EP.19
「でっけぇ〜〜」
間抜けヅラで間抜けな事を言うジャン。
しかし私とて、気持ちは同じだ!
でっけぇ〜〜。
ほへ〜っと呆けている私の襟首をノワールが、ジャンはクラウスが掴んで後ろに下がらせる。
「馬鹿か、お前らは」
蔑み切ったクラウスの言葉に、私とジャンは頬をパンパンに膨らませた。
何でだよっ!
憧れるじゃんっ!恐竜っ!
リアル恐竜が目の前にいて、呆けない男子がいるか?いや、いない!
「さて、どうしますかね」
優雅に笑いながらも口角を震わせるノワール。
コイツの場合は、武者震い説も捨て切れない。
「レオネル、こっちへ。
ミゲル、結界を解いて治癒魔法に専念しろ。
自分の防御壁は忘れるな」
レオネルがこちらに到着し、ミゲルが自身の周りに防御壁を張るのを確認してから、クラウスはノワールをチラッと見て、再び口を開いた。
「どうしたも何も、やるしかないだろう」
「ですよね」
ガチャっと刀を構え直す2人に、やはり先程のノワールの震えは武者震いか、と1人頷いた。
「分かれるぞ、レオネル、俺につけ。
ノワールはジャンとシシリアとあっちを叩け」
クラウスが顎でクイッと指し示した10メートル級を前に、私はゴクリと唾を飲み込んだ。
クラウスとレオネルは既にもう一匹の方に飛んで行っていた。
「足を狙います。シシリア、例のを」
ノワールに言われて、私はニヤリと笑った。
「オッケー」
カゲミツで霞の構えをとると、柄をグッと握り一気に魔力を込める。
『炎刀』
声が重なり、驚いてジャンを見ると、ニヤリと笑い返してくる。
私もニヤッと笑い、呼吸を合わせて2人同時に叫んだ。
『爆炎剣っ!』
轟音を上げながら、爆ぜた地面が真っ二つに割れる。
真っ直ぐにワイバーンの足元まで伸びてゆき、ワイバーンが足元をぐらつかせた。
「ウォーターランスッ!」
すかさずノワールが追撃する。
水の槍がワイバーンの軸足を貫いた。
バランスを崩したワイバーンは、轟音を轟かせその場に倒れ込んだ。
今だっ!
私はワイバーンに向かって走り出す。
「待てっ!シシリアッ!」
ノワールの静止を振り切り、構わず走り続けて、ワイバーンの目の前で宙に飛ぶ。
「どりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
カゲミツを振りかざし、斬りかかろうとしたその時、ワイバーンが大きな羽をバサッと羽ばたかせる動作をした。
その一振りで、体が後方に吹き飛ぶ。
「くそっ!」
体勢を立て直そうとした瞬間、ワイバーンが口をパカっと開けた。
喉の奥に炎の塊が見える。
「うそ………ブレス…」
コオォォォオッというブレスを吐く寸前の音を聞きながら、私はあのクリシロのペットの巨大猿人がこちらに一歩足を前に出した瞬間を思い出した。
……あっ、死んだわ、これ。
防御壁も間に合わず、ワイバーンのブレスがこちらに迫ってくるのをただ呆然と見ていた。
『シシリアッ!』
ノワールとジャンの叫び声が聞こえる。
スローモーションのような時間が流れる中、エリオットが私を抱きしめて、耳元で囁いた。
「おイタはいけないなぁ」
その声にハッと我に返った瞬間、エリオットが迫り来るフレアブレスに掌をかざした。
途端に、フッと炎がかき消える。
何が起こったのか分からず、頭が回らない。
ワイバーンでさえも、戸惑ったようにキョロキョロしている。
その時、エリオットに抱き抱えられる私の隣を、ノワールが駆け抜けた。
「乱水刃っ!」
無数の水の刃がワイバーンを切り刻んだ。
「アイスバレットッ!」
続けざまに、氷の弾丸がワイバーンの目を中心に次々放たれる。
「エスクプロードッ!」
ジャンも加勢し、ワイバーンに炎の攻撃魔法を放つ。
ワイバーンの巨体のあちこちが爆発した。
私はエリオットの腕から飛び降り、慌てて2人に加勢した。
「ウィンドランスッ!バレットッ!」
無数の風の槍を次々に、ワイバーンの脚を狙って弾丸のように撃ち込む。
ワイバーンは巨体をバシーンッバシーンッ!と地面に打ち付け、のたうち回った。
「ライトチェインッ!」
いつの間にか加わっていたミゲルが光の鎖でワイバーンを拘束した。
口ばしを念入りに鎖でぐるぐる巻きにしてくれているので、これでブレスを吐かれる心配は無くなる。
「シシリアッ!いけっ!」
ジャンの叫びに私は再び走り出す。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
地を蹴り宙を舞いながら、カゲミツに魔力を込める。
