EP.11

今後の方針を師匠と話し合い、私達は一旦王国に戻る事となった。

直通で師匠の家に瞬間移動出来る魔法陣を貰い、今後はこの魔法陣を王宮に置いて、そこから師匠の元に通う事になる。


私とジャンは師匠からお土産に煎餅を山程貰って、ホクホク顔で帰路につく。

エリオット、クラウス、ノワールと同じ馬車に乗り込み、馬車に揺られながら、隣に座るエリオットをチラチラと盗み見た。


コイツ、本当に何で師匠の家に居たんだろう。

そもそもどうやって?

私達より早く出発していた気配は無かったし(ってか、見送りの中にいたよね?)私達は帝国の王宮から魔法陣を使って瞬間移動したのに、なんでそれより早く師匠の家に居たんだろう……。


疑問ばかりが浮かび、ついにはエリオットをガン見してしまっていると、エリオットが私の視線に気付き、ふふっと笑った。


「どうしたの?シシリア。

僕に何か用かな?」


何故か流し目でこちらを見てくる。

やめろ。

更に妖しく微笑む。

やめなさい。


顔が良いので、うっかりドキッとしてしまいがちだが、コレはストーカー野郎である。

ついには国境も越えた華麗なるストーキングを披露されたばかりである。


私に何をしても無駄だ。


「……あんた、何で師匠の家に居たのよ?

そもそも、何であんたまで師匠を師匠と呼んでた訳?」


ジト目で見つめると、エリオットはヒョイと肩を上げて答えた。


「ああ、なんだ、そんな事?

僕の帝国にいる友達がね、昔、師匠に弟子入りするから一緒にどうか?と声をかけてきたんだよ。

それを聞いた僕の側近達が興味を持っちゃって、僕まで連れて行かれて指導されてね〜。

僕、風属性持ちだけど、魔力量が低いから、全く修行に着いていけなかったなぁ。

ちなみに今日はその帝国に居る友人の家から魔法陣で瞬間移動させて貰ったんだ。

シシリア達が王宮で歓待されてる隙にね」


ヘラヘラと笑うエリオットに、なるほどと頷いた。

エリオットの側近が魔法を使いこなせるのは、そういう事だったのか。

まぁ、主がこんな骨無しクラゲじゃ、自分達がしっかりしないとと思うよね。


そこは一先ず納得して、私は肝心な質問を投げかけた。


「で、あんたら、ローズ侯爵令嬢をどうするつもり?」


あからさまにギクゥッとするエリオットを、目を見開いて近距離で睨み上げた。


「あっ、シシリア、近い……。

僕を喜ばせても、何の得も無いよ」


よく分かってるじゃないか。

だが、そんなおふざけに付き合ってる気分じゃないんだわぁ。


ますます近距離で顔を近付け睨み付けると、エリオットが頬を染めてもじもじし始めた。


「なんか……もう、胸がいっぱいで辛い……」


知らんしっ!

いいから早く白状しろよっ!

イライラしていると、対面に座っているクラウスが呆れたような声を上げた。


「俺がキティをどうこうする訳が無いだろう」


いやいやいやいや、お坊ちゃんさぁ……。


「あのねぇ、どうこうも何も、アンタは王族なのよ?

何も言わなくても、何もしなくても、好きにどうこう出来る立場な訳よ?

それで?アンタの事情で勝手に闇属性ストッパー役にさせられるローズ侯爵令嬢…ああ、もういいやっ!

キティ様が可哀想じゃないか?って言ってんのっ!

キティ様のお気持ちはどうなんのよっ!」


流石にキティや、キティたん呼びは控えたが、急に馴れ馴れしい呼び方に変わった私に、クラウスは目を見開いた。

……そのクラウスの隣で、ノワールがいいぞっ!もっとやれっ!とばかりに、シュッシュッと拳を前後ろに振るジェスチャーをしている。


不敬、好きだな、お前……。

まぁ、私もたいがい不敬なんだが……。


私の言葉をクラウスはフンッと鼻で笑って、馬鹿にしたような声で言った。


「俺は王家の権力や立場を利用して、キティに何か強要したりは絶対にしない。

それが、ローズ侯爵夫人と交わした約束だからな」


はて?

