EP.17

さて、あの不快な茶会が消滅した事で憂いが晴れた私は、日々の鍛錬に没頭し、もちろん勉学にも励み、グローバ夫人の厳しい淑女教育から逃げ惑い、気が付くとあっという間に2年の月日が流れていた。


12歳になった私は健康優良児の如くすくすく成長し、二つ上のクラウス達とあまり変わらない見た目に育っていた。


同い年の子達より、頭一個分は余裕でデカい。

まぁ流石に、クラウス達よりは低いが。



「ファイヤーボーミングッ!」


ドゴォォォォッ!


轟音を上げて、近くの山の山頂が微かに崩れ落ちた。

ちなみにサーチをかけて人も生き物もいないところを狙っている。


ふっふっふっ。

魔法もこんな感じで確実に成長している。

そりゃ、師匠に比べたら威力は全然大した事ないが、まず打てるようになったし。

飛距離だって伸びてる。


次に腰に差した刀をスラリと抜いて、塚を手でクロスして持ち、刃を目の横で構える。

霞の構え。

グッと魔力を込めると刃に炎が疾った。


「炎刀、爆炎剣っ」


シャッと地面に向かって刃を振ると、炎が地面を走り、プスプスと途中で燻って消えた。


「ノオォォォォォッ!」


奇声を上げてその場に膝をつく私に、皆がまたか、といった目を向ける。


「なぁんでっ!イメージはあるのにっ!

上手くいかないんだぁっ!」


「その奇抜な呪文のせいじゃねーの?」


呆れたようなジャンの声に、私はキッとジャンを睨んだ。


何でだよっ!最高にカッコいいじゃんっ!

俺TUEEEEッ!には必要なんだよ〜っ!


さめざめと泣く私の所に、クラウスがスタスタと歩いて来て、くだらなそうに口を開いた。


「退け」


チッ、いちいち偉そうな奴だ。


私は立ち上がり、クラウスにその場を譲る。


「炎刀……」


クラウスが呟くと、持っている刀に炎が疾る。

私と同じ、霞の構えから、クラウスが刃を地面にシャッと振る。


「爆炎剣」


炎が爆ぜながら地面を伝い、ドゴゴォッ!と地割れを起こした。


「……嘘」


呆気に取られて眺めている私に、クラウスは振り返ると、クイっと顎で、燃えながら地割れしている地面の方を差す。


「やれ」


えっ?

呆然としたままクラウスを見ていると、イライラしたように口を開く。


「見ただろ、やれ。

お前なら、実物を見れば出来る」


そう言われて、私はハッとした。

こいつ、イメージじゃ賄えない部分を実演して見せてくれたのかっ!


おっしゃぁぁぁぁっ!


「炎刀」


私は再び霞の構えをとり、一呼吸置いて、刀の切っ先を地面に向かってシャッと振る。


「爆炎剣っ!」


ドゴゴォッ!

炎が地割を起こしながら、地面を真っ直ぐ爆ぜ進む。


「やったぁぁぁぁぁっ!」


正にっ!俺TUEEEEッ!

かっけぇっ!ベラボーにかっけぇぜっ!


「ありがとっ!クラウスッ!」


サッサと自分の持ち場に戻っていったクラウスに大声で礼を言う。


「ふん」


照れたようにそっぽを向くクラウスに、あいつも随分人間らしくなったな〜っとしみじみ思った。

ひとえにキティたんのお陰なんだろーけど。

以前より格段に接しやすくなったクラウスに、キティたんの偉大さを感じられずにいられない。



「おやおや、派手だねぇ」


私達の練習のせいで、あちらこちら盛大にボロボロになった練習場をぐるりと見渡して、師匠が呆れた声を上げた。


「ブレッシング」


師匠が地面に触れ呟くと、ボロボロだった練習場が、みるみる元に戻ってゆく。


「師匠、祝福まで使えるのですかっ⁈」


ミゲルが震えながら、感嘆の声を上げた。


「これくらいならの。

王国の創始者の1人である、大聖女様のように、一国丸々は無理じゃて」


「それでも、十分凄い事です」


事もなげにそう言う師匠に、ミゲルが両手を胸の前で組んで、涙を滲ませる。


「やれやれ、ミゲル坊や。

お前さんだって直ぐにこれくらい出来るようになるさ」


そのミゲルの涙を指で拭いながら言った師匠の言葉に、ミゲルが目を見開いた。


「ほ、本当ですか⁈」


珍しく大きな声を上げるミゲルに、師匠は優しく微笑んだ。


「お前さんの光の魔法は聖女の力に限りなく近い。

一般的に、奇跡や祝福と呼ばれる力じゃな。

このまま修行を続ければ、後に大聖者と呼ばれる存在にでもなれるさ。

頑張りなさい」


師匠の優しく暖かい言葉に、ミゲルの瞳からポロポロと大粒の涙が溢れた。



えっ……?

アイツ、そんなに凄いの……。


私は改めて周りを見渡した。

クラウスは規格外としても、ノワールも強いし、レオネルもジャンも、帝国レベルでもかなり良いところにいってる。

更に、大聖者になれる素質を持ったミゲル。

もちのろんで、私だってかなり強くなった。


えっ……?

