EP.10
呆然と空を見上げる私達を、目を細めて見ていた師匠が、パチンと指を鳴らすと、満天の星空がパッと消え、空が青に戻った。
「師匠にかかると闇の魔法もマジックショーか何かのようですね」
呆れたように呟くエリオットに、師匠が片目を瞑る。
「まぁ、闇だろうが何だろうが、ようは使い方次第という事よ。
しかし、闇属性が人々に畏怖されるのも、無理からん事でもある。
何せ闇属性持ちは常人には計り知れん魔力量を持つ上、高い確率でその己の力に飲み込まれ、魔へと堕ちる。
つまり、魔族と成り果て、魔王と呼ばれる存在になるな」
事も無げに淡々と語る師匠に、皆に再び緊張が走った。
魔族……。
……魔族とは、魔獣や魔物とは違う。
人型の高位種族。
身体能力、魔力共に人を遥かに上回る、脅威的な存在。
個体数は少ないが、一個体だけでも一国を滅ぼす力を持っている。
全ての魔族が特有の、魔王としての名を持つ。
数が少ないゆえ、王国では過去魔族が出現した例は無い。
それゆえ、情報や知識に乏しく、謎に包まれた存在。
その正体が、闇魔法に堕ちた闇属性持ちの成れの果て……?
驚愕に震える私とは違い、皆はそれぞれ汗を浮かべ、固唾を飲んで師匠の話に聞き入っていた。
「王国の起源となった元帝国の皇子も、闇属性を持って産まれた。
だが、彼は清廉な精神の持ち主で、聡明で思慮深く、帝国民に愛されていた。
それを快く思わなかった、皇子の兄で皇太子だった男が、即位して皇帝に就いた早々、皇子に勅命を与えたのだよ。
帝国と北の大国に挟まれた、不毛の地に国を興せ、とな。
まぁ、ていの良い厄介払いじゃな。
更には、今までその地に見向きもしなかった北の大国が、皇子が国を興そうとした途端に、その地に目を付け、我が領土にしようと攻めてきた。
あの国はの〜意地汚いからの〜。
作物もまったく育たないその地にそれまで興味も無かった癖に、人の物になるとなると、わらわらと湧きおって。
裏で皇帝と繋がっておったから、皇帝がその地で皇子を亡き者にしたかったのじゃろう。
皇子は仲間と北の大国の兵を退け、その地に王国を築いた。
更に皇子の伴侶であった、歴代最高の大聖女がその地に祝福を捧げ、不毛の地は緑溢れる肥沃な大地へと変わり、今に至っても豊かな恵みを人々に与え続けている。
それが王国の成り立ちなのじゃよ」
自分の国の成り立ちの深い所まで知る事になり、私は感嘆の声を上げた。
なるほどっ!
だから王国は帝国より緑豊かで、冬も厳しくないのかっ!
王国はいわば、パズルのピースの凸部分の様な形をしている。
あの、カチっとハマる部分ね。
北の大国と帝国に挟まれ、その部分だけ年中穏やかな気候に恵まれていたのは、大聖女の祝福を受けていたからだったんだ。
流石に、北の大国と面した(パズルとカチっと部分の境目ね)ローズ侯爵領は寒さ厳しいけど、今やそこも冬の一大リゾート地だしなぁ。
師匠の話に、クラウスが納得のいかない様子で声を荒げた。
「そんな事はどうでも良いっ!
その皇子と、師匠、あんた達は何故魔族に堕ちないっ!
何故、闇属性に飲まれないんだっ!」
必死の形相で師匠に詰め寄るクラウスを見て、隣でエリオットがボソッと呟いた。
「おやおや、本当にキティちゃんは良い仕事をしてくれるな〜。
あの子があんなに必死になるなんて」
その呟きを聞き逃さなかった私が、訝しげに見上げると、エリオットは要らんウィンクを寄越してきた。
花を背負うなっ!
ウィンクもすなっ!
それより、キティたんが、何だって〜?
下から眉間に皺が寄る勢いで睨み付けると、エリオットはツツツと視線を逸らした。
てめぇ〜。
キティたん絡みで良からぬ事を考えてんじゃないよなぁ?
そんな私達のやり取りを横目でチラッと見て、師匠はのほほっと笑い声を上げた。
クラウスも拍子抜けして、目をパチクリさせている。
「のほほっ!暁光暁光っ!
クラウス坊や、では逆に、お前さんは何故闇に堕ちない?」
師匠の問いに、クラウスではなく私が素っ頓狂な声を上げた。
「えっ!それってつまりっ⁈
クラウスが闇属性持ちって事っ⁈」
私の大声に、クラウスが嫌そうな顔をする。
レオネルは頭を抱えているし、ノワールは両腕を組んで深い溜息をつき、ジャンとミゲルはあちゃーっといった顔で天を仰いでいる。
ちょっ、コイツらのこの反応……。
まさか、知らなかったのは私だけっ⁈
隣でエリオットがニヤニヤしながら口を開いた。
「仕方ないよ、シシリア。
この事は、王家と一部の人間しか知らない、秘匿中の秘匿だからね。
シシリアがクラウスの婚約者候補序列一位だった頃なら、家柄も問題無いし?知る事も出来たんだよ?
でもシシリア、ま〜たくっ興味無かったじゃ〜ん」
あははっと笑うエリオットの足を、取り敢えず思い切り踏んでおく。
いでーっ!と足を押さえて飛び回るエリオットはこれで良いとして、問題はクラウスだ。
こいつがそんな危険な存在だったなんて……。
そんな奴にキティたんの周りをウロチョロさせてて、本当に大丈夫なのか?