ローズ侯爵夫人との約束?

私が首を捻ると、ノワールが代わりに答えてくれた。


「出会ったその日に、クラウスはキティを婚約者にしたいとお母様に頼んだのですが、お母様に条件を出されたのです。

一つは、王家の権力、つまり王命を使ってキティに強要しない事。

そして、もう一つはクラウスが強くなる事」


ノワールの言葉に、私はますます首を捻った。


「強くなるって、物理的に?精神的に?」


私の疑問に、クラウスが仏頂面で答える。


「どちらとも言われなかった。

ただ強くなれ、とだけ言われた。

だから、模索中だ」


なるほどねぇ。

だからコイツ、手当たり次第に強さを求めてる訳ね。

それに側近4人も巻き込まれてるって事か。

いや……側近兼見張り役だったか……。


闇属性が何なのかを知り、更にクラウスが闇属性である事を知った今。

事は更に難解になったように思えた。


私は、キティたんを死の運命から救い出し、後々2人で幸せに暮らしたかったのだが……。


クラウスをキティたんから引き剥がすのは、無理そうだ。


そりゃ、キティたんが望むなら、クラウスが魔王になろうがどうなろうが、奪い去ってあげたい。

ので、魔王滅するくらいは強くなるつもり。


ただ、キティたんが全てを知っても、クラウスの側にいると云うなら、私は2人の幸せを守る為に動く。


幸い、クラウスはキティたんを無理やり奪うつもりは無いらしいし、キティたんの気持ちを優先してくれるなら、心配は要らないだろう……たぶん。


問題は……コイツだ……。


隣に座るエリオットを再び近距離で、ギンッと睨み付ける。

こいつは、キティたんをクラウスを抑え付ける道具か何かだと思ってそうだ……。


いや、まず間違い無く、そう思ってる。


クラウスと違って、キティたんの意思など関係なく、必要とあらばあらゆる手を使ってクラウスに縛り付けるだろう……。


コイツをどうにかしないと、安心して2人の動向を見守れない。


さて……どうしてやるか……。


冷や汗を流しながらも頬を染めている器用なエリオットに、あ゛ぁ゛っ?ゴルァッと近距離で絡みながら頭を捻る。


う〜ん、取引?

何かコイツと取引が出来る材料があれば良いんだけど……。


「ねぇ、ちょっとさぁ、アンタ、欲しい物とか無いの?」


「あっ、あっ、そんなっ、耳元でっ、やめてっシシリア、感じちゃうっ」


気持ち悪い事言ってんじゃねーよっ!


私は思い切りエリオットの顔を、馬車の窓に押し付けた。


プシュ〜と摩擦による煙を上げながら、エリオットは涙目でこちらを見る。


「ごめんなしゃい……とりあえず、手をどけて下しゃい」


仕方無く顔から手を退けてやると、エリオットはめり込んだ頬を両手で撫でて、形を整えていた。

いや、粘土じゃ無いんだから、変形まではしてないから。


エリオットはゴホンッと咳払いをしてから、キリッとこちらに向き直った。

いちいち花を背負うなっ!


「欲しい物ならあるよ、僕の欲しいものは、シシリア、君だ……」


何故か妖艶に微笑むエリオットを、チベットスナギツネ顔で眺める。


ああ……馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だったとは。


「そ、そんな、一切の感情が死んだ顔で見ないでっ!

それもそれでゾクゾクきちゃうっ!」


ズビシッ!

