第25話 気まぐれな著書②
「ごめんねー、テスト勉強中に」
声をかけてきたのは同じ図書委員で先輩の七海雪だった。
若干申し訳なさそうに、謝罪の言葉を交えながら近寄って来た。
たしか、今日は彼女が図書登板だ。大方、声をかけてきた理由はなんとなく想像がつく。恐らく、目的は先輩だろう。
「鵜瀬さん。ちょっと時間いいかな? 多分、あなたなら本当にすぐ終わると思うから」
「その様子だと、どうやら難解なレファレンスが舞い込んできたようだな」
「あはは、正解」
七海は肩をすくめる。
一年以上図書委員をしているとはいえ、やはりその蔵書数は侮れない。本のタイトルや作家名などでピンポイントな情報が得られない限りは、七海でも探し出すのは困難らしい。
「まったく、図書委員なのに一人でお留守番もできないとは、呆れるな」
「くっ、悔しいけど言い返せない」
先輩はやれやれとため息をこぼした。
「で、いったいどんな内容なんだ? 頭を悩ませるそのレファレンスは」
「探して欲しい本があるそうよ。途中まで読んでたらしいんだけど、今はどこを探しても見つからないの」
「全然普通じゃないか。どこに難しい要素があるんだ?」
「そ、それが、タイトルも書架もわかってるんだけど、その本がどこにもないのよ」
「貸し出し履歴は?」
「もちろんチェックしたけど、該当するものはなかった。そもそも、それは館内閲覧専用の本らしいの」
「それなのに、その本を求めている人物は、いつもの書架にその本がなく、図書室にいる誰も読んでいないことから、図書委員に助けを求めたということか」
「そうなの、だから力を貸してほしくて」
すると、先輩は怪訝そうに顔を歪め、首をひねった。
「これ、私の力が必要か?」
「え?」
「だってそうだろ、そんなの誰かが書架を間違えたか、館内閲覧専用に気づかず持ち帰ったかのどちらかだ。別に奇妙なレファレンスのせいでどの本かわからないわけじゃないだろ。まずはテーブルの近くにある書架から順に調べればいい、慌てて戻したのだとしたらその辺が怪しいからな」
「私もそう思ったんだけどね。この話、実は続きがあるのよ。それが一番奇妙でね」
「奇妙だと?」
自然と耳を傾けてしまう。たしかに、今のままだと単なる紛失事件だ。面倒な話とは感じるが、奇妙に感じる部分はない。誰だって間違えて本を戻してしまうだろうし、館内閲覧専用に気づかないこともあるはずだ。わざわざ先輩を頼るほどのことには感じられない。いったい何が奇妙だと言うのだろう。
「その本のタイトルや書架を調べたんだけど、存在しないのよ、そんな本」
「何だと?」
「存在、しない?」
思わず俺は声を漏らしてしまう。
「どういうことだ?」
先輩は眉根を寄せる。
「そのままの意味よ。表紙とか色とかを人聞きじゃなく自分の目で確かめようと思って調べたんだけど、この図書室にそんな本なかったの。それどころか、ネットで検索をかけても引っかからなかったのよ」
「なるほど。たしかに、それはまさに存在しない本と言えるな」
「え? でも、そんなのありえませんよ。本当の話なんですか? 作り話とかじゃなく」
我慢できず、羽原が割って入った。そんな話を聞いてしまえば、テスト勉強になど身が入るはずもない。
「うむ。光が言うように、その証言は信憑性に欠けるな。普通に考えて、存在しない本を探しているなんてふざけた話だ。その生徒は、どうやってその本のことを知り、何故図書委員に頼んでまで探しているんだい?」
「それがね、これ初めてじゃないらしいの」
「初めてじゃない?」
「その生徒、たまたま昼休みにその本を見つけて読んだらしいんだけど、後で続きが気になって探したら見つからなかったらしいわ。けど、別の日にまた置いてあるのを見つけたの。それが何度か続いたみたいよ」
「まるで神出鬼没だな。それで業を煮やし、図書委員を頼ったわけか」
「イライラしてる感じじゃなかったけど、さすがに気になっちゃうよね」
気持ちはわからなくもないが、にわかには信じ難い話だな。偶然そうなったというのならまだしも、何度も続くとなると誰かのミスで持ち帰られたり、紛れたりしたわけじゃない。なんだか、本そのものが意思を持って動いているみたいだ。
「観察力と洞察力の鋭いあなたなら、何かわかるんじゃないかと思って」
「それについては否定しないが、この話に関してはあまり期待しない方がいい」
「そんな、鵜瀬さんでも何もわからないんですか?」
羽原が打ちひしがれたような表情で呟く。
常に高い推理力でレファレンスを解いてきた先輩のあまりにも弱気すぎる発言は、それなりにショックだったようだ。
「だってそうだろ? なんだか大袈裟に語られているが、これは謎でもなんでもない。本が気まぐれに姿を現したり消えたりなんてするはずがないんだからな。つまり、誰かがその生徒に意地悪してると考えるべきだ。書架から消えた謎についてはこれで説明がつく」
「いや、それじゃまだ解決したとは言えないでしょ。だって、その本はネットで調べても情報が何も引っかからないのよ? どう考えても変じゃない」
「忘れたのか? この図書室には部活やサークルで製本された世に出回っていない本が置かれているコーナーがある。そして、それは館内閲覧専用だ。恐らく、それを誰かが適当に他の棚に戻したんだろう」
「それっておかしくない? その本をたまたま訪ねてきた生徒が見つけて読んで、今度は誰かがそれを隠したりして意地悪するなんて」
「偶然だな。だいたい、神出鬼没な部分に関しては人の手によるものなのは間違いない。動機なんて、そもそも何でもありだろうに。それがたまたまクラブコーナーに戻されていなかった同人誌だったってわけだ」
「うーん、なんかスッキリしないわね」
「そうですね。裏付けもできてないですし」
俺も七海に同調する。偶然、という言葉だけで片付けるには不自然な点が多すぎる。それらを無視して依頼してきた生徒にこのことを伝えても、到底納得はしてくれないだろう。
「待ってください。図書室のデータを調べたのなら、クラブコーナーにある本についてもわかるんじゃないですか?」
「それが、クラブコーナーの本は図書室で管理してるわけじゃないから、そもそもデータがないのよ。あくまで、部の本を好きに置いていいって場所だから」
「ああ、うちの学校は部活動が盛んで、大して日も経ってないのにすぐ本が増えたり、部の宣伝のためだって言って勝手に並びを変えたりすることが多くてな。だから図書室ではフリーで置いてもいいとだけしてあって、その辺の管理は各々の部に任せてあるんだ。まあ、どの部活が置いたかまではわからないだろうね。タイトルなどから探したとしても、部活を絞れなきゃ意味がない」
たしかに、それは極端な話、部活に所属している生徒全員に聞き込みをしなくては証明ができない。本の内容などからある程度絞り込めたとしても、気の遠くなるような話だ。
「ふふふ、ここは新たな名探偵、花音ちゃんの出番だね」
「あっ、部長、まだいたんですか」
「いたよっ!」
「部長、悪いこと言わないんで、変な発言する前に引っ込んだ方がいいですよ。フォローしきれる自信ないです」
「とーがくんはボクに厳しいね。まあ、そんなところも好きだけど」
「あー、はいはい」
とりあえず、部長のことはスルーしておこう。
どんな難解なレファレンスやテスト勉強よりも、一番頭が痛くなる。
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