29.南の国とオリーデの誕生
デリオーという名前ももう捨てるか。
目の前に広がる結界に阻まれた色の違う森を見つめながらそう決めた。
そういうことだったのか。あの本の作者がスドに辿り着けなかったのも、図書館で探してもスドの情報が全く無いのも、このせいだったんだな。
スドと呼ばれる場所は結界に守られている神聖な森だった。
スドがあることは知られているが、そこに行ける者がいなかったんだな。
どうする?力技で結界を突き破って中に入るか?
しかし、何かを守っているのであれば、俺のような者が勝手に結界を破壊するのは憚られる。何か結界を破壊せずに入れる方法があればいいのだが。
そんなことを考えながらスドの森を眺めていると、背後から火山か何かが爆発するような音が聞こえてきた。
なんだ?
そして、人々が助けを呼ぶ声が聞こえた。
俺は気になって森に引き返すと、必死に逃げる人々に出会った。
「どうした?何があった?」
俺は1人の壮年の男を掴まえて聞いてみた。
「ド、ドラゴンが出たんだ。」
「ドラゴン?」
「村が、街が、襲われていて、とうとう俺らの村にまで・・・」
「そうか。俺が見に行ってみよう。」
「あんた死ぬぞ?」
「それでもいい。」
死にはしない。俺にはまだ死ねない理由がある。
別に手や足の1本ぐらいは惜しくない。薬さえ彼女に届けることができれば、そこで力尽きても構わない。
俺は人の流れに逆らって村のある方向に向かった。
建物が壊滅した村であろう開けた場所、そこには確かにドラゴンがいた。
昔、まだリーベルタにいた頃、読んだ本に出てきたドラゴン。
実在するものだったのか。
それの姿形はワイバーンに少し似ていたが、大きさが桁違いだった。
ワイバーンは大きな荷車になんとか乗せられる大きさだが、ドラゴンは家より大きく、足一本でも荷車には乗せることができないような巨体だった。
そして、そのドラゴンの前には、冒険者のような格好の者が数人集まり、攻撃を加えていた。
こんなもの、冒険者が数人集まったくらいではダメだろう。
軍は?この国の組織は分からないが、軍がなくても国営騎士団や治安部隊ならいるだろう。なぜそいつらが出てこない?
怪我を負って命からがらという感じで転がりながら逃げている村人に手を貸しながら聞いてみた。
「この国には国軍や騎士団はいないのか?その者たちは何をしている?」
「あぁ、ありがとう。国軍はいるが多くの犠牲を出して引いたんだ。」
その村人を支えながら森に入ると岩に座るよう言った。
「そこに座ってくれ。ちょっと痛いが我慢してくれ。」
「あ、あぁ。」
傷口を水で洗い、薬草を擦り潰して傷口に塗ると、布を破って傷を覆った。
「ありがとう。」
「これも飲んでくれ。」
「これはポーションだよな?俺はそんな金を払えない。」
「金など要らない。それにこれは初級ポーションで一番効果が低いものだ。気にせず飲んでくれ。これを飲めばすぐに1人でも歩けるようになる。」
「すまない。あんた名前は?」
「オリーデだ。」
「そうか、オリーデありがとう。この恩はいつか必ず返させてほしい。」
「そんなことは気にするな。さあ、急いで。」
俺は村人を急かして、皆が逃げた方角へ向かって逃げるよう言った。
国軍でも太刀打ちできないのか。確かにあの巨体だからな。
しかし、あの冒険者たちだけでは足りないだろう。
あの者たちに許可が出れば俺も戦いに加わろう。
倒せなくとも、村人が十分な距離まで逃げられる時間稼ぎはできるだろう。
村まですぐに戻ると、後ろから声をかけた。
「俺も戦いに加わってもいいか?」
「いいが死んでも知らんぞ。」
許可が出たため、俺はドラゴンに向かって距離を詰め、足に向かってロングソードを振るったが、ドラゴンの皮はかなり硬いようで、僅かな傷しか付かなかった。
この頑丈な剣でもあの傷か。
俺は引いて風の刃を使って足を切り付けた。
それでも先ほどの剣の傷と同じような、僅かな傷しかつけることができなかった。
もっと威力を上げないといけないんだな。
風の刃の威力を上げて複数放つと、ザックリ切れて地面に血が滴っていった。
グオォォォォォォオ
ドラゴンの恐怖を煽るよう大きな叫びに、空気が震えた。
火球を口に入れてみるか?
火球も威力を上げて口に目掛けて撃ってみた。
口の中には入ったが、効果が十分だったかは分からなかった。
先ほどより大きく尻尾を振って暴れ回り始めたことを考えると、多少はダメージを与えられたのではないだろうか。
すると、ドラゴンはそのまま飛び上がり、凄いスピードでどこかへ飛んで行った。
「逃してしまったか・・・」
「あんた凄いな。あれほどダメージを与えられるとは。
追い払ってくれて助かった。」
「いや、しかし逃してしまったから、また襲ってくるかもしれん。」
「まさか、あんた倒そうと考えていたのか?」
「ん?君たちは違うのか?」
「違う、違う。
倒すなんて無理無理。村人が逃げる隙を作って、ドラゴンが飽きて飛び立つまで何とか耐えるだけだ。」
「そうなのか。しかし、それだといつまで経っても脅威が続くんじゃないか?」
「倒せるなら倒すが、俺らじゃ無理だ。あんたならもしかしたらとは思ったが。」
「そうか。」
人間が敵わない相手か。天災だと思って諦めるしかないのか。
しかし、カノン、俺はどうするべきだ?
あのドラゴンなら、俺を殺してくれるかもしれない。しかし、あなたを蘇生するという目的ができてしまった俺がどちらを選べばいいのか、分からない。
「あんた見かけない顔だが冒険者か?」
「いや、他国だが元軍人だ。今はただの旅人だ。」
冒険者だと名乗ればギルドに連れてかれてリオだとバレると思い、冒険者ではないと告げた。
「そうか。元軍人か。なるほど、だからそんなに強いんだな。
あんた名前は?そんな強い奴なら名が知れ渡っているんじゃないか?」
「オリーデだ。俺の名など誰も知らんだろう。」
「オリーデか。確かに知らない名前だ。俺は冒険者のセレーノ。冒険者パーティー晴天の夢のリーダーだ。一応パーティーはAランク、俺個人はSランクだが。オリーデの強さを目の当たりにするとSランクと名乗るのが恥ずかしい気がしてきた。」
「そんなことはないだろう。村人を逃すためにあのドラゴンの前に立つなど、簡単にできることではない。」
爽やかな笑顔で白い歯を見せるセレーノが眩しかった。
人のために行動できる者というのは、このような輝く笑顔で青空の下で笑うんだな。正義の塊のような人物だと思った。
そんな人生を歩めるセレーノを、少し羨ましいと思った。
俺とは正反対の人間だ。きっといつも真っ直ぐに正しい道を歩いてきたんだろう。
俺のようなどうしようもない人間とは違って・・・。
しかし同時に、このような人間は生きている価値があるのだから、彼を死なせてはいけないと思った。
それなら俺が死ねばいい。俺がドラゴンに向かえばいいのだと思った。
カノン、もし、もしも俺があなたを蘇生する前に死んだら、死後の世界で俺をとことん苦しめてくれていい。
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