ラムドの依頼・3
「お、ここだ」
ラムドの声で、
「想像以上に早く着いたな。あと一日は余分にかかる計算だったが、どうやらお前さんらの実力を見くびっていたらしい」
「そんなに褒めてもらえるのは素直に嬉しいですけど、さっきの戦闘があったばかりなんで複雑な感じが……」
さっきの魔物との戦いは、魔法の使い方も戦いの組み立て方もすべてがお粗末だった。そもそも、今回の依頼は
俺自身は課題の部分ばかり目に映る感じがして、素直に喜ぶことができなかった。
「毎度言ってるが、生きてりゃ丸儲けなんだ。思う存分悩んでいいが、そこばっかりに目を向け続けるなよ?」
少しだけ勾配のある坂道を、ラムドさんは軽快に登っていく。杖をついた初老の動きとは到底思えなかった。
「反省会は帰ってからよ。まずは依頼最優先」
「……そうだな。悪い、切り替える」
周囲を警戒しながら、先導するラムドさんの後をしばらくついて行くと、街道からも見えた巨大な木の下で歩みを止めた。
巨木の下には石碑のようなものが鎮座しており、そこから街道を見下ろしているようだった。
「今年は早めに来たぜ、相棒」
ラムドは石碑の前に高そうな瓶に入ったお酒を供えた。そして、そばに落ちている空瓶を拾い上げて、口の端を持ち上げながら笑う。
「綺麗に飲み干しやがって。片付けまでちゃんとしろって毎年行っても聞きやしねえ」
「これって、ラムドさんの知り合いの?」
恐る恐るといった風に望海が彼に質問する。
「おう、俺の冒険者時代の相棒でな。この場所が好きだってんで、記念碑ってもんを置いてんのさ」
彼の見つめる先には、大海原が広がっていた。小高い丘の上には二本の巨木以外、視界を遮るものがない。ここからなら、街道の終着点である港町もわずかに見えた。
「きれいな景色だね」
ユーシェは耳をぴくぴくとさせながら、その景色に目を輝かせている。
「ああ。アイツもこの景色が特にお気に入りだった」
ラムドはその様子を満足そうに見ながら頷くと、野営の準備を始めた。
「さあて、今日は特別に俺が夕飯の用意をしてやろう! 元冒険者のとっておきの冒険飯だぞぉ」
「やった~! 久しぶりに人が作ったご飯が食べれる~!」
「たまには俺も代ろうか?」
望海の方が料理が得意なだけで、やろうと思えば俺だってできる。そんな小さな自尊心からの提案だったが、望海は首を傾げたのちにゆっくりと横に振る。
「アンタのご飯はなんというか……身内感があって特別に感じないというか。それに、アンタは詩片を普通に使えないでしょ」
「うぐ……ま、まあ……まずいわけじゃないならいいか」
微妙に釈然としないものを抱きながらも、夕飯のための準備をする。
「出来たぜ~」
「はやっ」
夕飯の準備もそこそこのところでラムドさんの方から声がかかった。声をかけるのがあまりに早く、彼の料理の腕を疑いかけたが、直後に漂ってきた美味しそうな匂いがその疑いを直ちに晴らしていった。
「こいつは俺の持論だが、冒険飯は早くて腹が膨れるのが第一だ。腹減って本調子出せないんじゃもったいねえからな」
そう言って、彼は大鍋の中身をかき混ぜる。大きく不揃いな獣肉や野草たちが、やけに明るい緑色の煮汁の間からちらりと見えた。
……晴れたはずの疑いが戻ってきた。そんなことを知ってか知らずか、ラムドさんは鍋の中身を深皿によそい、慣れた手つきで俺たちに渡してくれる。
「俺特製冒険飯『ごちゃ混ぜぐつ煮』だ! 見た目はこんなんだが、味の方は相棒のお墨付きだぜ?」
「その料理名はどうにかならなかったの……?」
望海は皿の中身を一度つついてから、『ぐつ煮』と一緒に取り分けてもらった普通のパンを先に食べる。あのペースを見るに、全部食べ切るまでぐつ煮に手を付ける気はないらしい。安牌な選択肢を選んだようだ。
ユーシェもぐちゃぐちゃな見た目と食欲そそる匂いを天秤にかけてなお、躊躇しているようだ。
こうなったら先陣を切るのは俺しかいない。スパイシーな香り漂うぐつ煮を大口を開けてかき込む。
匂いは大丈夫……匂いは大丈夫……匂いは……ん?
