EP.16

麗かな午後、本日も晴天ナリ。

淑女モードでごめん遊ばせ。

シシリア・フォン・アロンテンでございます。


いや〜、しかし紅茶が美味い。

目の前のコイツがいなければ、もっと美味いんだけどなぁっ!


淑女モードの私は伏し目がちに、目の前の少年、フリード・フォン・アインデル、この国の第三王子をチラッと見た。

チェスナット(栗色)の髪に、瞳の色はチョコレートブラウン。

生意気に吊り上がった大きな目、健康的な肌、笑うと八重歯が見える。

笑うと……。


目の前のフリードは、ブスッと口を尖らせ不機嫌な顔を隠す様子も無い。

あと、コイツの場合の笑う、とは、アーハッハッハッこのっ愚民がっ!的な、人を馬鹿にした笑いなので、別に笑った顔など見たくも無い。


このフリードだけ、上2人の金髪に青い目、青白い肌(不健康なわけではない)彫刻のように整った、人とは思えない程美しい容姿、とはだいぶん毛色が違う。


上2人が月夜をバックにふふふっと妖しく微笑むのが似合うのとは真逆で、コイツは太陽の下で、ナーハッハッハッと馬鹿笑いしてるのがお似合いだ。


で、コイツは〈キラおと2〉のメインヒーローな訳だが。

王子という肩書き以外は、どう見ても3、4番手感が否めない……。

元気でヤンチャ、メインにはなれないが、必ず出てくるノー天気キャラ……………って、ジャンッ!


〈キラおと1〉に置ける、ジャンの立ち位置じゃね〜かっ!

良かったなぁ、お前。

メインだぜ?2ならメインヒーローだぜ。


などと考えて、いや、ナイナイとゆるく首を振る。


ジャンは正義感があって、一本筋の通った漢気のある奴だ。

あとアレで、実は常識的で真面目。

まぁ……非常識な奴が多いから、自然そうなったのかも知れないが……。


とにかく、大まかなキャラ振りだけで、ジャンと目の前のコイツを一緒にするのは流石にジャンに悪いってもんだ。


このフリードは、王家というより、傲慢な貴族のような振る舞いをする。

性格も生意気で偉そう、更に我儘。

まだ10歳の子供とはいえ、王族としてはかなり幼く愚かな行いを平気でする。


で、何が言いたいかというと、私はコイツとは相容れないって事。

いや、婚約者なんだけども。


そう、コイツが私の婚約者。

それもその筈、私は悪役令嬢で、コイツはメインヒーロー。

王立学園の私達の卒業パーティで、コイツとヒロインに断罪され、婚約破棄をされるのが悪役令嬢のさだめ。


面倒臭くても、適当にそこまで相手してれば婚約破棄して貰えるんだから、この月1の婚約者としての交流会という名のお茶会くらい、いくら時間が勿体なくても、いくらゴミみたいな時間でも、いくら心底どうでもいいくだらない時間だとしてもっ!

耐えられる……ギリ……耐える……てもんだ……。


内心、ギリギリ唇を噛んで血を流す私の事など見ようともせず、フリードは不機嫌にブスッと口を開いた。


「いいか、これだけはハッキリ言っておくが、お前はまったく俺の好みじゃない。

俺はお前が婚約者だなんて、納得してないからなっ!

俺は俺のしたいようにする。

いくらお前がアロンテン公爵家の権力を使って俺の婚約者の座に居座ろうと、俺には関係無い。

気に入らなければお前など、いつでも婚約者から外せるんだ。

いいかっ?その事をよく覚えておけよ?」


ギラリと睨み付けてくるフリードに、私は優雅にお茶を口にしながら頷いた。


「畏まりました。しかと心にとめ置いておきます」


阿保ぉ……。

本当に、コイツは阿呆だ。

まだ子供とはいえ、自分の置かれた状況さえ理解出来ていないとは……。

もう憐れとしか言いようが無い。


一体コイツの周りの人間は何をしているんだ?

