EP.15

突然だが、私の前世のじっちゃんは剣術の師範だった。

世が世なら、剣豪とか言われてたかも知れない、むちゃんこ強い人なのだ。

父ちゃんも、茶道の家の一人娘だった母ちゃんの為に婿入りしたとはいえ、剣術師範代としてじっちゃんの道場で、剣術や剣道を教えていた。


で、この2人に幼い頃から鍛えられ育った私は、日々の鍛錬のお陰で、手の皮も、足の裏の皮も、ついでに面の皮も厚い系女子に育った。


母ちゃんには茶道や、それに連なる礼儀作法を徹底的に叩き込まれていたので、実は時代錯誤な古風スーパーガールなのである。どうだ。(何が)


日本刀の収集家でもあったじっちゃんと鍛刀地に赴き、刀匠(刀鍛冶)の所にもよく行っていて、刀作りの工程なんか完璧に頭に入っている。どうだ。(何が)


そんな訳で、前世の知識や経験をフル稼働して出来上がった、この異世界初の刀。


まさかここまでの物が出来上がるとは思っていなかったので、改めてドワーフ達の刀鍛冶の腕前に、感嘆する。


「どうだい、嬢ちゃん。満足いく出来だったかな?」


ヴィクトールさんに問われて、私は勢い良く頷いた。


「図面と口頭だけで、実物も無いのに。

よくここまでの業物を作れたなと関心しています。

名刀で無くても充分に素晴らしい出来です!」


興奮気味に答えると、ヴィクトールさんの眉がピクリと動く。


「ま、まぁ、それは試作品だからな……。

ところで、嬢ちゃん、お前さんの言う、名刀ってのは、どんなもんなんだい?」


あっヤベっ。

つい口が滑っちゃった。

余計な事を言っちゃうこの口を縫いたいっ!


私は冷や汗を流しながら、刀の刃を上向きに、刀掛け(台座)に置いた。

そして絹のハンカチを上から刃に向かって落とす。

ハンカチはフワリと刀の刃に掛かった。


……………?


ヴィクトールさんが、顎を掴んで首を捻る。


まぁ……その反応になりますよねぇ……。

私はハハハと小さく乾いた笑いを上げた。


ややしてヴィクトールさんが、ハッとした顔をして、目を見開き私を見た。

震える指でハンカチが掛かった刀を指差す。


「おい、まさか………」


驚愕の顔をしたヴィクトールさんに、私は静かに頷く。


「切れるってのか?嬢ちゃんが言う名刀なら、この布を……?」


信じられないといった風のヴィクトールさんに、私は再び静かに頷く。


口をあんぐり開けていたヴィクトールさんは、ナイナイといった感じで首を振る。


「嬢ちゃん、それはいくらなんでも荒唐無稽が過ぎる。

これを作ったのは俺だから、よく分かっている。

刃を当てるだけで切れる代物じゃない、引く力が加わって初めてスパッと切れるんじゃないか」


ハハハと額に汗を浮かべて乾いた笑いを上げるヴィクトールさん。

私はその言葉を肯定するように頷いた。


「はい、もちろん、そうです。

刀とは押し当てただけでは切れない。

斬り引いて使うものです。

あの綺麗な切り口を見れば、試作品とはいえ、これが上級の業物である事は明白……。

ただ、私の知っている、業物を超えた名刀の中には、ただそこに布をかけるだけで、スパッと切ってしまう代物もあったもので……。

もちろん、一般には知られていませんし、限られたごく僅かな人間しか、その存在を知らない。

実質、封印されているような代物ですが……」


遠慮がちにそう答えると、ヴィクトールさんはまた口をあんぐり開けた。


「ただそれは、それを生み出した刀匠が神事のように作り上げたといいます。

身を清め、神服に身を包み、何かに取り憑かれたかのように刀を打つ姿は、鬼神の如きだったと聞きました」


……まぁ、日頃はめっちゃ温厚な爺ちゃんなのだが……。

遊びに行くといっつも羊羹出してくれるんだよなぁ。

じっちゃんの古くからの知り合いの刀匠が、自分の人生の集大成に打った、名刀中の名刀。

他にもそのような名刀は存在する。

古い物から、実は新しい物まで。

ヴィクトールさんの刀は素晴らしい出来だが、それらを知っている私からしたら、非常に出来の良い業物、となってしまう。


ヴィクトールさんは、私の言葉に、ふむと頷いた。


「神との対話で出来上がった一刀か……。

俺にも心当たりがあるから、理解は出来るが……」


ぶつぶつと呟くヴィクトールさんに、師匠がホッホッと笑った。


「なんじゃ、ヴィクトール、血が騒ぐのかい?」


ヴィクトールさんは師匠に向かってニヤリと笑った。


「騒ぐねぇ、大いに、騒ぐ」


目をランランとさせたその様子に、師匠はやれやれと溜息を吐いた。


「この男は、帝国一の鍛治職人と言われていてね。

特に、使い捨てられ、量産性を求められる剣についても、並々ならぬ時間と労力を費やす事で有名だ。

ヴィクトールブレードと呼ばれ、帝国の将軍クラスしか持てない、大変貴重な物じゃよ。

前々皇帝に献上した剣は、神がかった一品として広く知られている。

今は、現皇帝に受け継がれておるな」


師匠の説明を聞いて、私はサーと顔を青くした。


あ、あんたっ!

そ〜ゆ〜事は先に言ってくれっ!

この人凄い刀匠なんじゃないかっ!