風をまとったカゲミツを上段の構えから真っ直ぐにワイバーンの首に振り下ろした。
「風裂首っ!」
ワイバーンの太い首をズバッと一刀両断に斬り捨てた。
ブシャァっと噴き出したワイバーンの血飛沫を浴びながら、ハァハァと肩で息を吐き、皆に向かってカゲミツを握った手を振り上げた。
「うおぉぉぉっ!やったーっ!10メートル級をやったぜっ!俺達っ!」
ジャンが拳を握って両手を天に振りかざす。
「初討伐にしては、なかなかの出来ですかね?」
汗を拭いながら、それでも優雅にノワールが微笑む。
「皆さんご無事で良かった。
これも天の思し召しです」
ミゲルが両手を胸の前で組んで涙ぐんでいた。
クルッと皆を振り返り、私も喜びを分かち合おうと近づいて行くと、スタスタとエリオットがこちらに向かって来た。
「クリーン」
師匠発の便利生活魔法で、頭の上から浴びていたワイバーンの血がみるみる綺麗になってゆく。
「何よ?これくらい自分で出来るわよ」
首を傾げる私を、エリオットがギラリと睨み付けた。
「シシリアッ!」
初めて聞いたエリオットの怒鳴り声に、私は反射的に縮み上がった。
周りも一瞬で静まり返る。
皆、こんなエリオットを見た事が無いからだ。
「圧倒的な力の差を前に、感情だけで突っ込んでいくのは愚者の選択だと、以前にも言った筈だが?
君の愚かな選択一つで、仲間まで窮地に立たされるんだ。
魔獣や魔物にルールなど無い。
今だ解明されていない事の方が多いんだ。
今時点で持てるだけの情報で判断するのは危険な事だと、師匠からも教えられてなかったかっ!」
激昂するエリオットを前に、私は悔しさに唇を噛んだ。
そうだ、魔獣や魔物は今だ未知の存在。
先人達の努力のお陰で、多くの情報を得たが、決してそれが全てでは無い。
師匠にだって、魔獣討伐に不測の事態は付き物、決して油断せず、柔軟に挑め、と言われていたじゃ無いか……。
それなのに私は、初めての討伐に浮かれ切って、カゲミツのお陰で面白いくらい倒せたもんだから、油断して調子に乗っていた。
ワイバーンがブレスを吐かないって情報だって、絶対じゃないと頭の隅にも思い付かなかった。
あの大きな羽だって、警戒して当然の事だったのに……。
エリオットの言う通り、私の行動は全て愚者の選択だった。
私は自分の愚かさと浅慮を恥じ、抑え切れなかった涙がポロポロと流れた。
その涙を見て、エリオットがギョッとした様子でワタワタと焦り始める。
「なっ、シシリアちゃん、泣いて……っ!
ごめんっ!お兄ちゃんが悪かったっ!
全部僕が悪いっ!怒鳴ったりしてごめんね。
シシリアちゃ〜ん、もう怖く無いよ、ほらほら」
私の顔を覗き込んで、ニコニコ笑うエリオットを目だけで見上げて、弱々しく口を開いた。
「ごめん……なさい。全部あんたの言う通り、私が愚かだった。
皆を危険に晒すとこだった。
……助けてくれて、ありがとう……」
言いながらボロボロ涙を流す私を、エリオットがギュッとその胸に抱きしめた。
「良い子だ、シシリア。
自分の間違いを認められる君は、必ず今より強くなるよ。
怒鳴ったりして、ごめんね。
君が大事だから、つい」
私は優しいエリオットの胸で馬鹿みたいに泣きじゃくる。
緊張の糸が切れたみたいに、気持ちが軽くなってゆく……。
そうか、私。
なんだかんだ言って、前世を思い出してからずっと、どこか無理して生きてきたのかも知れない。
自分でも気付かなかった感情を、全て包み込むようにエリオットが優しく抱きしめてくれるから、自分でも訳が分からないくらいに、泣きじゃくった。
気が済むまで泣いて、スンスン鼻を鳴らしながらエリオットの胸から顔を上げる。
エリオットは暖かく優しい目で、そんな私を見つめていた。
急に気恥ずかしくなって、エリオットの胸をグッと押して、そっぽを向いた。
「ありがと、もう気が済んだから。
離してくれない?」
恥ずかしくてエリオットの顔が見れない。
そんな私の腰をグッと掴んで、エリオットが真剣な顔で顎を掴み上向かせた。
「それと……これも大事な事だから、よく聞いて」
その真剣な目に、私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ワイバーンの血で、頭から血濡れになってたシシリアちゃん……ハァハァ、凄い艶やかで、色っぽかった………。
僕以外には、見せて欲しくなかったなぁ……」
し、真剣な顔で、何を言うかと思えば……っ!
鼻息止めろっ!
あと、幼気な少女にっ!