どんな環境で育てられてるんだろう。

まったく、親の顔が見てみたいぜ。



「おほほほ、まぁまぁ、可愛らしいお二人だこと。

なんてお似合いなのかしら。

微笑ましいわぁ。

ご機嫌よう、シシリア」


嘘です。今の無し。やっぱり親の顔など見たくも無い。


私は内心溜息をついて、椅子から立ち上がり、今しがた急に現れた貴婦人に頭を下げる。


「ご機嫌麗しゅう、アマンダ・フォン・ゴルタール婦人。

本日は御招き頂き、大変光栄でございます」


私の挨拶に、アマンダ婦人はピクリとこめかみを引き攣らせた。


そう、このアマンダ婦人こそ、この無意味で不本意なお茶会を強要している張本人。

ゴルタール公爵家の娘で国王の側妃。

そしてフリードの母親。


ちなみに、ゴルタール家は第二夫人の位を望んだが、国王がガンとして譲らず、結局側妃として収まったので、王家の姓を名乗る事は許されず、本人はゴルタール姓のまま。

なのにあちらこちらで勝手にアインデルを名乗っているので、先程挨拶で正確にアマンダ婦人の名を呼んだのは、痛烈な嫌味だったのだ。


ぷくくっ、効いてる効いてる。


このくらいじゃ腹の虫は収まらないが、まぁ多少は溜飲も下がるってもんだ。


「シシリア、相変わらず元気そうで大変結構な事だわ。

フリードには失礼の無いよう、しっかりお仕えなさいね」


ピクピクとこめかみを引き攣らせながら訳の分からない事を曰う婦人。

今日は天気が良いからなぁ。

脳が沸いちゃってんだな。


仕方ない仕方ないと、うんうん頷いて、私はにっこり微笑んだ。


「アマンダ婦人、私はそれ相応に、フリード様のお相手を務めさせて頂いていますわ。

ご心配には及びません」


それ、相応に、ね。

フリードの程度に合わせて、適当に、内心鼻ほじりながらお相手してやってるよ。

お前のバカ息子をなぁ。


ちなみに、婦人は正しくは、例え自分の息子であっても、王家の王子に対して、フリード様、または第三王子、または殿下と呼ばなければいけない。

自分は王家の人間では無いからね。

小さな事に見えるが、これは実は大事な境界線なのだ。

公爵家は王侯貴族ではあるが、王家では無い。

広い意味で言えば王族には入るが、狭義で正解に表せば、一臣下に過ぎない。


なので、王家の人間を呼び捨てするなど、不敬に他ならないのだが、本人のみか、当のその息子でさえその事に気付いてもいない。

平和な脳みそで、そらもう羨ましい事だ。


えっ?偉そうに言っているお前はどうなんだって?

あの、犯罪者と魔王の事?

そりゃもう、一臣下として、恭しく呼ばせて頂いていますよ?

様とか、王子とか、殿下とか。

仲間内以外の人の目がある所ではね。


私でもそれくらいの常識を持っているというのに。

この婦人は、公式な場でもフリードと呼び捨てにして憚らない。

なんなら国王の正妃、つまり王妃のように振る舞う始末。


親の顔が見てみたいとは思ったが、この親あってこの子供。

まったく(悪い意味で)予想を裏切らない、残念親子である。


「お母様っ!何度も言っていますが、俺はこんな奴が婚約者だなんて嫌です。

こんな能面で、教科書みたいな面白味も無い女っ!

俺は、クールでイカれた枠から外れた破天荒な美女が良いっ!

こんな女と結婚して一生を過ごすなんて、地獄だっ!

息が詰まって、死んでしまいますっ!」


子供のくせに、妙に細かい理想だな。

ゲーム補正か?

既に、ヒロインに出会って一目で恋に落ちる準備万端だなぁ。


ふ〜ん?と感心しながらフリードを見ていると、婦人が扇で口を隠しながらチラリとこちらを見る。


「シシリア、貴女、少しはフリードの為に努力したらどうなの?

