第3話:ポーウィスダンジョン

 生まれて初めてダンジョンで戦う事になりますが、ダンジョンでは気をつけなければいけない事が幾つかあります。


 ルールとして決められている事と、マナーとして守った方が良い事があるのです。

 父上と母上、最近ダンジョンで戦われた叔父上達から聞いた事だから、まだ変わっていないと思います。


 他の人が既に戦っているモンスターを横取りしてはいけない。

 これを気の荒い人を相手にやってしまうと、殺される事すらあるそうです。


 自分の実力に見合わない強いモンスターと戦ってはいけない。

 万が一戦ってしまうような事があったら、倒すか殺されるかしなければいけない。

 モンスターを引き連れて逃げてしまったら、他に人たちを殺す事になるのです。


 こんな風に絶対に守らなければいけないルールは、家にいる時から教えられてきましたし、冒険者組合の受付でも説明されました。


 それに比べて守った方が良いマナーは、教えてもらっていない冒険者がいたりするので、揉め事の原因になる事があります。


 育った環境の問題なので仕方がないのですが、それによって差別や区別をされるので、地味に冒険者生活に影響してしまうそうです。


 冒険者になったばかりの駆け出しには、歴戦の冒険者が親切に教えてくれるそうですが、若気の至りで暴言を返してしまう馬鹿もいるそうです。

 その点、父親と祖父から厳しく騎士道を躾けられた僕は恵まれています。


 他領から母親と身一つで移住してきたアーサーは、慎重な性格になっているので、自分から揉め事を起こしたちはしません。


 心配なのが天真爛漫で何を言い出すか分からないソフィアですが、生来の愛され体質が常に廻りを味方に引き込むので、むしろ助かる事が多いです。

 絶対ではないので、少々困る事もありますが、基本有利に働きます。


「1階は通り抜けるよ」


 僕たちが守らなければいけないマナーの1つ、自分たちの実力よりも遥かに弱いモンスターは、駆け出しに譲らなければいけません。


 僕たちも冒険者になったばかりなので、日数的には駆け出しなのですが、領地に接している魔境での経験があるので、実力的には駆け出しと言えないのです。


 その気になれば駆け出しだと言い張れるのですが、父上とお爺様から叩き込まれた騎士道精神がそれを許さないのです。


 僕たちと同じような年ごろの駆け出し冒険者が、顔を引きつらせてダンジョンスライムと戦っているのを横目に先に進みます。


「どこまで行くつもりなの?」


 僕の後ろを歩くソフィアが気楽な調子で聞いてきます。

 先頭がアーサー、真ん中に僕と続く後を歩いているので、罠の心配もモンスターの心配もないのは分かりますが、少しは緊張してください。


「2階もダンジョンスライムばかりだと聞いています。

 ホーンラビットは3階からが出てくると聞いていますので、人が少ない場合はその辺りを狩場にしようと思っています」


「受付で教えてもらっていた通り、浅い階は人が多いと思う」


 アーサーが遠慮気味に話しかけてきました。

 僕が領主の息子だから、一歩引いている所があります。

 パーティーメンバーなのですから、もう少し砕けた調子で話して欲しいです。


「僕たちならアングリィシープやアングリィゴートが相手でも勝てるはずだから、10階や11階まで降りてもだいじょうぶだと思う。

 でも、今日はもう少し弱いモンスターから狩りたいと思っている」


「そんな心配しなくても大丈夫よ。

 私たちならアングリィボアどころかアングリィブルだって狩れるよ」


 ソフィアの言う事は大袈裟ではないけれど、油断する訳には行かない。

 ダンジョンのモンスターが噂通りの強さとは限らないのです。

 父上や母上は嘘をつかれませんが、昔とは違っている可能性があります。


 1階から5階は、壁や床、天井までレンガで造ったようなダンジョンでした。

 道もぎりぎり2人が並んで歩ける幅しかありませんでした。

 剣を振るうのも、気をつけないと壁を叩いてしまいそうになります。


 6階に入って自然な石でできた壁や床、天井に変化しました。

 道幅も倍くらいになって、思い切り剣を振るえる広さになりました。

 狩りをしている冒険者の数は変わりませんが、狭苦しさは感じなくなりました。


「この辺、何か出そうな気がする」


 8階にまで下りたからか、同じ階を何度も巡る駆け出し冒険者の数が減りました。

 6階から銭貨を鋳つぶした冒険者認識票を首掛けている、銭片級が増えました。

 僕たちが何も狩らずに下に降りるので、胡散臭そうな視線を送ってきます。


 8階まで下りると、スライムと戦っている冒険者がいなくなりました。

 ホーンラビットと戦っている冒険者も少なくなりました。


 冒険者の半数以上が戦っている相手は、身長100センチ前後、体重20キロ前後と思われるゴブリンです。


 銭製の短剣すら持たず、石製の短剣を振り回して冒険者と戦っています。

 木片級から進級したばかりの銭片級冒険者でも十分倒せる、とても弱い人型モンスターです。


「でたぞ!」


 アーサーの言っていた通り、モンスターが現れました。

 僕たちが3人いるからか、現れたのは3頭のゴブリンでした。


 まだ現れたばかりで、僕たちを敵と認識できていません。

 ゴブリンが動き出す前に、アーサーが剣を構えて突っ込んで行きます。


 後ろにいるソフィアが投石紐を振り回しだした気配がします。

 僕も同じように投石紐を振舞わしているので同じです。


 長年一緒に畑を荒らす鳥を追い払い、魔境の鳥を狩り歩いた仲です。

 間違っても仲間に石を当てたりしません。

 空を縦横無尽に飛ぶ鳥に石を命中させられる腕前は、伊達ではありません!


「「「ギャッ」」」


 3頭のゴブリンがほぼ同時に断末魔の叫びをあげます。

 魔境のモンスターとは違って、倒すと一瞬で消え去ります。


 ダンジョンモンスターがダンジョンの生みだした幻だと言われる理由を、心底理解できました。


「良かった、銭貨と鉄貨が出たよ。

 石材やレンガが出たら戦い損だったよ」


 アーサーが少し気安く話してくれます。

 一緒に戦った事で、僕が領主の息子だと遠慮していたのが減ったのでしょう。


 少しずつ大きくなり、身分を感じるようになりましたが、一緒の狩りを重ねた仲間なのですから、大人たちのいない場所では友達として過ごしてきました。

 ダンジョンの中では誰も見ていませんから、以前のように気安く振舞えます。


「そうだね、命懸けで戦っているのだから、毎回何か出て欲しいよね」


 ダンジョンでモンスターを倒しても必ず何か落として行くとは限りません。

 大体10回に1回の確率で何か落とします。


 だが、せっかく落としていっても外れがあります、それが石材とレンガです。

 家を建てたり壁を造ったりするのには役立つのですが、1キロもある石材やレンガを落とされても、ほとんど生活の足しになりません。


 そんな物を地上に運んでいたら、せっかく確保した狩場を他の冒険者に奪われてしまうので、捨て置くしかありません。


 その場に残り、かさばらず重さもない、宝石や硬貨を落とすまで粘るのです。

 大銭貨5枚か大鉄貨3枚あれば、粗末な食事のついた安宿に泊まれます。

 地下8階で幾らの硬貨を落としてくれるのか、とても楽しみです。

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