いや、見たことも無い刀を再現しちゃった時点で、そりゃ只者じゃないとは思っていたけどさぁ。

ってか、ドワーフの寿命長っ!

見た目50代くらいなんだけど?


頭の中がぐるぐる回ってプチパニックになってる私の肩を、ヴィクトールさんがガシッと掴んで、ニヤリと笑った。


「よし、分かった!嬢ちゃん、見てな!

俺がお前さんの気に入る、とっておきの一品を必ず打ってやる。

どんな戦いからも必ずお前さんを守り切る、名刀中の名刀をな」


ニカっと笑うヴィクトールさんに、申し訳なく思う一方、どんな刀が出来るのか、ドキドキが止まらない。


この世界の刀匠は、一体どんな名刀を打つのか……。

そう考えると、つい頬が緩んでしまう。


「ありがとうございます、ヴィクトールさんっ!

私、楽しみに待っていますねっ!」


私はありったけの笑顔をヴィクトールさんに返した。

ヴィクトールさんは皮の厚い大きな手で、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。



「……まさかの……おじ専……⁈」


後ろから聞こえるエリオットの声に、プルプルと拳を握る。


「お前は……口を開けばそんなくだらない事しか言えないのか?」


ギヌロッとエリオットを振り返ると、そこには乙女のように口元を押さえてイヤイヤするエリオットが……。


「少しは、絆されたりはしないのですか……?」


哀れな者を見る目でエリオットを見ているミゲルが聞いてくる、が、そんな感情は1ミリも起こらない。

ミゲルの肩をガシッと掴み、真剣な表情でグイッと迫る。


「お前のとこ、博愛の神だったよなぁ?

だったらお前がコイツを引き取ってくれよ。

出家でも何でも、好きにしてくれていいからさぁ」


笑顔で額に青筋を浮かべる私に、ミゲルはビクビクしながら答えた。


「さ、流石に、王太子殿下を修道者にするのは……。

それに、そのような事は私の一存では何とも……」


そこまで言って、ミゲルはビックゥーッ!とその場で跳ね上がった。


「……だ、大魔神……が……」


そう呟いて、ブクブクと口から泡を吐いて後ろに倒れるミゲル。

咄嗟にレオネルがその身体を両手で支えた。


「……シシリア、後ろを見ろ」


レオネルに言われて振り返る。

そこにはヘラヘラ笑う、エリオット。


「何よ?いつもの犯罪者しかいないわよ?」


首を傾げてレオネルにそう言うと、レオネルははぁっと深い溜息をついた。


「……エリオット様、妹なら好きにして良いので、お願いですから手当たり次第、周りの男を脅すのは止めて下さい」


レオネルの言葉に、私はあ゛あ゛っ!と青筋を立てた。

なんで私がコイツに好きにされなきゃなんないのよっ!

ってかコイツは基本、私の後ろでヘラヘラしてるだけなんだから、害は(私以外には)無いでしょ〜がっ!

被害者ヅラするの止めてくれる?

ただひたすら一身に被害を受けてるの、私だけなんだからねっ!


イライラしながらレオネルを睨んでいると、後ろからエリオットにヒョイッと抱き上げられた。


「やったね、シシリア。

身内からの許可が下りた。

これで心置き無く、シシリアの成長具合を、まったり、ね〜っとりと……」


ニャアッと笑うエリオットに、私は寒気を感じてガタガタ震えた。


「エリオーーット!アウトだっ」


ルンルンと何処ぞに私を連れ去ろうとするエリオットの肩をアランさんが掴んで止めてくれた。


「お前も苦労するねぇ……」


師匠でさえ、エリオットに呆れ返り、アランさんに憐憫の目を向ける。


「……成長、具合……。

まったり……ね〜っとり……」


ぶつぶつと機械のように呟くクラウス。


だから、お前はそのっ、どう考えてもキティたんに迷惑しかかけない誤学習を止めろーーッ!


もうっ!王家の奴は、馬鹿ばっかりだーーーーっ!


フンガーッと怒りに任せて拳を振り上げると、エリオットの顎にガツンとクリーンヒットした。


よしっ!やった!ラッキー!


クラクラと目を回しているエリオットの腕からピョンッと逃げ出し、思いっきりあっかんべーしながらアランさんの後ろに隠れる。


助かった、そしてアランさんの背中、落ち着く。



さてと。

私は刀掛けの上で光を放つ、この世界初の日本刀を眺め、ニヤリと笑った。


アレがあれば、私の物理力は格段に上がる。

剣術に、武術、魔法まで揃った。

これで、鍛錬に研鑽を重ね、ガンガン強くなれる。

いやっ、なるっ!

前世最推しの為っ!


となると、後足りないものは、情報収集力、か。

これは本当に欲しい。

キティたんを狙う輩が現れたら、いち早くその情報を掴んでおきたい。

あとはやっぱりなんと言っても、ヒロインの情報。

ここは絶対に外せない。

何だかんだと言っても、ここはやっぱり主人公のいる乙女ゲームの世界。

主人公の情報は押さえておいた方が良いに決まっている。


とはいえ、私はこれでも公爵令嬢。

用もないのにヒョイヒョイ動き回れる身分では無い。


前世でいうところの、探偵とかを探して調べてもらうしか無いな。


残すは情報のみっ!

やっとここまで来た達成感を感じながら、背後からそぉっと近づいて来ていたエリオットに回し蹴りを食らわす。


これもクリーンヒットっ!

うんっ!良しっ!

すこぶる調子が良いや〜〜〜〜っ!


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