これ、かなり最強のパーティになりつつある?

イケる?イケるんじゃ無いっ?

かなり、良いとこまでイケるんじゃ無いっ!


ドキドキワクワクと目を輝かす私を、師匠がニヤニヤしながら見つめ、楽しそうに口を開いた。


「さて、お前さん達もそろそろ自分の力を試してみたい頃じゃろう。

そこで、じゃ。

私がうってつけの討伐依頼を持って来てやったぞい。

なんと、ワイバーン討伐じゃっ!

討伐ランクCの簡単なお仕事じゃっ!」


意気揚々とした師匠の言葉に、その場にいた全員が固まる。


はっ?えっ?

ランク……C?

ワイバーン……?


はぁっ?えぇぇぇぇぇぇえっ!


全員の絶句した顔に、師匠は満足気に頷いた……。








いよいよ、ランクCワイバーン討伐当日。

この日のために急ごしらえで作ってもらった私の騎士服(戦闘服)に身を包み、師匠に言われて私達はドワーフの村に来ていた。


「よぉ、嬢ちゃん、待たせたなっ!」


ドカドカとこちらに大股でやってくるヴィクトールさんに、私はブンブンと手を振った。


ヴィクトールさん率いるドワーフの鍛治職人達のお陰で、王国騎士団に強化魔法が付与された刀が支給されるようになった。

最初は刀の華奢な見た目に皆戸惑っていたが、刀の切れ味を一目見ただけで、皆目の色を変えた。

強化魔法のお陰で、魔獣や魔物も一刀両断出来る刀は、討伐率を格段に上げたのだ。


もちろん、日本刀にはそれを扱う為の剣術がある。

それを私が伝授し、この2年で皆が習得した。

日頃から鍛錬してきた騎士達だからこそ、この短期間で身に付ける事が出来たんだけど、それでも皆の熱意は並々ならないものだった。


それもその筈、魔法を持たない一般の騎士は、どうしても、剣や槍や矢で魔獣を弱らす役になる。

いくら剣で魔獣を叩いても、魔法が無ければ決定打にはならない。

こちらだって消耗戦になる。


それが刀であれば、腕前次第で魔獣を一撃に斬れるのだ。

刀は騎士団の今までの戦い方を一変させた。


更に、近衛騎士団まで刀を寵愛する騎士が増えてきたのだ。

強化魔法は限定付与なので、近衛騎士団のフィールドでは普通の刀に戻るのだが。

彼ら曰く、この普通が既に普通ではないのだとか。

切れない物はないとまで言われる刀の切れ味に惚れ込んだ近衛騎士が、腰に帯刀する姿を王宮や王都のあちこちで見かけるようになってきた。


お陰で王都では研ぎ師に新しい仕事が舞い込んでくるようになり、研ぎ師の数も増えてるのだとか。

まぁ、刀は手入れしてなんぼのデリケートな武器だからなぁ。


今まで使い捨てのように剣を使っていた騎士達が、一本の刀を大事に大事に扱うさまは、なかなかどうして、悪いものじゃない。


いやまぁ、ぶっちゃけ、高いし、刀。

新しい技術な上に、作業工程がアホみたいにあるわ、そのほとんどが超デリケートな作業だわで、ドワーフの村総出で作ってくれているとはいえ、1日に何十本も作れる剣のようにはいかない。

圧倒的に数が違う。

そりゃ、必然的にお値段もびっくり価格になる訳で。


国から支給される騎士団とは違い、近衛騎士で自ら購入した人は、まずは刀の手入れから覚えたがるそうだ。


もちろん、騎士団でも手入れはガッツリ教え込んでいる。

刀は家宝になるくらい貴重で、しっかり手入れをして代々受け継ぐようにと言ってある。

まぁ、皆、そんな事言われなくても当たり前だって顔してたけど。


更に帝国からも刀の注文が増え、ドワーフの村は今、大忙しらしい。


そんな中、ヴィクトールさんが、このタイミングで私達をここに呼んだ、その理由は……もちろん一つ!


私達は、ヴィクトールさんの工房で、それぞれの前に並べられた刀を前に、ゴクっと息を飲んだ。


「いや、俺も自分で驚いているんだが、神との対話のもと打ち始めたら、なんと6本も出来上がっちまった。

正に神のお導きだ。

どれが誰の物かも今顔を見てハッキリした。

さぁ、皆それぞれ自分の刀を抜いてみてくれ」


そう言われて、まずはミゲルが自分の前に置かれた脇差程の長さの刀を、鞘から引き抜く。


「確かに、この刀から神力を感じます。

これは光の魔法の力に似ている。

持っているだけで、力が増幅するようですね」


光を反射してキラリと光る刃は、当たり具合によって、不思議と透明に見える。


「そして……この刀は名前を欲しているようですが……う〜ん、私では形容しづらい……。

どうも、シシリアに聞けと言っているようなのですが……」


困ったように私を見るミゲルに、なるほどと私は頷いた。


「そこから感じる神力って、あんたの神の力?」


「はい、我が主、博愛の神クリケィティア様のお力を感じます」


ミゲルの答えで合点がいった。

つまりこれはクリシロからの詫びの品って事らしい。

私の趣味嗜好を的確についてくる辺り、一応申し訳無いとは思っているのだろう。

それはそうだ。

奴の手違いで死ぬわ、手違いで乙女ゲーに生まれ変わるわで、手違い過ぎだろう。

これくらいの謝罪は当然だ。


そうと分かれば遠慮は要らん。

爆ぜろっ!私の厨二心っ!