私は躊躇なくエリオットの両目に指を突き刺した。


「あぁぁ〜っ!目がぁっ!目がぁぁぁぁっ!」


両目を押さえて広い車内を転がり回る、エリオット。


それを嫌そうに見つめながら、ノワールが口を開いた。


「あの、エリオット様は、幼い少女がお好きなのですか……?」


引いてる、完全に引いてるっ!


「幼い少女じゃなくて、シシリアが好きなんだよぉ〜」


情けない声を上げるエリオットに、続けてノワールが問う。


「……ですが、エリオット様にはご婚約者様がいらっしゃいますよね?」


戸惑いがちに聞くノワールに、エリオットはまたしても情けなく声を上げる。


「それとこれとは別なんだよ〜」


……馬鹿だ。

コイツは本当に、馬鹿だ。


「そもそもシシリアだって、フリードの婚約者じゃないか」


馬鹿馬鹿しいとばかりにクラウスが口を開くと、エリオットは真っ赤に充血した目でクラウスに振り向いた。


流石にクラウスもたじろいでいる。


「いいかい、クラウス。

僕とシシリアはね、そういった事じゃないんだよ。

嫁と娘、どちらかを選べないように、ぼくは婚約者とシシリア、どちらかなんて選ばない。

僕の日々の生きがいはね、シシリアに余計な虫がつかないよう、付き纏い行為をする事なんだよ……分かるね?」


優しく諭すように、自分の犯罪の全てをクラウスに独白するエリオット。


……屑だ。

気持ち良いくらい、屑だ、コイツは。


そこで、私はピコンと思い付いた。

なるほど〜?

日々の生きがい、ね。


「エ・ンガ・チョ……」


ボソリと呟く。

エリオットが不思議そうに振り返った。


「今後、アンタがキティ様に無闇に近付いたり、何か少しでも強要したりしたら、師匠にアンタを弾くエ・ンガ・チョの魔法防壁を付与してもらう。

私を中心に、半径10メートル以内のやつをねっ!」


ズガシャーンッ!!

まるで雷に打たれたかのように、エリオットは手を仰いで白目になった。


ブクブクと口の端から泡を吹きながら、ぶつぶつと何やら呟いている。


「し、死んでしまう……そんな事になったら、死んでしまう……っ!

嫌だ……嫌だぁっ!!」


ダバダバと涙を流しながら私の足元に蹲るエリオット。

その顎を組んだ足の靴先で持ち上げ、上から見下ろし、くすりっと笑う。


「嫌なら……分かるわね?」


エリオットはエグエグ泣きながら、何度も頷いた。


「しませんっ!キティちゃんに余計な事は一切致しませんっ!

シシリアのこの可愛いおみ足に誓いますっ!」


そう言って足をスリスリされ、私の全身に鳥肌が立った。


「ちょ、調子に乗るなーっ!」


ガゴーンッと蹴り押すと、エリオットは車内の反対側の扉に飛んでいった。


はぁはぁと肩で息を吐きながら、私はエリオットを睨み付ける。

ちょっと目尻に涙が滲んでるけど、仕方ないと思うっ!

だって、ほら、見てよっ!この鳥肌っ!


「キティ様にも、私にもっ!

何かしようものなら、即、エ・ンガ・チョだからねっ!

よく覚えておきなさいよっ!」


フンッと鼻息荒くそっぽを向くと、エリオットの、そんな〜という情けない声が聞こえた。


「なぁ、クラウス……。

エリオット様は、こんな方だったか?」


ノワールが小声でクラウスに耳打ちすると、クラウスは腕と足を組んだまま、心からどうでも良さそうに答えた。


「知らん」


そんなクラウスにも、エリオットはそんな〜と嘆く。


「もっとお兄ちゃんに興味を持ってよ〜。

シシリアも可愛いけど、お兄ちゃんはクラウスの事も愛しているんだよ〜」


情けなく縋るエリオットに、クラウスはプイッとそっぽを向いた。




王国に向かう豪奢な馬車から、男の啜り泣きが聞こえてきたと、近隣の農夫達の噂になった事は言うまでも無い……。

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