「美味しいです……」
色からしてもっと青臭い風味を想像していたが、そんなものは一切なくひたすらに美味しい。なにかそういう効果を持ったキノコの類でも入っているのかと疑ってしまうほど、この料理を口に運ぶ手が止まらない。
「だろう? いや〜それにしても、俺の腕もまだまだ捨てたもんじゃないな!」
嬉しそうに笑うラムドと一心不乱にぐつ煮を口に運ぶ俺を交互見て、望海とユーシェも恐る恐るといった様子で一口目を口に運んだ。
「……」
無言ながらも二口目、三口目と、煮込みを口に運ぶペースが早まり、俺が食べ終えるよりも早く一杯目を食べ終えてしまった。
「「おかわり!」」
結局、鍋いっぱいのラムドさんの料理がたったの一食できれいさっぱりなくなってしまった。その衝撃はこっちの世界に来て最初のころに食べた、あのサンドイッチみたいな食べ物以来のものだった。
「今後の参考にしたいから、レシピを教えてくれないかしら」
料理担当の望海が皿を片付けながら、ラムドさんに質問を投げかける。毒物を前にしたかのようにぐつ煮をつついていた癖にとは思ったが、それは言わない方がいいことはたとえ幼馴染みでなくとも分かる。
「レシピ……レシピねえ。悪い! こいつは正真正銘レシピの無い冒険飯でな。教えられるようなものはねえんだ」
腕を組みながら難しい顔をしたラムドさんだったが、いい答えは見つからなかったようだ。
「それでこの味が出せるならセンスね……まあいいわ。料理の時になにか気を付けていることはある?」
ラムドさんはその質問には一転して顔を明るくする。
彼ははるかに年上で俺たちよりもずっと大人のはずなのに、表情がコロコロと変わる様を見ているとずっと若々しく見えてくる。
「大事なのは食材の組み合わせだ! たとえば今回は昨日獲れた獣肉を使っただろ?」
四足歩行の猪みたいな動物の肉だ。処理の方法を教えてもらったおかげで、癖も少なかった。
「あそこに生えてる三日月草ってのは雑食の動物肉と一緒に火を通すと臭み消しとか、肉を柔らかくする効果があるらしいんだ。知り合いの肉屋から聞いた話だがな」
「逆に、あっちに生えてるソーラハーブは絶対肉と合わせちゃいけねえ。火を通すと肉が固まっちまう上に、灰汁が出まくる。こいつを魚に使うと逆に煮崩れしにくくなってだな……」
なるほど、こればっかりはこの世界に来たばかりの俺たちには分からない要素だ。望海も彼のアドバイスを熱心に聞き込んでいた。
しかし、見張りをしていたユーシェの声で一気に緊張がはしった。
「みんな、気を付けて! 何か良くないのが来る!」
良くないものの気配はすぐに俺たちにも感じられた。ユーシェの言う通り、全身に鳥肌が立つような良くないものが近づいているのが感覚で分かった。
「望海、ユーシェ! 戦闘準備!」
気配だけで分かる。これは瘴気域からやってきた魔物だ。それも、今日戦った猿の魔物をはるかに凌ぐ強さ。そして多分、かなりの大きさだ。木々が折れる轟音がだんだん近づいてくるのが聞こえてくる。
望海はすでに土の魔法で即席のトラップを作成している。ユーシェもラムドさんをいつでも逃がせるように彼の前で構えを取っていた。
結局やることは変わらない。望海が隙を作り、俺が火力をぶつける。なんの心配も要らない。
『――ッ!!』
咆哮が轟く。魔物が姿を現したのだ。それは、三頭の獣の姿をしていた。子供のお人形遊びのように全く別の生物を組み合わせたおぞましい獣のような姿。
跳びかかろうとする魔物の足を望海の魔法が絡めとる。硬質化した土の拘束具は魔物の膂力であっても簡単に解くことはできない。
【コード:ファイア=エクシード】
あらかじめ待機していた大火球。周囲を真昼のように照らす小太陽が、魔物に向かって飛んでいく。轟音と爆炎。足止めされた魔物に攻撃が直撃した。
一枚目の魔力はもうない。次の詩片を構えた瞬間に、炎の奥に影が見えた。
生きてる!? というか復帰が早い!
攻撃を受けた後とは思えないほどの速度で魔物が突っ込んできていた。とっさの回避行動も、助けようとして飛び込んでくるユーシェもなにもかもが間に合わない。
「ここらでネタばらしといくか」
――身長二メートルを超すかのような大男が、俺の前に立ちふさがった。
鼻歌を歌いながら、ちょっとした扉を押し開けるような気軽さで腕を前に伸ばす。たったそれだけで、ダンプカーもかくやというほどの魔物の突進を受け止めてしまった。
「こいつは火ねずみが混じった魔物だな。火の魔法じゃなきゃやれてただろうが、まあこればっかりは経験だな」
知っているものより少し若くハリのある声が良く知った調子で話しかけてくる。魔物はじたばたと動こうとしているが、その場から後退することすら叶わないようだ。
「混成獣って呼ばれる類の魔物だがちと厄介でな。その名の通り、混じった生物の特性を受け継いでることが多いんだ」
「火ねずみと……この頭はなんかの虫か? あとは、適当ななんかがごちゃごちゃで訳わからん。というか、こんな土壇場で授業なんてやってる場合じゃねえな。すまん!」
どこまでも身勝手に振る舞うその余裕に、俺たちは思わず詩片を構えた腕を下ろしてしまっていた。
「とまあ、こいつは特性として虫の外殻と火ねずみの火への耐性を持ってる。そこを避けて攻撃すればいいわけだが……」
大男は魔物に向き直り、両足で踏ん張る姿勢を見せた。たったそれだけで、巨大な魔物の四肢が地面から離れていく。そして、無造作に真上へとぶん投げた。
「それ以上に手っ取り早いのはこれだ」
何もない空間から、幅の広い大剣が男の手に収まった。おそらく、そういう魔道具なのだろう。そしてそのまま飛び上がり、もがき続ける魔物を真っ二つに叩き斬ってしまった。
「圧倒的な力ってな」
覇気にあふれたこの男を、ルダニアに住んでいる人は全員知っている。銅像なんかよりよっぽど生気にあふれたこの男こそ、この国を治める建国王にして、冒険王。
どうして気付かなかったのか。名前を並び替えただけの簡単な言葉遊びのはずなのに。
「改めて自己紹介させてくれ。ラムドとは世を忍ぶ仮の姿。その正体こそ、この国を治めていながら、瘴気域に手も足も出ない元冒険王ドラム・ルーダニアだ」
お茶目な国王を前に、俺たちはただただ固まるしかなかった。
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