フリードの望む女性になる為、努力をする事も婚約者の務めじゃなくて?」


婦人の言葉に、私はほぅと片眉を上げた。


「アマンダ婦人、フリード様の仰る理想の女性になる努力を致しますと、第三王子の婚約者としては不適格となりますが。

それでも宜しければ、誠心誠意、そのように振る舞わせて頂きます、いかが致しましょう?」


小首を傾げてそう聞くと、婦人は青筋を立てて、こめかみを引き攣らせている。


阿保ぅ……。

本当に、どこまでも阿保親子だよ。



「そ、そのような事っ!貴女が努力で何とかなさいっ!

それでも恐れ多くも第三王子の婚約者ですかっ!

その座にあぐらをかかず、常に努力を怠らない姿勢をフリードに見せていれば、このような事を言われず済んでいるものをっ!」


ヒステリックに喚き散らす婦人の後ろで、フリードがニヤニヤ意地悪く笑っている。


どうやらアイツはどうしても私が気に食わないらしい。

まぁ、私も同じだから、フリードだけを責められない。

無事に婚約破棄されるまで、耐えろっ!

耐えるんだっ!私っ!


「そもそもっ!俺より背が高いのが気に入らないんだっ!

このっ、デカ女っ!

お前みたいなのを、女として見れる訳無いだろうっ!」


母親の背中に隠れて喚くフリードを、ジトリと睨むと慌ててその背中の後ろに逃げ込んでいった。


くっっっだんねぇっ!

フリードが自分を嫌う理由が思っていたよりくだらなくて、流石に呆れ返る。


「だいたい貴女の私への態度は一つもなっていないわっ!

私は恐れ多くも第三王子の生母ですよっ!

その私にカーテシーの一つも出来ないだなんてっ!

貴女のそのような傲慢な態度が、可愛いフリードを傷付けるのですっ!

分かっているのですかっ!」


「そうだそうだっ!生意気デカ女っ!」


ギャーギャーと喚く婦人と、たまに合いの手を入れてくるフリードを、へいへいと適当にあしらう。


たくっ、この茶会の度に最終的にはこうなるんだから、マジでやってらんね〜よ。



「おやおや、騒がしいと思えば、また貴女ですか?アマンダ婦人」


清涼な声が響き、皆驚いて声の聞こえた方を振り向くと、エリオットが和かに笑ってこちらに歩いてくる。


「こ、これは……。

王太子殿下、ご機嫌麗しゅう……」


慌ててカーテシーする婦人。

もちろん私もカーテシーで礼をとる。


「いや、楽にしてくれ。

やぁ、シシリア、ご機嫌よう。

良い午後だね」


婦人とフリードをチラッと見ただけで盛大にスルーして、エリオットは私の所に一直線にやって来ると、恭しく手を取り、手の甲に軽くキスを落とす。


ちっ、人前では足払いも出来ない。

イライラとエリオットを見上げると、嬉しそうに愉悦の笑みを浮かべている。


ぐっぞおぉぉぉぉっ!コイツーーッ!


内心血の涙を流しつつ、落ち着く為に深呼吸をした。


落ち着け、私。

エリオットは何もおかしい事はしていない。

今のは正式なマナーに則ったただの挨拶だ。

背景にコイツがサイコパスセクハラストーカー野郎って事さえ無ければっ!

普通の事なんだっ!


