27.攫われた少年
山を登って中腹までいくと、俺の火球と風で破壊された洞窟に着いた。
しっかり内部まで破壊されているようで、これなら二度と魔獣が棲みつくこともない。
念のため索敵で探っても、生命反応はなかった。
しかし空からこちらに近づいてくるものがあった。
1体ワイバーンが出かけていたか。
よく見ると、その爪で何か掴んでおり、それは人のように見えた。
餌として持ち帰ったのか?
俺は木の影に隠れて様子を伺うと、ワイバーンは地面に下りる直前に、掴んだ人を放し、そして洞窟の前に下り立つと洞窟の入り口であった場所を眺めていた。
俺は静かに近付き、翼を根本から切り落とすと、奴が鳴き声を上げる前に喉を切り裂き、心臓を貫いて倒した。
倒れた人物に駆け寄る。
ワイバーンが連れてきたのは、まだ若い10代中ごろに見える少年だった。
「おい、大丈夫か?」
「・・・。」
反応はないが、息はまだある。
鋭い爪で掴まれたことによる傷口を洗い、薬草を摘んで擦り潰して塗った。
傷はそれほど深くはない。切り裂かれた様子もない。
体当たりされて気絶したところを連れ去られたのかもしれない。
水袋は持っていたが、逃げたと思われないために鞄は麓に置いてきてしまったから、ポーションは手元にない。
俺はこの少年を横抱きにすると、急いで山を降りた。
「リオ、やっと戻って・・ってその子は?」
「ワイバーン1体が巣から離れていたようで、この子を掴んで戻ってきたから倒した。
おそらく体当たりでもされて気絶したところを餌として連れ去られたんだろう。
爪が食い込んだ傷はあったが、致命傷となるような傷はなかった。」
「もう手当してあるんだな。
気絶か。それならポーションを飲ませても意味ないか。」
「この子を頼む。俺は倒したワイバーンを拾ってくる。」
「あぁ、分かった。1人で大丈夫か?って、リオにその心配は無用だったか。」
俺は少年をギルマスに預けると、再び山を登っていった。
もう一度、念のため索敵を広げてみたが、他にはいないようだった。
俺の索敵はそれほど遠くまで広げられないから、遠くまで行ってたら見つけられないが、残っていたとしてもそう数は多くないだろう。
この山はワイバーンが棲みついたせいで、他の動物や魔獣が山を去ったとみえて、他の生物は虫や小鳥しかいなかった。
俺はワイバーンを背負って山を降りていった。
「リオ、グリズリーを担げるのも凄いと思ったが、ワイバーンも担げてしまうんだな。凄いな。」
「少し鍛えれば誰でもできることだ。」
「いや、出来ねぇよ。」
「そうか・・・」
少年はまだ起きていないようだが、回収の荷車を引いた者たちは到着していた。
しかし、ワイバーンを荷車に乗せるのに難儀しているようだった。
「「「せーの!」」」
「グ・・・ダメだ・・・」
「大丈夫か?」
「あ、あぁ・・・。」
俺はワイバーンを担いで次々と荷車に乗せていった。
「「「・・・。」」」
「誰か知らないが、助かった。あんたそれほど筋骨隆々というわけでもないのに凄いな。」
「これぐらい大したことない。」
そうか。回収に来た者たちは俺のことを知らないんだったな。
荷車に全てのワイバーンを積み終わると、少年はギルマスが背負って街道を目指して移動し始めた。
「リオさん、ありがとう。急降下でワイバーンが襲ってきた時、俺はもうダメだと思った。リオさんは命の恩人だ。」
「いや、もっと早く俺が対応していたら君が怖い目に遭わずに済んだのにすまない。」
死ぬほどの恐怖を味わうのは俺だけでいい。
真っ当な人生を歩んできた者を、そのような状況に置くべきではなかった。
もっと俺が早く判断をしていれば。本当に情けないことだ。
やはり俺の思慮が浅いのは相変わらずのようだ。
この者が怪我をしなかっただけまだマシか。
「そんなことはない。リオさん、本当にありがとう。」
「あぁ。」
死ぬほどの恐怖か・・・。
軍に入ったばかりの頃は、そんな恐怖を味わうこともあった。
死を覚悟したような瞬間も何度かあったように思う。しかし俺はその恐怖に慣れてしまった。
まだ15やそこらの頃にはワイバーンと対峙するのも怖かったはずだ。
しかし今では、ウサギを狩るほどの感覚になってしまった。
慣れて感覚が鈍感になったんだろう。慣れとは恐ろしいものだ。
きっと俺は、カノンに死の恐怖まで味わわせてしまっている。
俺はもっと、苦しまなければならない。
痛みや苦しさだけでなく、絶望するような恐怖も感じなければならない。
カノンに薬を届けたら、俺は絶望の中で死んでいければそれでいい。
そう思い空を見上げた。青い空には少し雲が浮かんでいて、俺の横を風が吹き抜けた。
それでいいという彼女の返事だと思った。
街に着くとギルドへ行き、少年はたぶんそのまま救護室に運ばれたんだろう。
戦いの最中にメモを取っていた奴が、計算するので少し待って欲しいと俺に告げて奥の部屋へと歩いていった。
「リオ、ワイバーン討伐が無事に終わってよかったな。
討伐メンバーみんなで酒場に行くからリオも来いよ。報酬の計算はすぐにはできねぇし。」
「いや俺はいい。」
「そう言うなよ。みんなお前に感謝しているんだ。」
そう言いながらカルドは俺の腕を掴んで強引に酒場へ連れていった。
全力で抵抗すれば振り解くことはできたが、黙って彼に従って付いて行った。
「討伐お疲れ様!」
「「「「かんぱーい!」」」」
俺の手にもエールが入った木のジョッキが持たされ、カルドや討伐に参加した者たちが俺のジョッキにジョッキをぶつけてきた。
「リオ、カードを出してくれるか?」
「あぁ。」
ギルマスに言われてカードを出すと、ギルマスは俺のカードを持ってどこかへ行った。
そしてすぐににこやかな表情でカードを持って帰ってきた。
なんだ?
「おめでとう。これでリオはSSランクだ。」
「は?なぜだ?」
「いや~昨日から上に相談していたんだ。野盗討伐の功績を実績として換算できないかってね。それに野盗から守った商人と同行して護衛したことも護衛の実績に換算できないかと。きっとリオは今を逃したらいつ掴まるか分からない。
また街にも寄らず移動するんだろう?
ワイバーンを1人で6体倒して攫われた少年を助けたことも実績に含むとSでは足りなかった。そして唯一のSSランクになったというわけだ。」
「・・・。」
「とうとうSランクを超える存在が・・・。」
「おっと、お前ら騒ぐなよ。リオが逃げたらどうする。」
今後、冒険者ギルドカードを利用することはもうないだろう。こんなカードは街に入る時にも国境を越える時にも見せることはできない。
唯一のカードだと言うなら、彼女への貢物として捧げることにしよう。
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