第26話 気まぐれな著書③




 やはり、ポイントとなるのは動機だろう。本が勝手に動いたりするはずはない。つまり、消えたり現れたりしてるのは、人の手によって動かされているからだ。これについてはさすがに揺るがない。ひとまず、確定させていい。

 では何故、この本は動いたのか。先輩の言うように、イタズラと解釈すれば簡単な話ではあるが、それは動機が不十分だ。何より、そんなことをする意味がわからない。先輩なら、そんなこととっくに気づいてるはずなんだが。


「もしかしたら、その本は変幻自在なのかもしれないよ! 日によって色やタイトルが変わるとかさ!」

「いったいそれはどこのカメレオンですか」


 マジックじゃあるまいし、非現実的だ。それに技術的にも無理がある。ていうかそもそも、そんな仕掛けをする意味もわからない。


「とーがくん、本の技術は日々進化しているんだよ。甘く見てると置いていかれるぜ!」

「知らないですよ。お願いですから、そろそろ黙っていてください」


 ノイズがことごとく邪魔をしてくる。この人は場をかき乱したいのか、真面目に真相を突き止めたいのか、正直判別できない。


「燈画、君はずいぶんと頭を悩ませているようだが、この件を手っ取り早く済ませる方法があるぞ」

「え? いったいどうやって?」

「いいか? レファレンスを申し出た生徒は、その本を途中まで読んでいるわけだ。ならば、生徒が基本的に目にする一階の掲示板や生徒会広報が出している生徒会だよりなどにこう記しておけばいい。続きが気になっているのですが見つかりません、とな」

「おー! たしかにそれなら、いちいち内容からどの部活の本か探さなくても、向こうから教えてもらえるね!」

「図書室に本を置いているやつなんて、承認欲求の塊だからな。続きを読みたいと言われれば食いつくはずだ。付け加えるなら、生徒会だよりに軽く覚えている限りであらすじを書くのもいいだろう。他の生徒の間で話題になればもっと効果的だ」


 盲点だった。今までの解決方法とは違う、完全な逆パターン。その本の正体や消えた謎を突き止めるのではなく、先に向こうから出て来てもらうわけか。これなら、大半の謎はその際に答え合わせできる。

 少し強引なやり方だが、筋は通ってるし合理的だ。

 しかし、それはこの本を書いて図書室に置いた人物の思考回路が正常であればの話だ。


「これ、そんな単純な話なんですかね?」

「ん? とーがくん、なんか不満そうだね?」

「なんだ、何か気になることがあったか?」

「さっき先輩が言ったように、件の本は図書室やネットにデータがないことから、クラブコーナー関連と考えていいでしょう。本が消えたりしたことも、人為的なものであることは間違いありません。とすると、何か明確な理由や目的があって本を移動させている何者かがいることになります。その場合、これは単純な承認欲求で釣れる相手じゃないと思います。最初から人に本を読んでもらいたいだけなら、普通に図書室に置いておけばいいはずです」


 俺は長々と身の程を弁えずに発言してしまった。今まで散々先輩の世話になってきたというのに。


「ほぉ、燈画にしては冴えてるじゃないか。さては私の勉強会が効いてきたか?」

「いや、テストと関係ないですよね、これ」

「まあ、私もこれで真相が突き止めれるとは思ってないさ。とりあえず、案として一つ出しただけだ。解決しなかったら、来週の生徒会だよりを使えとな」

「じゃあ、それで反応なかったらまた一からやり直しってこと?」

「私の気が向いたらの話だがな」

「そこは引き受けてあげてくださいよ」

「でもさー、なんかこれって、おとり捜査みたいで面白いね!」

「……おとり捜査?」


 羽原が梟のように首を傾げた。


「麻薬取締官、マトリと呼ばれる連中が麻薬の売人などから元締めまでたどり着くために、運び屋の性別や年齢、服装や特徴などを真似て売人に近づき、その場で現行犯逮捕する際に使う手口だ。相手が麻薬を所持していなければ逮捕できないからな、持ってこさせるために、取引に応じるふりをするわけだ」

「先輩、詳しいですね。絶対部長はそこまで知らないですよ。どうせ名前だけ知ってて適当に言っただけです」

「とーがくん! 君って男は失礼だなー、なんとなくイメージはできてたよ!」

「それは自信満々に言うことじゃないです」


 どうせ、漫画とかで単語だけ知ってたとかそんな感じだろう。部長は少年漫画が好きだからな。

 待てよ、おとり捜査?

 似てるとかじゃなくて、そもそも本当にそうだったってことも。

 何か、頭の中で引っかかった。

 件の本をおとり捜査で例えるなら、まさに消えたと思われていた時は周りに誰も捜査官がおらず、おとり捜査が行われていなかったと言えるのではないか?

 逆に、本があった時はおとり捜査が行われていたタイミングで、誰かがその本を手にする瞬間を周囲から捜査官が確認していた。だから本は消えたり現れたりしたのか。

 

「七海さん! その本が書架にあった日となかった日ってわかりますか!?」

「へ? あ、うん……わかるけど」

「教えてください!」

「とーがくーん? どうしたんだーい?」


 そう、これはきっとおとり捜査だ。本を移動させている人物がいるのなら、常にその本の動向を確認する必要がある。

 何故なら、その本には何の記録も存在していない。ネットにも、図書室にも、どこにも正体を知る術がないのだ。故に、手に取った人物が怪しんで調べたり、司書や図書委員本人が手にすればアウトだ。

 なら、その本がこの図書室に存在していた時に、この図書室内に必ずいた人物。その誰かが本を動かしていたんだ。


 俺は七海からその日付、時間などについてを教えてもらう。だが、訊ねる前から既に俺の中ではその時この図書室にいた人物が誰なのか、想像はついていた。そもそも、一人は最初から確定している。そして、数だけならあと二人。

 すると、察した様子で先輩が微笑みかけた。


「燈画、顔が歪んでいるぞ。君はもっと喜ぶべきだ。私抜きで、そこまで辿り着けたじゃないか」

「先輩。もしかしてわかってたんですか?」

「その質問には答えられないな。返答によっては嘘をつくことになるし、この後の君が変に迷ってしまうだろう。自分で確かめるといい」


 胸元の前で腕を組み、先輩は心なしか普段より柔らかい表情を浮かべていた。先輩には見えているのかもしれない、俺の中の思考、その行く末が。


「ふぇ? ね、ねぇ……これなんなの? なんか二人だけのワールドに入ってない? ボクにも教えてよとーがくん!」

「安藤さん、少し静かに」


 羽原が真面目な顔で人差し指を立てる。


「七海さん、その本……どこにも情報がないって言ってましたよね?」

「え、ええ……そうよ」

「ってことは、手に取った誰かが図書委員にそのことを確認したりしたら書架に紛れ込ませていた意味が無くなります」

「た、たしかに……」

「つまり、その本は常に動向を監視されていたはずです。そしてそれは……図書委員の誰かでなければ成立しない」

「ふむふむ……って、えぇ!?」


 最初に声を上げたのは安藤部長だ。甲高い声はよく響く。


「図書委員であれば、最悪その本のことを訊ねられてもクラブコーナーに戻しておくなどと言って誤魔化せます。もちろん、口ではそう言って、一般の棚に戻していたわけですが」

「ちょっと待ってよ、自分が何を言ってるかわかってる? だって、本が確認できた日に図書委員を担当してたのって……」

「はい。俺と羽原、そして鵜瀬先輩です」


 空気が数秒、静寂に包まれる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る