じっとクラウスの様子を見ると、クラウスはこちらなど構ってられないのか、師匠から目を離さなかった。
「……俺は、魔法に制限がかけられているし、闇属性の力を使った事もない。
もし魔族に堕ちれば速やかに排除出来るよう、常にコイツらが付いて様子を見ているし、非常時の際には王国騎士団に連絡がいくようになっている。
……何故今まで生かされているのかは知らないが、今のところ闇に飲まれそうになった事は1度も無い」
慎重に師匠の問いに答えるクラウスに、私は口元を手で押さえた……。
えっ?
お前、そんな感じなのっ?
まだ12歳なのに……。
……排除って……。
おいっ、止めろっ!
そんなの、あかんやつっ!
私が堂々と同情しない訳が無いっ!
可哀想過ぎるでしょーーーがぁっ!
私がプルプルと震えていると、まだ痛そうに足を押さえながら、エリオットが乾いた笑いを浮かべた。
「あ〜ねっ、そうだよね。
君はそうなるよね……。
知ってた、知ってたけど単純過ぎて、やっぱり驚きを隠せないよ、僕は」
ぶつぶつ言っているエリオットの、無事な方の足を大地を踏み抜く勢いで踏む。
あぎゃ〜っ!と呻きながら転げ回るエリオットは、まぁ、そのままにしておいて、私は師匠とクラウスの会話に集中する事にした。
「なるほど?じゃが、闇属性の力は使わなければ魔族に堕ちないといった類の物では無いんだよ。
さっきも言ったが、闇属性を持って産まれた者は魔力量が規格外じゃ。
その膨大な魔力がやがて自身を蝕み、闇へと堕とす。
クラウス坊や、今のお前さんにその兆候さえも現れていないのはね、精神が非常に安定している、という事じゃ」
師匠の言葉にクラウスは目を見開いて、自身の胸を両手で押さえた。
「闇を抑えるには、物事にただ無関心でいてもいかん。
感情の昂りに左右される訳じゃないからね。
むしろ何事にも無関心で執着の無い者がもっとも危ない。
なにせ、闇属性持ちはその属性の特性ゆえ、感情に乏しい。
成長するにつれそれが顕著に現れ、やがて全てに無感情になった時、気が付くと闇に堕ちている。
面白い事に、皆魔族に堕ちた後の方がよっぽど感情豊かなんじゃよ。
まぁ、変わった力よな。
つまり、人でいる間に何でも良い、全てを凌駕するほどの執着を持つ事。
人でも国でも、何でも良いが、クラウス坊や、そんなものに心当たりは?」
悪戯っぽく笑う師匠に、クラウスは目をパチクリさせて、やがて頬をほんのり染めた。
「……ティ……俺には、キティがいる……。
心から、大切で、どうしても手に入れたい、女の子……」
キティたんの姿を思い浮かべているのか、クラウスの瞳が愛おしげに細められる。
その横顔を見て、私は師匠が白い空間で言った、クラウスは心配要らない、キティちゃんを生涯離さないだろう、という言葉がストンと胸に落ちてきた。
腑に落ちるとは正にこの事。
本当に、クラウスは心配無用だった。
コイツはヒロインになど見向きもしないだろう。
コイツは、コイツの世界は、キティさえいれば良いんだ。
それで全てが成立している。
きっと……。
クラウスは夢から覚めたように目をパチパチさせて、パァッと年相応の笑顔を見せた。
「ノワールっ!俺のこの気持ちをキティにいち早く伝えねばっ!
今週末……いやっ!今すぐだっ!
早速ローズ侯爵邸に向かおうっ!」
心から楽しそうなクラウスの両肩をガシッと掴み、ノワールが自分に向き直らせた。
そして、ポケットから穴の空いたコインに紐を結んだ物を取り出し、クラウスの目の前でユラユラ揺らす。
「気のせいです。良いですか……。
その気持ちは気のせいですよ〜。
貴方は今すぐ忘れます。
忘れるんですよ〜」
ゆっくりした口調で、揺れるコインに合わせて呪文のように呟くノワール……。
コイツっ!催眠をかけようとしてるっ!
催眠術使ってるっ!
「ちょっ、あれ、いいのっ⁈」
驚愕して2人を指差すと、ジャンが平気な顔で答えた。
「知らねー。たまにあーやってアレをクラウスにユラユラさせてっけど。
アレじゃね、キティ嬢に暴走しがちなアイツを鎮める何かなんじゃね?」
のほほんとした回答に、思わず後ろ頭に回し蹴りしたい衝動が起こり、それを抑えるのに必死になっている間に、ボーっとそのコインを見ていたクラウスが、ハッと我に返り、目の前のノワールに向かって首を傾げた。
「あれ?俺は……何かキティに伝えなきゃいけない事があったような……」
不思議そうに首を捻るクラウスに、ノワールがにっこり微笑む。
「いいえ、気のせいですよ」
そのノワールに、クラウスがそうか、と頷いている。
ラスボスーーッ!
クラウスの闇属性云々の前に、既にラスボスが目の前にいるんですけどっ?
何でコイツはスルーなのっ?
どう見ても、コイツが1番強くないっ?
ガクガクと震えながらノワールを指差し、エリオットを振り向く。
いつの間にやら復活していたエリオットは、師匠が爆撃した山を遠い目で見ながら、ボソッと呟いた。
「……クラウスの育て方、間違えちゃった……」
過保護なくらい、純粋培養されてきたんだな〜、お前……。
ちょっとクラウスに同情しつつ、私もエリオットの眺める山を遠く見つめた……。
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