ラムドの依頼・2
「ユーシェ! そっち行った!」
遠征二日目。今日も朝早くに出発した
「こっちに来るな!」
ユーシェが飛び込んでくる魔物の横っ腹を蹴り抜く。汚い悲鳴を上げて吹き飛ばされるが、絶命には至っていない。弱者を狙う知恵だけでなく耐久力もそれなりにあるらしい。
「
「了解」
【コード:ランド】
三人を覆い隠すように地面が盛り上がり、望海たちを包む。ラムドを守りながら戦う場合、敵に囲まれた状況では俺たちはどちらも十全に動けない。だから今回は望海に防御を任せる。その意図を彼女は過不足なく汲んでくれたようだ。
「まとめてかかってこい、猿ども」
早鐘を打つ心臓の音を強い言葉でかき消す。久しぶりに来たソロでの戦いだ。緊張しないと言えば嘘になるだろう。とはいえ先ほど蹴られた腹部を押さえた手負いを含めて、せいぜい六体。この程度なら倒せない敵ではない。
「キキィーッ!!」
金切り声を上げて魔物はこちらに跳びかかってきた。そのうちの一体は、冒険者の忘れ物か戦利品かは分からないが、さび付いた粗悪な剣を振り下ろそうとしている。
向こうにも連携という考えがあるようだ。それぞれの個体が跳びかかりにわずかな時間差をつけており回避しづらくなっている。
それでも、
【コード:ウインド=エクシード】
「アクセルウインド!」
魔法はイメージだ。より具体的な想像によって魔法は力を得るというのが、この世界の常識だ。そのため、技に名前を付けると魔法のイメージがより明確になる。
やることはいつもと変わらない。風を足に纏わせて加速する。しかし、名付けはその意思をより明確にし、発動までのタイムラグを可能な限りゼロに近づけてくれる。
結果。横なぎの剣が空を切り、勢い余って味方である魔物の首を一つ落とした。それ以外にも、跳びかかってきた個体は大きく体勢を崩している。
詩片から即座に持ち替えたナイフで、剣を握った魔物以外の首を吹き飛ばす。武器持ちも倒すつもりで死角からナイフを突き立てたが、ものすごい反応速度で防がれてしまった。
「ギィキィ……!」
「確実にやったと思ったんだけどな……!」
運の悪いことに、風の魔法の効果が切れた。地面に着地する俺を見て、猿の魔物が笑みを浮かべたような気がした。
こうなってしまえば、形勢は一気に向こうに傾く。詩片はケースに詰めていて、すぐには取り出せない。さらに、天使である左手のブレスレットに詩片を当てるには右手を空ける必要がある。
魔物が大振りで剣を振るう。それを大きく後ろに飛びのいて避ける。
見た目が猿だとはいっても、ユーシェよりも体格がいい魔物だ。技量の乗らない攻撃だったが、速度と破壊力だけは十分すぎるほどに持っている。いくら錆びた剣であっても、当たってしまえば胴体から真っ二つだ。
まったく、剣術は学んで日が浅いんだっての!
