EP.21

「北の大国は様々な角度から、彼らの言うところの、魔力獲得実験を繰り返した。

先の帝国民と自国民の間に子を成す実験は、当然の如く失敗した。

また、北の大国内には、元帝国人を集めた集落があり、そこで魔法を研究させ、魔物や魔獣を使役させる方法を確立したのだが。

魔物や魔獣を使役するには膨大な魔力を使用する。

結果、その集落の人間は短命で、どうしても数が増えない。

また、北の大国は自国民、特に貴族の中に魔法を取り込む事に執着している。

そこで白羽の矢が当たったのが、人並外れた魔力を有する、王国の王子、クラウスだ」


なるほど、ここでクラウスと繋がるのかと、私はようやく理解した。

アランさんはクラウスの顔色を確認しながら、話を続ける。


「北の大国は、自国の高貴な姫ならば、クラウスとの間に子を成しさえすれば、魔力量の高い子を望めると不可能な妄想に囚われている。

その為ゴルタール公爵に接触し、彼に資金提供と共にこう囁いた。

クラウスを国王に掲げ、貴方が裏から手を引き、我々と和平を結べば帝国にも匹敵する力を得られる、と。

和平の証に、我が国から姫を嫁がせるので、産まれた子を1人こちらに渡して欲しい。

それが北の大国からの条件だった。

そこで、ゴルタール公爵は、まずはロートシルト伯爵を使い、上手くいくかシミュレーションしているんだ。

ゴルタール公爵にしてみれば、別に国王に掲げるのは、自分の孫のフリードでも良い。

北の大国にしたって、本当はクラウスが国王にならなくても、どうでも良いのだか、ここでこの二つに共通しているのが、王国内の混乱だ。

混乱を起こし、その隙に目的の物を手に入れる。

実に小物らしい醜悪な手だよ」


アランさんの話に、あまりの事に誰も口を開けない。

ただ1人自分の事なのに、まったく興味の無さそうなクラウスを除いて。


「北やゴルタールが何を企もうと、俺はキティと結婚して、キティとの間にしか子をもうけない。

そんな事、分かりきった事だ」


ふんっとそっぽを向くクラウスに、私は顔を青くした。


いやいや、ちょ、ちょっと待って……。

ねぇ、これって……。


微かに震えながら、私は口を開く。


「ちょっと、待ってよ。

それじゃあ、キティ様が1番危険に晒されない?

このままクラウスと婚約したり、結婚したりしたら、邪魔者として、北からもゴルタールからも命を狙われるんじゃ無いの?」


私の問いに、頭の上からエリオットが答える。


「確かにその危険はあるね。

だが、さっきアランが言ったように、ゴルタールの目的は国を手中に収める事。

その為に必要な駒を彼は既に有している。

孫のフリードだ。

更に北の目的はクラウスの子を手に入れる事、その為に、何が何でも王妃である必要は本当は無いんだ。

姫のプライドさえ許せば、第二夫人でも、なんなら側室でも良いんだよ。

だから、危険を冒してまでキティちゃんを狙う必要も無い。

むしろ、危惧するべきはロートシルトかもね。

自分が傀儡である事も知らず、本気で自分の娘を王妃にするつもりでいる。

その為に邪魔なものを排除してくるだろうね」


淡々と語る、エリオットに、いや、北の大国にもゴルタールにも、ロートシルトにも、腹の底から怒りが湧いて止まらない。

なんなら、キティたんを婚約者にだか王子妃にだか望むクラウスにも。


何故、彼女がこんな危険な目に合わなければいけないのか?

何故彼女ばかりが、命を失う危険と隣り合わせで生きねばならないのか……。


今すぐ彼女を連れて、無理やりにでも全ての危険から連れ去りたい。

だけど、それじゃ彼女の気持ちを無視する事になる。


腹の底から怒りが湧いてきて、そのやりどころの無い怒りを全て込めて、クラウスを睨み付けた。

クラウスは真剣な表情で、私を真っ直ぐ見つめ返してくる。


「キティは、俺が守る。

だが、学園に入学した後は、彼女の立場も尊重したい。

だから、シシリア、お前に頼みたい。

お前なら、キティと共に行動していても彼女に迷惑がかからない。

シシリア、一緒にキティを守ってくれ」


クラウスの口から信じられない言葉を聞き、私は面食らって口をパクパクさせてしまった。


クラウスがっ!

た、頼み事っ!

コイツなら、キティたんを学園に入学させない、とか。

学園内でも常に側におく為に、キティたんを飛び級させる、とか。

迷惑極まりない事を言いそうなもんなのにっ!

