EP.18
「……まずは、状況確認だ……」
既に疲れた顔で、レオネルが口を開く。
「そうね、いるわね、ワイバーンが………うじゃうじゃと」
キリッと皆を振り返る私に、ジャンがワナワナと震えて叫んだ。
「だからっ!なんでうじゃうじゃいるんだよーーーーーーーーッ!!」
ヴィクトールさんからそれぞれの刀を受け取った私達は、一旦師匠の家に移動し、いつもの練習場に集まった。
「今回は、南の森に巣食うワイバーンを討伐して欲しい、という依頼じゃ。
当然の事ながら、帝国の騎士は随行せん。
全てお前さん達だけで倒して来なさい」
いつもとは違う、厳しい師匠の声色に、皆がピリッとして静かに頷いた。
「僕とエリオットが万一の時のために随行するけど、手助けはしないから、そのつもりで」
アランさんの言葉に、私はジトッとエリオットを横目で見た。
何故かって?そこが既にエリオットの定位置だからだよーーッ!
気付けば隣にいるのが、エリオットですよ。
「アランさんは分かるけど、どうしてエリオットが?
何かあっても庇う余裕なんて無いわよ?」
魔力量が少なく、碌に属性の風魔法も使えないのに、ノコノコついて来て、危険な目にあったらどうするつもりだろう?
「シシリアたんっ!僕を心配してくれるのっ!
エリオットッ、感激っ!」
無言で拳を横に繰り出す。
丁度抱きついてこようとしていたエリオットのみぞおちに綺麗に刺さり、エリオットはぐはっと呻き声を上げてその場に蹲った。
「こんなでも、一国の王太子よ。
何かあったら大変じゃない。
まぁ、ストックなら2人程居るけど」
そう言ってクラウスをチラッと見れば、クラウスは真剣な顔でアランさんを見つめた。
「必ず、兄上を守ってくれ」
兄の心配より、己の保身……。
何て素直な奴なんだ。
「そんなぁ〜、シシリアちゃ〜ん、クラウス〜、酷いよぉ」
先程の私が与えたダメージが思いの外効いていたみたいで、エリオットはブルブル震えながらこちらに手を伸ばしてくる。
その手がどう見ても私のお尻を狙っていたので、バチンと叩き落としておいた。
「……まぁ、要らん心配だろーけどな……」
ボソッと呟いたクラウスの言葉は、お尻を狙ってくるエリオットとの攻防戦のお陰で、私の耳には届かなかった。
「準備が出来ました。
さっ、皆さん、魔法陣の中へ」
誰よりも早く師匠の移動魔法発動をマスターしたミゲルの呼びかけに、私達は魔法陣の中に移動した。
「今まで頑張ってきた自分の力を信じて、思い切り暴れて来なさい。
子供は体力が有り余っておるからの。
良い運動になるじゃろう」
師匠の言葉に、皆それぞれ手を振って返し、ミゲルが移動魔法を発動した。
「師匠っ!行ってきまーすっ!」
私は大きな声でそう言って、手をブンブン振った。
「ああ、行っておいで。
そして必ずここに帰っておいで」
優しい師匠の声を最後に聞いて、私達の姿はその場から消えた。
「それじゃあ、あの子達の驚く顔でも覗きながら、お茶にしようかね」
赤髪の魔女はそう呟きながら、その場所に自分の家への扉を出現させた。
ワイバーンの好む水辺の湿地帯。
そこに到着した私達は、ザッと見ても10匹はいそうなワイバーンの群れに、あんぐり口を開けたまま固まった。
で、冒頭に戻る。
「確かに、一匹だとは言ってませんでしたよね?」
フワッと笑ってノワールがちょっと困り顔で口を開いた。
「あの師匠が、そんな簡単な依頼を持ってくる筈が無かったな」
レオネルがこめかみを押さえて、苦々し気に言った。
「何でもいい。やるぞ」
刀をシャッと抜刀しかけるクラウスを、ジャンが必死になって止める。
「待て待て待て。まずは手筈通り、ここからアイツらを移動させてからだ」
一匹ならまだ良いが、流石にこの場所であの数を相手するのは分が悪い。
私達は慌てて作戦を練り、まずはこちらが戦いやすいフィールドにワイバーンの群れを追い込む事にした。
「どうだ、ミゲル?」
浮遊魔法で先にその場を離れ、戦いやすい場所を探しに行ったミゲルに、ジャンが伝達魔法で話しかける。
『ええ、丁度いい場所を見つけました。
今そこに結界を張っているところです。
直ぐに出来ますので、いつでも追い込んできてくれて良いですよ』
ミゲルが返事と共に、場所の位置を送ってくる。
「おっしゃ、じゃっ皆、やるわよっ!」
スラリと刀を抜いて、私は皆を振り返る。
皆それぞれ静かに頷いた。
「炎刀っ!爆炎剣っ!」
炎を纏った刀をシャッと地面に振り払う。
炎が爆ぜながらワイバーンに向かって真っ直ぐ地面を地割れさせていく。
ドゴゴォッ!という音と振動にいち早く気付いたワイバーンが、炎から逃げようと、狙っていた方向に向かって走り出した。
よしっ、良いっ!
