EP.20
私達はワイバーン討伐から、師匠の家に帰ってきた。
無事に戻ってきた私達を、師匠が暖かく迎えてくれた……のは、涙が出る程嬉しかったけど……言わねばならない事が、ごまんとあるっ!
「師匠っ!ワイバーンが群れだと、どうして教えておいてくれなかったのですかっ!」
ムッキーッ!と師匠に食ってかかると、師匠は目を見開き、驚いた顔をしている。
「何を言っておる。こちらは6人もおるのじゃぞ。
そんな人数で一匹を寄ってたかって叩くつもりじゃったのか?
何と非道なっ!私の弟子とは思えぬ所業よ」
ヨヨヨとハンカチを目に当てて泣き崩れる師匠を、肩を抱いて慰めるエリオット。
こ、こいつらぁっ!
「じゃあっ!あの10メートル級は何だったんですかっ?
あんなの殆ど発見されていない個体じゃないですかっ!」
更に噛み付くと、師匠は泣き真似をやめて顔を上げ、片眉を上げる。
「じゃが、倒せたじゃろ?」
事もなげに師匠はそう言って、ボロボロになった私達を見渡す。
「皆、よく頑張った。
今日よりお前達を正式にフリーハンターとして認め、帝国に登録しておくからの。
これからジャンジャカ依頼をこなして、更なる研鑽を積むように」
「えっ……フリーハンター、でいいのですか?」
レオネルが師匠の言葉に驚いて聞き返した。
「そうじゃ。帝国に所属する必要は無い。
確かにお前さん達は王国の身分高い人間だが、それを理由に帝国に縛り付ける事は私が許さんよ。
それぞれ好きに討伐依頼をこなせば良い。
報酬とて、気にせず受け取りなさい」
そう言われて、私達は分割して運んだワイバーンのコア、魔石の入った袋をジャラッと持ち上げた。
「……これ、金になるのか?」
一国の王子から、金、という単語が飛び出し、私は驚いてクラウスを振り向いた。
「なるわよ、凄く貴重な物なのよ。
ワイバーンの核で出来た魔石なら、そうね……いや、分かんないけど」
……残念。
所詮私もお嬢様。
市井で小銭を使った事くらいならあるけど、宝石や服など、お母様が勝手に用意してくれるもんだから、自分でお金をちゃんと使った事がない……。
「ほっほっ、2メートル級で上等な馬車が買えるな、5メートル級なら、これくらいの家なら建てられる」
平気な顔で部屋の天井を指差す師匠に、私は口をあんぐり開いて、顎が外れそうになる。
ば、馬車〜〜〜っ!
家〜〜〜っ!
Cランク討伐って、そんなお金になるのーーッ!
って、コレ一個でっ!
私は袋から大きな、ワイバーンの元核だった魔石を取り出し、まじまじと見つめた。
「ふむ。それだけ状態が良ければ充分その値になるさ。
ちなみに、10メートル級の討伐は過去に存在しないからね、これから値が決まるだろうが。
まぁ、お前さん達の持っている別荘くらいにはなるじゃろうて」
マジかーーーッ!
魔石を持つ手がプルプル震える。
そんなになるのっ!
えっ?
ヤバくないっ⁈
私らまだ子供なのに、一気に金持ちじゃ〜んっ!
前世の感覚で、目を円マークに輝かす私。
家の歴史が古く、ほんのちょい余裕のある家庭だったとはいえ、庶民は庶民っ!
一攫千金は永遠の庶民の夢っ!
しかも、ヤングビックマネーッ!
今は本物のお嬢様とはいえ、自分で稼げるなら、出来ればそうしたいっ!
お金はいくらあっても困りませんよーっ!
俄然、討伐意欲がガンガンと沸き起こる私。
現金と言わないでっ!
腐っても庶民っ!
庶民魂燃え盛らせて、ガメつくいこーーーっ!
ハフハフと涎を垂らさんばかりの私の隣で、ノワールがクラウスに不思議そうに聞いた。
「クラウスは、何かお金が必要な理由が?
貴方に割り当てられた国の予算なら潤沢にあるでしょう?」
おい、ガメつく生きる庶民の隣で、急にロイヤルな会話してんじゃね〜よ。
ノワールに聞かれたクラウスは、少しブスッとして無愛想に答えた。
「今までそれでキティに贈り物をする事に、違和感を感じていたんだ。
何を贈っても、しっくりこなくて……。
自分で稼いだ金なら、納得出来るのかも知れない」
クラウスの言葉に私はほほぅっと、つい関心してしまった。
いいぞ、そうしろそうしろ。
王子への予算って、つまりは国庫から出てるんでしょ。
それって、国民から集めた税金じゃん?血税じゃん?