それを、キティたんの気持ちや立場まで慮って、自分が側に居られない時は、私に頼むと言ってきた……。

あり得ない状況に、思考が一瞬停止する。


「大丈夫だよ、人情深いシシリアなら、しっかりキティちゃんのボディガード役をしてくれるさ。

ね?シシリア」


頭の上から聞こえるエリオットの声に、ハッとして我に帰る。

そうだ、クラウスに頼まれなくとも、私は元からそのつもりだった。

何があっても、彼女を守り通す。

それがこの世界に転生してしまった、私の唯一の目標なのだから。


「そうよ、頼まれなくても、私はキティ様を守るわ。

そんな状況に置かれている彼女を放っておくなんて出来ない。

クラウス、私もっと強くなって彼女を守り切るから、あんたはさっさとゴルタールやら、ロートシルトやらを薙ぎ払いなさいよ」


私の言葉に、クラウスはニヤリと笑って答えた。


「当然だ。俺を誰だと思っている」


そうだ、怖がっていても、嘆いていても何にもならない。

キティたんに危険が迫っているなら、守り切れば良い。

彼女が自分の望む未来を選べる、その時の為に……。


私的には、一緒に冒険の旅に出れたら、最高なんだけどねっ!

クラウスの魔王化?

皆で頑張れ!成せばなるっ!


まっ、その為にも、まずは裏で暗躍する悪者どもをバッタバッタと薙ぎ倒してからね!


特に、非人道的で胸糞悪い北の大国には、絶対に好きにさせない。

師匠が焼き払うかと言った意味が、今なら本当に分かる。

私に師匠程の力があれば、後先考えずやっちゃうかもっ!

それくらいの胸糞悪さだわっ!


フンガーッ!と鼻息を荒くする私に、アランさんはクスッと笑って、皆を見渡した。


「君達にこんな話をしたのは、クラウスが当事者である事と、君達がその側近であるからだけでは無い。

今日の討伐でハッキリとした。

君達は強い。将来必ず王国を支える人間になる。

だからこそ、今から知っていて欲しかったんだ。

北の大国の事、そして内部での良からぬ動きをね。

……それから、エリオットの力の事も」


アランさんの言葉に、私はエリオットを見上げたが、後ろから抱きしめられているので、当然ながらその顔を見る事は出来なかった。



「エリオット……スキル持ちなんだよ。

それも、複数所持している」


アランさんの言葉に、皆目を見開き、レオネルが信じられないといった声を上げた。


「なっ!スキル持ち……?

しかも、複数……」


その言葉に、私は眉をピクリと引き攣らせた。

……スキルだとぉ?

チートか?

今までの事を振り返ると、チートっぽいなぁ……。


「なるほど、スキルには魔力量は関係ありませんからね。

むしろスキルには魔法が効きませんから。

魔力探知にも当然ながら引っかからない」


顎を掴み、思案げに呟くノワール。


「スキルとはっ!なんて素晴らしいっ!

スキルは神の祝福と呼ばれる特別なもの。

誰でも持てるものではありませんっ!

エリオット様は、正に神に選ばれた尊き方だったのですね」


両手を胸の前で組み、キラキラした目を私の頭の上に向けるミゲル。


ほぅ………神の、祝福……?

奴の……祝福、か。



「で、どんなスキルをお持ちなんですか?兄上」


意外にクラウスに興味を持たれたもので、エリオットははしゃいだ声を上げた。


「そうだねっ!魔力無効とか、瞬間移動とか、気配遮断とか、殺気感知、気配感知、それから戦闘系スキルは一通り。

魔法に似たスキルも全て揃ってるから、魔法使ってるフリも出来るよっ!」


楽しそうなエリオットの声色に、私はグググっとエリオットの腕を押し、その胸から逃れようとするが、まったく微動だにしない。


きさっ!

貴様っ!

貴様ぁぁぁぁっ!!


それっ!それぇっ!

めっちゃ俺TUEEEEッ!なやつっ!

俺TUEEEEッ!系ヒーローの使う奴ゥッ!


私がクリシロにくれって言っても、貰えなかったやつぅぅぅぅっ!


血涙を流しながら、尚もエリオットの腕から逃れようとバタバタともがく。

が、やはりビクともしない。


ず、ズルいぞっ!ズルいぞっ!

王太子にそんな物、要らないじゃんっ!

ロイヤルな上に、スキルそんなに持っててさーーッ!


お前なんかっ、俺TUEEEEッ!も知らないくせにっ!

俺TUEEEEッ!の美学を知ってるか?

えっ?僕、この世界でそんなに強いんですか?

ええっ!僕がこの世界最強っ!?

複数スキル持ちの僕が、世界最強だった件。


これだよっ!

私は、これがやりたかったのにっ!

そりゃ、4属性カンストで転生出来たけど、むちゃんこ強い師匠はいるし、闇属性魔王はいるし、その魔王の側近はラスボスだしっ!

んで、エリオットが複数スキル持ち俺TUEEEEッ!て、なんでだよっ!


ヤダヤダヤダァッ!

せっかく異世界転生したのに〜っ!

乙女ゲーの世界だしっ!

魔法で強くなったけどっ!