出でよっ!痛ネームッ!


「ミゲル、あんたの刀の名前はムラクモよ」


正式名称は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)なんだけど、略して呼びやすく。

どうだっ⁈


「ムラクモ……ありがとうございます、シシリア。

この刀も喜んでいるようです」


ミゲルが嬉しそうに笑って言った。

よし、良かった。

痛ネームで大丈夫そうだ。


「次は俺っ!俺俺っ!」


オレオレ煩いジャンが、自分の刀をスラリと鞘から抜く。

大太刀だが、無理なく抜刀出来て良かった。

刃が光の下で薄っすら赤く光っている。

これは……。


「ジャン、あんたの刀はカグツチよ」


「カグツチ……」


ジャンが呟くと、刀がより一層ギラリと光ったように見えた。


「うん、こいつもそれで良いって言ってる気がするぜっ!

ありがとよ、シシリアッ!」


ニカっと無邪気に笑うジャンに、ちょっと罪悪感が湧いてきた。

3、4番手とか言ってゴメンなぁ……。


「シシリア、これは?」


レオネルが刀を抜いて、私に見せる。

抜いた一瞬、微かに風が巻き起こったような気がした。


「これは……フウハク」


呟くような私の言葉に、レオネルが一度頷いた。


「なるほど、しっくりくるな」


う〜ん、さっきから刀を見ただけで次々名前が浮かぶ。

私、厨二の神じゃなかろ〜か。

我、厨二神ナリ。


「僕のはどうですか?」


ノワールが刀を鞘から抜くと、刀身に霧が浮かんだ。


「あんたそれっ!村雨っ!」


思わず叫ぶと、ノワールは刀をまじまじ見つめて、花のように微笑んだ。


「なるほど、ありがとう。

ムラサメ……この子にピッタリだ」


すげーーっ!

前世では架空の刀だったんだけど、この世界なんでもありかよ……。


ちょっと羨ましくなって、ノワールの刀を見ていると、クラウスが自分の刀をスラっと抜刀する。


その姿に皆が一瞬で固まった……。


黒い刀身……。


息を飲むほどに美しいその姿に、私は無意識にボソリと呟いた……。


「カムイ……」


クラウスはふむと頷いて口を開いた。


「なるほど、カムイ……。

レオネルの言うように、不思議としっくりくるな。

シシリア、お前は皆の刀を以前見た事があるのか?」


クラウスに聞かれて、私はハッとして声を上げた。


「あ、ある訳ないでしょっ!初めましてだわっ!」


慌てふためく私を訝し気にジーッと見てくるクラウスに、斜め上を見ながら口笛を吹きつつ誤魔化しにかかる。


「まぁ、いいだろう……」


溜息を吐きながらクラウスが諦めてくれたので、ホッと息を吐いた。


っぶねーーっ!

あぶねーーっ!


コイツ妙に感が良いからな〜。

今度からもっと気をつけないと……。


嫌な汗をかいたが、何とかなったようだ。

たぶん……。

いや、ギリ、たぶん……。



さてと……。

私はいよいよ自分の刀を手に取る。

手に持っただけで、馴染むのを感じた。

スラリとゆっくり鞘から抜いて、その美しい刀身を一目見て、私は呟いた。


「なるほど、カゲミツか……」


じっちゃんの愛用していた刀だ。

懐かしさに目尻に涙が滲む。



「ふむ、何とも不思議な経験だったな。

無事に持ち主に返せたような気分だ……」


ヴィクトールさんの言葉に私はハッと我に返り、満面の笑顔でヴィクトールさんを見た。


「ヴィクトールさん、ありがとうっ!

どれも劣らぬ名刀ばかり。

貴方は、この世界一の名匠ですっ!」


私の言葉にヴィクトールさんは照れたように頭を掻いた。


「いや、今回は神の力に動かされただけの事。

俺の力とは言えねーよ。

だか、そいつらはあんた達を必ず守ってくれる。

打っていた時からそう感じていた。

大事にしてやってくれよ」


ヴィクトールさんの言葉に、私達は力強く頷いた。



クリシロっ!

あんたからの詫びの品、しかと受け取ったわよっ!

これで帳消しにはならないけど、とりあえず殴る回数6発は減らしといてあげるからねっ!

あんがとよ〜っ!




『え〜〜っ!あと何発残っているのですか〜〜⁈』


クリシロの嘆く声が聞こえてきた気がしたが、んな訳ないないっ!

ないけど、あと100発は残ってるからね〜!

覚悟しとけよ〜〜っ!



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