ナイフで剣の軌道を逸らす。まともに当たれば力負けするのは火を見るより明らかだ。ナイフという得物の都合上、こういった戦い方を重点的に習ったのがさっそく役立ってしまった。
鍛錬が全然足りていない。ちょっと前まで平和な日本で帰宅部をしていたのだからそれも当然だろう。しかし、こんなことになるなら向こうでもちょっとくらいスポーツか武道でもしておけば良かった。
剣を弾き、飛びのく。
避けきれず、切っ先が肩を掠める。
息が上がり、腕が痺れる。
当然のように魔物は疲れ知らずで攻撃を続けている。
叩きつけるような縦振りを横に体をずらして避ける。すかさずナイフで脇を切りつけるが、皮膚をわずかに裂いただけで傷は浅い。
「チッ……!」
飛びのいて詩片に手を伸ばす。しかし、その瞬間を魔物も狙っていたようだった。
「ウキィー!」
本来なら木と木の間を自在に飛び移れるような足のバネで、魔物が距離を詰めてきたのだ。意識が追い付いていても、体がそれについてこない。魔物の突進を避けきれず、地面に叩きつけられてしまう。
「カッ……」
衝撃で呼吸が一瞬止まる。ケースからとりだそうとしていた詩片が俺の周りに散乱していた。
「ギ……ウギギィ……」
俺の上で馬乗りになった魔物は、勝ち誇ったように両手でつかんだ剣を掲げる。今度こそ間違いなく、その顔には喜びの笑みが浮かんでいた。
血反吐を飲み込んで、口の端をつり上げる。なるべく不敵に見えるように。
「俺の勝ちだ……チクショウめ……!」
【コード:ウインド=エクシード】
魔物の剣は振り下ろすことがかなわなかった。なぜなら、明が放った爆風によってその体ともども、はるか上空へ吹き飛ばされてしまっていたからだ。
明の上空五百メートル付近まで吹き飛ばされた魔物は、状況を飲み込めていなかった。ほんの少し前まで自分が優位に立っていたはずなのだ。なのに、振り上げていた剣はどこかへ行って、己は身動きの取れない空中に投げ出されている。
不可解な状況で唯一分かるものは、『死』の気配が近づいていることだけだった。
明から二メートルほど離れた位置に、魔物が落下した。それは声すら上げることもなく、灰のようになって集魔石を残して消えていく。
「終わった~」
明は大の字に寝ころんだまま全身の力を抜く。
「無茶しすぎたな、これ……」
詩片をばら撒いたことで、フリーな左腕で魔法を発動させることができた。吹き飛ばされるときに考え付いたとっさの行動が功を奏した。とはいえ、少しでもずれていれば不発に終わっていたのだから、賭けとしてはあまりよろしくなかった。
幸い、戦闘不能になるような大きな怪我もないため、任務への支障はない。だが、街道への被害を抑えようとし過ぎて詩片の選択が思うようにいかなかった。実戦から離れていたことで勘が鈍っていたのもその原因だろう。
今の戦闘を自己分析しながら一人反省会を開いていると、頭上に影が落ちた。
茶色っぽい髪の毛のカーテンが影の中にもわずかな光をこぼしていて、やけに印象に残った。
「三点」
「何点満点中? ンガッ……痛い痛い」
容赦なく鼻をつままれて引っ張られてしまった。思っていたより痛い。
「百点満点に決まってるでしょーが。あんたは火力馬鹿なんだから、火力で押してりゃいいのよ。他の事考えてたら簡単に死ぬわよ?」
「まあ、それは確かに。色々気を遣うのはもうちょっと強くなってからか」
「そういうこと。基礎もなってないのに、縛りプレイするのはただの馬鹿よ。とりあえずユーシェが集魔石を集めていてくれてるから、さっさとケガを治していきましょ」
「ご苦労だったな、アキラ。まあ嬢ちゃんたちにいいとこ見せてえって気持ちも分からなくないが、もうちょっと周りを頼った方が楽だからな?」
気遣うようなラムドさんの視線が痛い。
「ち、違いますから! 俺の魔法は周囲への被害がデカくなりすぎるから、セーブの仕方を模索している訳で……」
「いいからさっさと行くわよ~」
「わよ~」
たまに俺たちの口調を真似るようになったユーシェが追い打ちをかけてくる。というか、こっちは結構なピンチだったんだからもう少し心配してくれても良くないか?
そんな態度が顔に出てしまっていたのか、望海がため息をつきながら戻ってきた。
「いっとくけど、私はあんたがあの程度では死なないって信じてるから。というか私が死なせたりなんかしないし……分かった!? 分かったらさっさと立つ!」
恥ずかしいなら言わなきゃいいのに……。とはいえ、耳まで赤くしてまで心配していたことを伝えてくれたのか。もうちょっとしっかり連携を取れるようにしないと。
にやにやと下世話な笑みを浮かべながらも何も言わないラムドさんを視界に入れないようにしながら、移動を再開する。
幸いにも、その後は魔物とも出会わなかった。そのおかげで目的地への到着も早く、ラムドさんが「ここだ」と言って俺たちを呼び止めたのは、最初の戦闘から半日ほどの地点だった。
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