私より俺TUEEEEッ!いるしっ!


や〜り〜た〜い〜っ!

私が俺TUEEEEッ!言〜い〜た〜い〜っ!



駄々っ子のようにエリオットの腕の中でジタバタする私を、エリオットはほんわかして頭をナデナデ撫でている。


同情なんかっ、要らねーよっ!

同情するなら、スキルくれっ!


頬をパンパンに膨らませてプンスカ怒る私を、ジャンが首を傾げて不思議そうに見ている。

そしてレオネルに、私を指差しながら尋ねた。


「シシリアは、何であんな怒ってる訳?」


レオネルは腰に手を当て、はぁ〜っと深い息を吐いた。


「エリオット殿下のスキルに嫉妬しているんだろう」


やれやれと首を振るレオネルに、ノワールが優雅に微笑んだ。


「シシリアは子供みたいに、格好良い事が好きだからね」


フワッと微笑むノワールに、くだらないとばかりにクラウスが鼻で笑ってそっぽを向いた。


「ガキが……」


フンガーっ!なんやとっ?ゴルァッ!

誰がガキやっ!

むしろガキで何が悪いっ!

小5男子相当で、何が悪いーーッ!


額に青筋を立てて、(エリオットの腕の中で)暴れ回る私に、ミゲルがうんうんと目を細め、頷く。


「良いのですよ、シシリア。

神のお力は偉大です。

そのお力を求める事は、罪ではありません。

神の御子であるエリオット様を、一緒にお支えし、お仕え致しましょう」


穏やかなその笑顔を、私はおどりゃ〜っと噛みつかんばかりに睨み付けた。


馬鹿か?

馬鹿なのかっ?

何であのヘッポコ神と、この犯罪者にお仕えせなならんのじゃっ!


おどりゃ〜〜〜っ!クリシロッ!

今すぐっ!殴りに行ってやるっ!

ボッコンボッコンのビッタンビッタンにしてやるからな〜っ!


ムッキーッ!ムキムキーッ!

と怒りまくる私を、エリオットが楽しそうにギュッと抱きしめた。


「もう、シシリアったら。

そんなにプンプンしちゃって。

僕のスキルを知ったら、絶対悔しがるって思ってたんだぁ。

予想通りの反応してくれて、嬉しいよ。

ああ〜、可愛い」


そう言って頬をスリスリしてくるエリオットに、血管がブチ破れそうなくらい、怒り狂う。


お、ま、え、のっ!そ〜ゆ〜とこだよっ!

ドリャァーーーーッ!



ドッカンドッカン怒り狂う私を完全にスルーして、レオネルが納得したように頷いた。


「なるほど、だからエリオット殿下の力は公表されていないのですね。

万が一にも誰かが利用しようと考えないように」


レオネルの言葉に、アランさんが深い溜息をついた。


「それもあるが、本人が侮られたいと言うもので……」


頭痛がするのか、アランさんは頭を押さえている。


「侮られたい?何それ?なんで?」


頭の上を見上げると、エリオットは私の顔を上から覗きこんで、にっこり笑った。


「そろそろ膿を出し切りたいと思ってね。

父上や師匠が下地を作ってくれているから、後は僕達が動くだけさ。

運の良い事に、これだけの優秀な人間が集まっている。

僕らの世代で成すべき事だと、思っているんだけど。

シシリアはどうかな?」


ふふふっと笑うエリオットに、私はニヤリと笑い返した。


「良いんじゃない。汚い膿を出し切って、叩き潰してやりましょうっ!

私達の世代でねっ!」


何それっ!?

最高に、滾るっ!


瞳に炎を燃やし、皆を見渡すと、皆が静かに頷いた。


「エリオット殿下の下、我々は最善を尽くそう」


レオネルは真剣な顔でそう言った。

ノワール、ジャン、ミゲルも力強く頷く。


「俺は、キティと平穏に過ごしたいだけだ。

その為に、ごちゃごちゃと煩い蠅は焼き払う。

だが、俺のやり方じゃ、キティを哀しませてしまうかも知れない……。

兄上に従うから、うまくやってくれ」


クラウスもじっとエリオットを見つめて言った。


「ありがとう、クラウス、皆。

僕を信じてくれて。

皆を失望させないよう、僕こそ最善を尽くすよ。

この、己をかけてね」


ギラリと瞳の奥を静かに燃やす、そのエリオットの炎に魅入られるように、私はぼうっとエリオットを見つめた。


「シシリアも、ありがとう。

必ず幸せにするからねっ。

一生僕についておいで」


そう言ってギュ〜ッと抱きしめられ、その腕をガンガンと思い切り殴り続けた。

やはり、微動だにしないが。


だ、れ、がっ!一生ついて行くって、いつ言った?

お前の耳は、どんだけ楽園なんだよっ!


ってか、もういい加減っ!

離さんかーーーーいっ!

ムッキーーーーーーーーッ!!

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