カゲミツのお陰で攻撃力が格段に上がっている。
湿地帯という不利な場所にもかかわらず、思っていた以上の威力を発揮できた。
『カウントリースアローッ!』
クラウスとレオネルが同時に叫び、無数の風の矢が逃げ惑うワイバーンの群れを追撃する。
流石に刺さってもワイバーンの硬い鱗を貫く事は出来ていない。
が、問題無い。
目的は群れを自分達のフィールドに誘い込む事だからだ。
「シシリアッ!サーチで詳細報告っ!」
「オッケー」
叫ぶクラウスに、群れを追いながら返事を返す。
ちなみにサーチとかの前世っぽい魔法は全て師匠が開発したもの。
師匠っ!便利過ぎますっ!
「2、3メートル級が6匹、5メートル級が5匹、全部で11匹の群れよ。
もっと広いサーチはミゲルじゃないと無理。
合流したら、念の為ミゲルに再サーチしてもらうわっ!」
私の叫びに皆が一斉に頷いた。
「このまま一匹も逃さず追い込むぞっ!
ノワールっ、シシリアっ、左右を頼むっ!」
クラウスの指示に、私とノワールは左右に分かれ、群れが広がらないようにそれぞれ細かい魔法を駆使して、ワイバーンを囲い込む。
やがて開けた場所に出た。
森と森の継ぎ目のような、何も無い平原。
ワイバーンは反対側の森に逃げ込もうと一直線に平原を走り抜けるが、森の手前で何かにぶつかり、不思議そうに辺りをキョロキョロとしている。
何度も何度も森に駆け込もうと、その見えない壁に体当たりしているが、当然通り抜ける事は出来ない。
悪いな、ワイバーンよ、それはミゲルの結界魔法だよ。
ワイバーンを逃がさないように、私達のフィールド内全域に張られている。
流石、ミゲルっ!
よっ、未来の大聖者っ!
「良くやった、ミゲル!そのまま結界を維持してくれ!
レオネルはミゲルを守れっ!
ノワール、ジャン、シシリア、やるぞっ!」
クラウスの指示を受け、レオネルがミゲルの所に飛んでいくのを見送りながら、私達はワイバーンと対峙した。
さっきは薄暗い森の中だったから、なんかデッカいイグアナか何かに見えたが、こうして明るい場所でみると、なるほど、うんっ、デッカいイグアナだっ!
前足にコウモリのような羽が付いている。
指の間の皮膜が大きくなって、羽を広げるように滑走していたから、上に飛翔して逃げられる事は無さそうだ。
資料にも高く飛ぶ個体は発見されていないと書いてあったし。
体長は2メートルから10メートル。
とはいえ、10メートル級はほぼ発見されていないから、ここにいるあの5メートル級5匹がかなりの大物になる。
アイツらが今回の討伐対象だろう。
ドラゴンのようにブレスは吐かないらしいので、体当たりか鋭い牙や爪で攻撃してくるだろう。
つまり、近接戦タイプ。
だとしたら、こちらは遠距離攻撃でどうだっ!
「フレイムランスッ!」
炎の槍が、2メートル級の一匹の額に命中。
「グギャギャッーーーーー!」
雄叫びを上げて、そのワイバーンは絶命した。
ちょっ!やった!
早速魔獣討伐しちゃったじゃんっ!
これ、前世から夢見てたやつっ!
キターーーーーーッ!
キタコレッ!俺TUEEEEッ!