グググっと力ずくで自分を抑え、エリオットに向かってにっこり微笑む。


「ご機嫌麗しゅう、王太子殿下。

本当に良い午後でございますわ」


エリオットは私の微笑みに頬を染め、うっとりとしている。


やめろ……そのうっとりした目で私を見るな……。


「で、殿下。本日はどのようなご用件でこちらへ?」


こちら、とは、側妃であるアマンダ婦人に与えられた宮の事。

つまり、この場所。


「いや、突然すまなかったね。

ここにシシリアが来ていると聞いて、挨拶にきただけなんだ。

邪魔してしまったかな?」


ニヤリと笑うエリオットに、婦人とフリードが顔を引き攣らせる。


「ところで……先程ちらりと聞こえてきたのだが。

婦人は、シシリアが貴女にカーテシーで礼をとらない事にご立腹の様子だったが……。

どこにその必要が?」


ギラリとその美しい顔で睨まれ、婦人は冷や汗を吹き出して縮こまった。


「貴女は王家の人間では無い。

それに例え貴女とシシリアが同じ公爵家とはいえ、家格が違う。

初代国王の腹違いの弟を祖先に持つとはいえ、血の繋がりは既に無く、公爵家を名乗れる程、国に貢献もしていない。

今だ公爵家を名乗れるのは、王家の温情ゆえと弁えた方が良い。

対して、アロンテン公爵家は前王弟殿下の賜った家名。

加えて現アロンテン公爵は宰相として国に仕え、陛下の右腕と称される程の方だ。

血の繋がりでも、国への貢献においても、ゴルタール家とは家格が違う事を覚えておく事だな」


エリオットの冷たい声色に、フリードなんか母親の背中に引っ付いてカタカタ震えている。


「で、ですがっ!私はこのフリードのっ、この国の第三王子の生母であり、シシリアの婚約者の母ですっ!

礼を尽くすのは、当然の事ですわっ!」


流石、年の功っ!

アマンダ婦人も負けていないっ!


その夫人を鼻で笑って、エリオットは呆れたように口を開いた。


「元々クラウスの婚約者候補であったシシリアを、強引な手を使ってフリードの婚約者にしたのはゴルタール家でしょう?

アロンテン家の望んだ事では無い。

こちらはいつでも婚約を白紙に戻せる事を……お忘れのようですね?」


わざとらしく丁寧な言葉を使い、にっこり黒く笑うエリオットに、婦人も流石にたじろいで、オドオドと地面を見つめている。


「それでは、もう用も済みました。

私はこれで失礼しますよ。

さっ、行こう、シシリア」


私に向かって優しく笑うと、エリオットは手を引いて退場しようとする。

……私を連れて。


「お、お待ち下さいっ!殿下っ!

シシリアは、まだフリードとのお茶の最中で……」


「様、をつけろ」


刺すようなエリオットの声に、婦人がえっ?とその場に固まる。


「シシリア様、だ。

勘違いするなと、先程言い置いた筈だが?

そこのお前の息子についてはどうでも良いが、今後シシリアには、様をつけろ」


顔だけ振り返り、いつも浮かんでいる口元の笑みも消し去り、ギロっと婦人を睨むエリオット。


婦人はガマ油をダラダラ流しながら、慌てたように頭を下げ、震える声で弱々しく口を開いた。


「も、申し訳ございませんでした……。

シ、シシリア……様……」


その婦人にニッコリ頷くエリオット。


「じゃ、もういいかな?」


婦人はもう言葉も無く、ただただ頷くだけだった。


エリオットは満足そうに微笑み、私を連れてその場を去った。




「助かったけどさ〜、良かったの、あれ?」


側妃の宮を振り返り、私が聞くと、エリオットはハハハと声を上げて笑った。


「あんなの、シシリアが相手にする必要は無いよ。

もういい加減に、父上には釘を刺しておいたから、二度とあんな所に近付く必要は無いからね」


片目を瞑ってそう言うエリオットに、私は首を傾げた。

何の事を言っているのか、まったく分からなかったからだ。





後日、王家から邸に通達が届いた。

月に一度の側妃の宮でのお茶会は、そもそも非公式なもので、私が望まない限り行く必要は無い事。

それを私に強制していたアマンダ夫人には、国王陛下から厳重な注意が下された事、なんかが書かれていた。


つまり、実質、あの不快なお茶会は消滅したのだ。(私から望む事など、有り得ない為)


読んだ瞬間、私が小躍りした事は言うまでも無い。



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