前世の感覚を持ったキティたんなら、そんなもんで高価な贈り物されても、喜ばないと思うわ。
「なるほど、じゃあクラウスはエリオットみたいに、自分への予算を国に返上すれば良いんじゃないかな?」
アランさんの言葉に、クラウスどころか、皆が目を見開いてエリオットを見た。
「僕が予算を国に返上したのも、クラウスくらいの年頃だったよ。
まぁ、あと何回かCランク以上の討伐をこなして、自分の財布を潤してからにしなさい」
にっこりとクラウスに微笑むエリオットを、私は震える指で指差した。
「あ、あんた……討伐とか出来んのっ!?」
何言ってんのっ!?
アランさんならともかく、エリオットがっ!?
信じられない目でエリオットを見ていると、エリオットは楽しそうにヘラヘラ笑った。
「僕も師匠の弟子なんだよ〜。
今日みたいな討伐試験も受けたし、フリーハンターの称号も持ってるよ。
たくさん稼いだから、今はお休みしてるけどね〜。
学園と国政で忙しくなったのもあるけど」
事もなげに言うエリオットに、私はハッと今日の事を思い出した。
ワイバーンのフレアブレスを消し去った時のエリオットの横顔……。
見た事もないくらいに、カッコ良かっ………っ!
って!違う違うっ!
違くてっ!
いや、だからっ!
アレがコイツの実力なら、確かに魔獣討伐も出来るかもって話っ!
どんな力なのかは謎だけど。
「確かに、エリオット殿下には人並外れた力があるのではと思っていましたが、まさかフリーハンターとして自身で稼いでいたなんて。
何故その力を公になさらないのですか?
そうすれば、王国での討伐にも参加出来るでしょう?」
少し不満げにエリオットを睨むレオネルに、エリオットは相変わらず、ヘラヘラと答える。
「王国の魔獣、魔物の出現率は、帝国のそれとは比べものにならないくらい低いからね。
それでも討伐自体は大変な事だが、猛将ローズ将軍率いる王立騎士団で十分対処可能さ。
僕らは主に、王国と帝国の国境付近に出没している魔獣、魔物を中心に討伐してきたんだよ。
王国への侵入を防ぐ為にね。
それに、当時僕と一緒に討伐に参加していたニースは、騎士団の1番隊隊長、ルパートは特別部隊隊長として活躍している。
彼らもいるし、シシリアが刀を普及してくれたお陰で、一般兵士の討伐率も上がった。
今のところ、僕の出番なんか無いかな〜って思ってね」
理路整然と答えるエリオットに、それでも納得いかないレオネルが再び口を開く。
「だが、貴方がその力を公表していれば、クラウスが余計な確執に巻き込まれる事も無かった!」
珍しく声を荒げるレオネルに、エリオットは柔らかい表情で、眉を下げた。
「そうだね、ごめんね。
僕の魔力量の少なさから、王太子をクラウスに、と主張している彼らの事だね。
だけど、レオネル。彼らは僕の力を公表したところで、手を替え品を替え、また新たな主張を始めるだけだよ。
彼らが欲しいのはね、自分達の傀儡になる王太子、ゆくゆくは国王となる者。
つまり、国を狙っているんだよ。
その駒となる者なら、本当は誰でもいいんだ。
クラウスでも、僕でも、フリードでもね」
エリオットの言葉に、皆驚いてその場に固まる。
あの、トンデモ新興勢力、魔法優勢位派が、まさか国を狙っていたなんて……。
驚く私達の前に、アランさんが一歩前に出て、エリオットの代わりに口を開いた。
「奴らを纏めている人間、いや、その新興勢力を起こしたのが、ジョージア・ロートシルト伯爵。
彼は先にエリオットを狙って、産まれたばかりの自分の娘をエリオットの婚約者にしようと画策した。
しかし、エリオットは直ぐに婚約者を決めてしまい、付け入る隙が無くなった。
そこで次に目を付けたのがクラウスだ。
クラウスの魔力量の多さを理由に、王太子の座をクラウスの物として、自分の娘を婚約者に、ゆくゆくは王妃に据え、自分は裏から王国を操る……というあり得ない妄執に囚われている」
元からあり得ない話だとは思っていたけど、アランさんの話を聞いて、更なるあり得なさに、皆言葉も出ない。
クラウスだけは、薄々勘づいていたのか、感情の無い目で黙りこんでいた。
「ロートシルト伯爵は、金に物を言わせ、まずは下位貴族から取り込んでいった。
ある程度人数が集まったところで、次は上位貴族に甘言を囁き出した。