「よしっ、まずは2メートル級を薙ぎ払うぞっ!」
勢いづいた私が声を上げるのと同時に、さっきの一撃で脅威に気付いたワイバーンが、怒りの雄叫びを上げてこちらに向かって来た。
羽を使って滑走出来るから、ちょー早いっ!
「ファイヤーボールッ!」
ジャンが放った一撃が、私に迫っていた2メートル級に直撃してそのまま吹っ飛ばした。
「斬れっ!」
クラウスの声に、皆反射的に抜刀して刀を構えた。
「唸れっ!カゲミツッ!」
向かってくるワイバーンの目の前で飛び上がり、脳天から真っ直ぐ刃を振り下ろす。
ワイバーンの硬い皮膚をスーッと刃が斬り裂き、真っ二つになった。
「マジかっ!」
私は目を見開き、カゲミツをしげしげと見つめる。
これ凄いっ!
本当に凄いっ!
ヴィクトールさんっ、貴方が神かっ!
感動に打ち震えている私に向かって、別のワイバーンが襲いかかって来た、が、絶命の声を上げながら、目の前で背中から真っ二つに裂けた。
「ナニぼうっとしてるんだよっ!」
ジャンがカグツチで一刀両断にしたようだ。
私に向かって怒鳴っているが、自分だってカグツチの切れ味に武者震いしている。
「なるほど、神からのお導きとはこの事だったのですね」
相変わらず優雅に微笑みながら、ノワールが事もな気に5メートル級をムラサメで斬り倒し、返す刀で2メートル級も斬り捨てた。
クラウスもカムイで5メートル級を2体、続けざまに首を斬り落とした。
残った2メートル級がレオネルとミゲルの方に向かっていくが、こちらもあっさりレオネルのフウハクに斬り捨てられる。
これで残るは5メートル級、2体のみ。
雄叫びを上げながら、それぞれ私とクラウスに向かってくる。
「爆ぜろっ!カゲミツッ!」
柄をグッと握って魔力を込めると炎が刃を疾る。
向かってくるワイバーンに、こちらからも向かって行き高く飛んだ。
「爆突剣っ!」
そのまま脳天目がけて刃を突き刺す。
刺さった刃に更に魔力を込めて引き抜き、素早く離れる。
ワイバーンは炎に焼かれながらその場で一瞬にして爆ぜた。
「シシリアは本当に派手ですね」
呆れ返った声でそう言いながら、ノワールが土の防御壁で爆破から逃れている。
ちゃっかりジャンも。
クラウスは最後の一匹を易々と切り捨て、やはり呆れた顔でこちらを見ていた。
な、なんだよっ!
良いじゃんッ!
この為に強くなったんだからさっ!
派手に拗らせてくれよっ!
俺TUEEEEッ!にはカッケェ必殺技が必須なんだよっ!
ってか何で少年心を、お前ら現役少年が理解出来ないんだよーーッ!
皆に冷たい目で見られ、口を尖らせブスっくれていると、ミゲルが大声で叫んだ。
「皆さんっ!まだ2体、凄い速さでこちらに向かって来ます!
ワイバーン、10メートル級ですっ!」
ビリィッ!と皆の間に緊張が走るのと、その10メートル級ワイバーンが森から姿を表すのが同時だった。
木を薙ぎ倒し現れた10メートル級ワイバーン。
イグアナとかじゃない、これはもはや恐竜……。
マジかよ…………最高にっ!滾るっ!
カゲミツをカチャリと構え直し、私はニヤリと口角を上げた。
「あらあらあらあら〜」
のほほんとエリオットが声を上げる。
「これは流石にヤバいっ!
せめて僕だけでも加勢するぞっ、エリオット!」
隣で焦ってそう言うアランに、まぁまぁとその肩を叩きながら、エリオットは相変わらず呑気にヘラヘラ笑っていた。
「見てよ、あのシシリアちゃんの楽しそうな顔。
まぁ、とりあえず?様子を見ようよ」
そう言われても、アランは自身の刀の柄から手を外さない。
「何を呑気なっ」
「いよいよの時には、僕が出るからさ〜」
ヘラヘラ笑いながらもその瞳の奥をキラリと光らせるエリオットに、アランは息を吐いて、刀の柄から手を離した。
「なら、心配いらないな」
そう言うアランに、エリオットはニコニコと頷いた。
シシリアちゃん、いくら楽しくても、おイタはいけないよぉ〜。
エリオットは腹の内で、1人クツクツと笑った。
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