第11話:食欲

「貴方たちのような子供に、冒険者組合の恥かしい所を見せてしまいましたね。

 でも心配しなくて大丈夫ですよ。

 私たちが悪い人たちを取り除いて、良い国にしてから貴方たちに引き渡すわ」


 受付のお姉さんは、そう言いながら魔力を売った代価を払ってくれました。

 魔術水を作るだけでは、僕とアーサーの方が代価を多くもらう事になりますので、ソフィアにも薬を再生するのに魔力を注いでもらいました。


 魔力を売って手に入ったのが大鉄貨120枚、1人40枚です。

 これだけで冒険者組合の簡易宿舎に1人25泊できます。

 小金持ちになったので、食堂で美味しい物を食べる事にしました。


「私は猪肉のスペアリブが食べたいわ」


「どうせなら3人で別の物を頼んで分けようよ」


「嫌よ、私は自分の物は全部食べ切りたいの!」


 ソフィアとアーサーらしい会話です。

 

「諦めた方が良いよ、僕もソフィアも人と分けるのが苦手なんだ。

 アーサーは自分が損をしても良いと思っているようだけけれど、僕たちは損をするのも損をさせられるのも嫌なんだよ」


「ハリー様にそう言われたら諦めるしかありません。

 僕は猪肉のロースステーキを食べる事にします」


「僕は猪脛肉のシチューを食べます。

 新鮮なリンゴがあるようなので、1個ずつ頼みませんか?」


「分かったわよ、魔力も使ってお腹がペコペコ、肉が焼き上がるまでリンゴを食べて小腹を満たすわよ」


「僕も肉が焼きあがるまでリンゴを食べて待ちます」


 僕たちはリンゴを1個ずつ食べました。

 食堂の代金は前払いなので、口頭で頼んで金を渡してリンゴをもらいます。


 痛む前とまでは言いませんが、鮮度の悪い小さなリンゴ1個が小銭貨10枚。

 食事がつく簡易宿舎に泊まる代金の1/3もします。

 どうしても高いと思ってしまいますが、王都の物価に慣れないといけません。


 それに、王都に来ていなければダンジョンで稼げませんでした。

 魔力売って大鉄貨40枚もらうなんて、家では無理な話です。


「やっぱり王都の果物は美味しくないわよ。

 こんなの食べるくらいなら、エールを飲んだ方がマシよ。

 アメリア様も果物がない時はエールでも良いと言っていたじゃない」


「駄目だよ、ソフィア、それは果物が売っていなかった場合だよ。

 女の子なのだから、不用心にエールを飲んじゃいけないよ」


「不用心なんかじゃないわよ。

 アーサーもハリーもいてくれるから、何の心配もないわよ」


「僕たちだって男なのだから、少しは警戒してよ」


「きゃははははは、お母さんが誰より1番大切なのに、よく言うわね」


 ソフィアがアーサーをからかっています。

 確かにアーサーは、まだ女の子よりもお母さんの方が大切なようです。

 そいう僕も女の子に特別な感情を持った事がありません。


 僕は騎士家の嫡男なので、いずれはお嫁さんをもらって子供を作らないといけないのですが、全く実感がありません。


 他の家のように、同じ騎士家の令嬢でなければいけないなんて言われませんし、親が勝手に婚約者を決める事もありませんが、僕にはその方が良いのかもしれません。


「猪スネ肉のシチューが温まったよ。

 ライ麦パンと合わせて大銭貨3枚だよ」


 そこそこ大きな深皿1杯のシチューと、2人分程度の丸いパンの代金としては少々高いですが、果物ほどは田舎と値段差はありません。

 高いのは高いですが、まだ我慢できる範囲です。


 元々固いライ麦パンですが、賞味期限ギリギリの堅パンに比べれば柔らかいです。

 シチューに浸して食べればもっと柔らかくなります。

 少し酸味のあるライ麦パンがシチューにとても合います。


「猪のロースステーキとスペアリブが焼きあがったよ」


 ソフィアとアーサーが大きな肉の塊に表情を緩めています。

 たった1日ですが、王都に来てからの食事が最悪でしたから、しかたありません。

 僕と同じライ麦パンと合わせて、大銭貨4枚払うだけの価値があるのでしょう。


 塩味しか感じない不味いスープですが、水代わりと思えば飲めます。

 僕たちは魔術水を作れるから道中困りませんでしたが、魔術水が作れない人は、泥水を飲まなければいけない事すらあるのです。


「よう、坊主、2日目にしてずいぶん稼げているんだって?」


「はい、両親の教えのお陰で十分な準備ができましたので、思っていたよりも稼げるようです」


「そんな坊主たちなら、石のように硬い堅パンなんて食べないだろう?」


「そうですね、非常食としてダンジョンに持って行くか、乞食や浮浪児に施すか、3人で相談していたところです」


「おい、おい、おい、乞食や浮浪児にやるくらいなら、同じ12歳に分けてやれよ」


「それも考えたのですが、失礼になってはいけないと思ったのです」


「失礼なんかじゃねぇよ、中には生意気な奴もいるが、大抵はここが人生の分かれ目だと命を賭けているんだ。

 税を取られない1年の間に、できるだけ稼いで強く成りたいと思っているんだ。

 生まれ育ちに恵まれたのなら、堅パンくらい恵んでやれや」


「失礼にならないのなら、よろこんで分けさせてもらいます。

 ソフィア、アーサー、堅パンを食べないのならこっちに持って来てくれ」


「スープもまだ手を付けていないの、一緒に持って行っていい?」


 僕に声をかけてきた強面の冒険者が黙ってうなずいている。


「ああ、スープも持って来てくれ」


「僕はスープを飲んでしまったから、堅パンだけ持って行くね」

 

 アーサーは嫌いな物から食べてしまう性格でしたね。

 ソフィアは最後まで残していて、できるだけ食べないで済むようにする性格なので、まだ飲まずにおいていたのでしょう。

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