艶やかとかっ!色っぽいとかっ!
使うなっ!このセクハラ野郎ーーーーーーーっ!!
「イヤァァァッ!風塊砲っ!」
ドッフゥーーッ!と私の悲鳴と共に、風の塊を近距離で腹に受けてエリオットが吹き飛ぶ。
ヒューーーーと飛んでいったエリオットは、アランさんの近くに、ドグシャッ!と落下した。
「おーい、エリオット、生きてるかー?」
あり得ない方向に体を曲げて、ピクピクしているエリオットに、アランさんが軽く声を掛ける。
「くっ……俺はもう、駄目だっ……。
シシリアの涙………何て、破壊力っ!
可愛すぎて、もぅ、無理っ!
色々すっ飛ばして、何もかも剥いちゃいたいっ!」
ピクピクっとアランさんの眉が引き攣る。
エリオットはアランさんにブルブルと震えた手を差し出した。
「アラン、今すぐっ!服とか溶かしちゃうラッキースケベ系モンスター討伐依頼をっ!
俺とシシリア2人だけで行くからっ!」
「ギャアァァァァッ!アイスハンマーッ!」
私は身震いしながら、エリオットに巨大な氷のハンマーを打ち下ろした。
ドッゴオォォッ!と打ち下ろしたハンマーが轟音を轟かせる。
はぁはぁと肩で息をする私に、ジャンが呆気に取られて口を開いた。
「お前……さっきのワイバーンにアレを使えよっ!」
巨大な氷のハンマーを指差すジャンを、涙目で振り返り、私は怒鳴り返した。
「今っ!初めてっ!使えたのよっ!
アイツがあまりにおぞまし過ぎてねっ!」
首まで鳥肌を立てている私に、ジャンが怯みながら、カクカクと頷いた。
「お、おお……。大変だな、お前も……」
大変なんて言葉で片付けないで欲しいっ!
アイツっ!12歳の少女に向かって!
そ、そういう目で見てるって公言したのよっ!?
む、剥くとかっ!?
服溶かすとかっ!?
ギャァァァッ!嫌だぁっ!
前世でもそんな目で男から見られた経験ないのにっ!
えっ、アイツって17歳でしょ?
じゃあ、前世なら、小6と高2っ!?
じ、事件じゃんっ!犯罪じゃんっ!案件じゃ〜んっ!
両手で自分の体を抱きしめ、ガタガタガタッと震える私。
を、既に復活して起き上がり、ニヤニヤ見ているエリオット………。
……か、からかったわね〜〜〜っ!
アイツっ!私をからかっただけだったんだっ!
その顔を見て、一気に恐怖が怒りに変わり、ゴゴゴゴゴッと怒気のオーラを纏う私。
「炎刀死火……」
カゲミツをカチャリと天に構える。
ボッと炎が刃を疾った。
「流星火ぁぁぁぁぁっ!!」
刃の切っ先をエリオットに向かって思い切り振り下ろすと、轟々と燃え盛る炎の塊がエリオットに向かって一直線に落下していく。
「ちょっ、まっ!シシリアッ!これはヤバいって!シシリア〜〜〜っ!」
ゴオンッ!燃え盛る隕石がエリオットに直撃したのを感情の無い目で見つめ、カゲミツを一振りし、納刀した。
「成敗完遂」
ボソリと呟く私の肩を、いつの間にか戻ってきていたレオネルがグググっと掴む。
「我が国の王太子を亡き者にするんじゃない」
眉間にいつもの5割り増しの皺が出来ている。
「王太子ならいるじゃない、ほら、あそこ。
おめでとう、クラウス。
あんたが今日から王太子よ」
やはりいつの間にやら戻ってきていたクラウスに、淡々と告げると、クラウスはくだらないっといった感じで鼻で笑う。
「あの程度で兄上を亡き者に出来るなら、有象無象の暗殺者達も苦労しない」
げっ、アイツ、命とか狙われてんのっ!
めちゃ面倒くさい、王太子。
「いや〜、服がちょっと焦げちゃったよ、シシリアちゃ〜ん」
のしっと後ろから私にのし掛かるエリオット。
顎を私の頭の上に置いて、両腕の中に閉じ込める。
「アンタ……化け物なの?」
その体を肘でグググっと押し返しながら睨むと、ヘラヘラ笑いながら、ダラーンと余計に体重をかけてくる。
「いやだなぁ、こんなか弱い僕を化け物だなんて〜」
言いながら、私の髪をスンスンと嗅いでいる……。
……滅したい……塵も残さず、滅したい……。
拳を握りブルブル震わせていると、アランさんが憐憫の目で見つめてきた。
「……シシリアちゃん、コイツを狙ってきた暗殺者全てが、その気持ちに囚われ堕ちていった……君は、耐えろ、耐えるんだ……」
真剣なアランさんの表情に、私は血涙を流しながら静かに頷いた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます