません。

 義務が果たせないのなら、能力のある王族に王位を譲られるか、他国に併合を願われるのが筋です」


「閣下、ハリー卿、もう大丈夫でございます。

 私たちのために、そこまでの危険を冒して頂く必要はございません。

 ハリー卿のような方がいてくださる限り、私共の国に対する忠誠は変わりません」


「ギャハハハハハ、聞いたぞ、聞いたぞ、この耳で聞いたぞ!

 国王陛下に対する不敬の言葉、確かにこの耳で聞いたぞ!

 今の言葉を裁判で言えば、お前のようなガキはお終いだ、んぎゃっ!」


 スイートルームの方から飛んできた雑巾を顔に受けた副組合長が吹き飛びました。

 ジャスパーの倒れている廊下の向うの方まで飛んでいきました。


「ゴミは黙っていてください」


 スイートルームから出てきたアーサーが氷のように冷たい言葉を吐きました。

 普段はとても優しく大人しいアーサーですが、本気で怒ると怖いのです。


 自分の命よりも大切な母親がいるので、内に秘めた正義感を抑えていますが、実は私よりも義侠心があるのです。


 母親が大切なあまり、少しでも危険があれば避けようとしますが、絶対に大丈夫となったら果敢に戦う戦士でもあります。


 今回は我慢の限界を超えたのか、私よりも賢いかもしれない頭で大丈夫と判断したのかですね。


 だとしたら、もう出来損ないの事を考えるのは止めましょう。

 最悪の場合は、一族揃って国を出ればいいだけです。


 私が王には忠誠を捧げる価値がないと申しあげれば、父上とお爺様は真実を確認してくださるでしょう。

 

「支配人、私は支配人が教えてくれた武器商人の所に行きたいのですが、後の始末が心配です、大丈夫ですか?」


「その点はご安心ください、懇意にしている王都警備の騎士様は公明正大な方ですので、嘘偽りのない真実を国王陛下に奏上してくださいます」


「そうですか、でしたら武器屋の場所を教えてください」


「そのようなご足労をかける事はございません。

 武器屋にはこちらに参るように伝えております。

 直ぐに部屋を片付けさせていただきますので、それまで食堂でお寛ぎください」


「ハリー、残った2人も大人しくさせておいたから、ゆっくりしようよ」


 私がジャスパーに決闘を申し込んでいる間に、腹を立てていたソフィアがひと暴れしてくれたようです。


「分かりました、食堂で美味しいお茶でも頂きますか」

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