自分が裏から王国を操る立場になった暁には、国の要職に就かせてやる、とね。
これに騙される人間が、多くは無いが、何人かいるっていう事に驚くよ。
既に、危険思考を持つ新興勢力、テロリストの可能性も視野に入れて国でマークをしていてね、驚く真実も分かった」
一旦言葉を切るアランさんを、皆固唾を飲んで見守る。
「ロートシルト伯爵は、まず間違い無く、北の大国と繋がっている。
そして、彼と北の大国を繋いだのが、ゴルタール公爵。
側妃アマンダの父親だ」
アランさんの続く言葉に、背中に冷たい汗が伝う……。
馬鹿らしい新興勢力など、どうせ何も出来ないだろうと視野にも入れていなかったが、事はそう単純では無いらしい。
ゴクリと唾を飲み込んだ瞬間、ノワールが声を上げた。
「しかし、アラン殿、何故北の大国がゴルタール公爵と?」
ノワールの問いに、アランさんは静かに頷くと、再び口を開いた。
「ゴルタール公爵と北の大国の目的は別にある。
ゴルタール公爵はロートシルト伯爵と同じ、国を手中に収める事。
北の大国は、王国内の混乱、そして魔力量の多いクラウスの子を、自国の姫に生ませる事」
はっ?
頭がついていかない話が続く中、より一層ぶっ飛んだのが出てきた。
えっ?
クラウスの子を……何って?
私と同じくらいアホな子の顔で?マークを飛ばしながら、ジャンが不思議そうに首を捻った。
「なぁ、よく分かんないんだけどさー。
魔力を持っている者同士じゃなきゃ、魔力を持った子供は産まれないんじゃなかったか?
んで、それは帝国の血筋じゃ無きゃ駄目だとかって話じゃなかったか?」
うんうん首を捻り、ジャンなりに色々頑張って思い出しながらそう言うと、急に師匠が大きな声で笑い出した。
「あっはっはっ、そうじゃ、ジャン坊。
よく覚えておったの。その通りっ!
じゃが、北の奴らはオツムが足りんでな〜。
自分達に都合の悪い事は、何度説明しても頭に入らん。
その上、帝国が魔法を独占する為に作った虚偽だとか言い出す始末。
アイツらは本気で信じておるのよ。
選民国である自分達であれば、魔力を持つ者と子さえ成せば、必ず魔法を自国に取り入れられるとな」
言いながら、師匠の額に青筋がいくつも浮かぶ。
その凄まじい怒気をはらんだ覇気に、誰もが声をも失くす中、エリオットだけが平気そうに、師匠の背中をポンポンと優しく叩いた。
「師匠〜、貴女の覇気に当てられては、流石にうちの子達が気の毒ですよ。
はいはい、落ち着いて。リラックスリラックス」
エリオットの間の抜けた声に、師匠は徐々に覇気を鎮めていく。
ややしてアランさんがコホンと咳払いをして、話を続けた。
「先程師匠の言った通り、北の大国は自国の民に魔力を持つ人間をあてがい、子を成す実験を繰り返している。
その中には、意志に反して無理やり子供を成した人間もいるんだ。
つまり、帝国から無理やり拐かしてきた人間に、強制的に北の女性との間に子供を作らせたり……その逆も………」
言いにくそうに言葉を続けたアランさんに、私達は驚愕した。
それってつまり、帝国から誘拐して、無理やり子作りさせるって事……?
その逆って、じゃあ……。
無理やり……孕まされた……女性が………?
そこまで考えて、私は吐き気をもよおし、うっと口を押さえた。
すかさずエリオットが側に飛んできて、生活魔法程度の治癒魔法を施してくれる。
所謂、気つけというやつだが、それで十分に楽になった。
「すまないね、シシリア。
君の前で、こんな話……」
目を伏せ申し訳なさそうにするアランさんに、私はゆっくり頭を振った。
「いいえ、私は大丈夫です。
気にせず話を続けて下さい」
真剣に見つめると、アランさんも同じように返してくれて、こちらに向かって頷いた。
先程から、エリオットが体を両腕の中に囲い支えてくれている。
私に対して異常なほど過保護なエリオットが、アランさんの話を止めたり、いつものようにふざけて誤魔化したりもしない……。
きっとこれは、私達が知っておかなければいけない、そういった類の話なのだ……。
エリオットの胸に後ろ頭をもたせかけ、体を支えて貰いながら、私は改めてアランさんの話を最後までちゃんと聞こうと決意した。
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