33.死に損ない


「・・・カノン・・。」

「あ、起きた?」


「とうとう死んだか。長かった。」

「オリーデさん、死んでないから安心して。」


「死んでない?俺はまだ生きているのか?なぜ?」

「長老を呼んでくるね。」


長老・・・?

なんの話だ?


「オリーデ、やっと起きたか。ひと月も眠っていたんだ。」

「ラーモ。そうか・・・死んだはずだったが、またしても俺は死に損なったか・・・。

もう生きる目的も無くなった俺なのに、そう簡単には死なせてもらえないのか。」


「オリーデ・・・なぜあなたのような方がこれほど苦しまなければならないのか。」


死ねなかったことが、また俺に重くのしかかって、情けなさと申し訳なさで涙が流れた。



「クッ・・・」


起きあがろうとしたが、一気に血の気が引いて目眩に襲われた。


「大丈夫か?ずっと寝ていたんだ。急に起き上がるとよくない。」

「いや、大丈夫だ。ひと月も祈りを捧げていなかった。すぐに祈りを捧げなければ。」


「オリーデ、あなたは意識がないはずなのに朝晩必ず祈りを捧げていたよ。」

「そうか。」


この体は、祈りを捧げることを忘れてはいなかったんだな。

しかし、死ねなかったか。

カノン、あなたは俺に何をさせたいんだ?

なぜ死なせてくれない?それとも、俺と会うことがそんなに嫌なのか?そりゃあ嫌だよな。



「ラーモ、ここはどこだ?」

「スドのわしの村だ。」


「そうか。世話になって申し訳なかった。

またしてもスドの地を俺のような者が汚してしまって申し訳ない。すぐに出て行く。」

「汚してなどいない。あなたはもっと自分の価値を知るべきだ。ここでは静かにするよう言っているが、外は大騒ぎだ。」


「俺に価値など・・・。」

「まだあれは明け方だったが、あなたとドラゴンの戦いを見た者が、わしら以外に何人かいたようで、オリーデは勇者だと外では騒ぎになっている。

それに、あなたは我らの村だけでなく他の村の者も助けていたんだな。その者たちの話もあって、大変な騒ぎになっているんだ。」


「・・・。」


なぜだ?俺はただ死にたかっただけなのに。



「ラーモ、人に会わずにフォンドを抜ける方法はないか?」

「スドの西まで行けば人がほとんどいない森に入れるが、なぜだ?正当な評価を受けないのか?」


「そんなものは俺には何の価値もない。

それに俺はただ死にたかっただけだ。勇者などではない。」

「心配だな。ドラゴンはいなくなったが、また無茶をするんじゃないか?」


「迷惑をかけてすまない。あれだけしても死ねなかったんだ。俺は彼女の墓まで行ってみるつもりだ。その先は分からない。」


オリーデという名も、もう使えないな。

もう街には寄らず、森をひたすら北に進むしかない。


確かリーベルタの西に広がっている森はフォンドの西の森に繋がっていたはずだ。

とりあえず5ヶ月ほどは森を進んで、そうすればいくつか国境を越えられるだろう。



「ラーモ、世話になった。お礼は白金貨で足りるだろうか?」

「はぁ?白金貨?何を言っている。金など要らん。金より大切な村人を救ってくれたんだ。」


「俺はあの時、死ぬことを覚悟で戦った。死ぬために、ドラゴンが口から吐き出す炎も避けなかったし、爪の攻撃も避けなかった。

左腕は食い千切られていた。肉が千切れて骨が見えていたし、脇腹や腿も切り裂かれて、足は砕けていた。

治るとは思えない。こんな俺にエリクサーを使ったんじゃないか?」

「はて、どうだったかな?わしは治療には関与していないから知らん。」


「そうか・・・。

俺には金くらいしか渡せるものがない。どうすればいい?何を望む?

そうだ。これ、これをもらってくれないか?」


俺はミスリルシルバーの剣をラーモに差し出した。



「これを置いてオリーデは出て行ったと言ってくれてもいい。使うなら、引きながら使えばかなり切れ味がいいから試してみてくれ。」

「オリーデ・・・これはあなたの身を守る大切なものだろう?」


「いいんだ。もう使い道もない。」

「出ていくのはいいが、これを持っていってくれ。あなたが心配なんだ。」


ラーモが白い箱を差し出してきた。



「これは?」

「エリクサーだ。女神の祝福は用意できないが、何かあった時のために、せめてこれを受け取ってくれ。」


「そんな貴重なものを受け取れない。」

「ダメだ。それを受け取らないのならスドの西は案内できない。」


「・・・分かった。何から何までありがとう。」

「こっちのセリフだ。結界を破るほどのドラゴンを倒してくれたんだ。また我らに平和が戻った。ありがとう。」


俺はラーモに案内してもらうと、スドの西の端から深い森へ出た。


「では、ラーモも村の皆さんもお元気で。」


俺は振り返らず北に向かって歩き出した。




森をただひたすらに歩いた。何日も何日も。

左腕も再生されているし怪我は治っていたが、やはり体力がなく、走っての移動はできそうになかった。


しばらく森を歩き続けると、だんだん体力は回復して走れるようにはなったが、今の俺には急ぐ理由もない。

走れたからといって何になるんだ。

彼女へ届ける薬もないというのに。

5ヶ月ほど深い森を進むと、さすがに現在地が気になったので街に寄った。


図書館に行くと、地図を見せてもらい、現在地を確認した。

思ったより進んでいなかった。国境は2つ越えたが、越えて間もない場所だった。

まだあと2ヶ月は歩かないとリーベルタには入れないか。


再び俺は人に会わないよう森の奥深くまで潜り、北を目指した。

もう、人に関わるのが怖い。

死人のような俺は、もう誰も関わりたくなかった。構ってもほしくなかった。


彼女の墓に花を手向け、そして俺は死ねればいいと思った。


もうそろそろリーベルタに入っただろうか。

俺は再び街を目指した。

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