EP.7

「ここに赤髪の魔女がいるのか?」


目の前のファンシーな建物を前に、ジャンが訝しげな声を上げる。


私達は無事に王国からの使者として帝国に出国した。

メンバーは、私、クラウス、ノワール、レオネル、ミゲル、ジャン。


帝国の王宮では、王国からの小さな使者として、丁重にもてなされた。

来訪理由に帝国の皇帝も興味を示してくれて、早速赤髪の魔女とアポを取ってくれたのだ。


で、帝国の東にある大森林、の奥にある赤髪の魔女の邸までやってきたのだが。

(王宮から直通の移動魔法で)


目の前の建物は、邸というより、小さな家。

市民が暮らす程度のもの。

更に、何か、見た目が……あれだ……。

これ、お菓子の家だ……。


煮られるかな〜。

お菓子で太らせた後、大釜で煮られるかな〜。

あっ、ヤベっ!

パン屑落としてくるの忘れてた。


そんな事を考えながら、ニヤニヤしていると、ミゲルがう〜んと首を捻りながら言う。


「確かにイメージしていた物とは違いましたが、ここに確かに赤髪の魔女の邸だと書いてありますし……」


ミゲルの指差した看板には『赤髪の魔女の邸はあちら↑』としっかりハッキリ書いてある。

それを見たノワールがにっこり花のように微笑んだ。


「じゃあ、間違いないね」


「いや、おいおい、ふざけんなよ?」


ジャンが額に青筋を立ててノワールに詰め寄る。


「赤髪の魔女っていったら、帝国でも右に出る者のいない、最強の魔法使いだぞ?

戦闘は好まないからもっぱら魔法の研究や発明をしているらしいが、本気になれば一国を滅ぼす程の力を持っているって話だ。

それが、こんなトンチンカンな家に住んでる訳ないだろっ?」


額に汗を浮かべて熱弁するジャンに、私は首を傾げた。


「何よ、あんたお菓子が嫌いなの?」


揶揄うつもりで聞いただけだが、ジャンはサーッと真っ青になる。

そんなジャンの隣でミゲルがポンっと手を打った。


「そうです。ジャンには姉上が3人いて、母上と4人でお菓子作りが趣味で、ジャンの家は毎日お菓子の香りが充満していますよね?

まさか、それが原因とか?

今まで気にした事はありませんでしたが、確かにジャンが甘いものを食べている所を見た事がありません」


ミゲルの言葉に、ジャンがますます青ざめる。


「ジャンは騎士の家系だからな。

苦手な物は弱点になる、と厳しく教えられ程る。

そのせいで今まで誰にも悟られないようにしてきたのだろう。

で、何故菓子が苦手に?

母君姉君の作る物に何か問題が?」


珍しくレオネルが優しい口調で聞いている。

どうやら同情している様だな。

まぁ、人に弱みを悟られない様に厳しく育てられるのは、公爵家も同じだ。


ジャンは口を尖らせ、言いにくそうに答えた。


「……別に、かーちゃんねーちゃんが作るもんは何でも美味いけど……。

それを味見だ試食だ実食だって、毎日大量に食わされるんだよっ!

しかも、女共に絶対服従してる父さんが断る事を許してくれないんだよっ!

更にそれで体が鈍くなったらいけないからって、食べた分地獄のトレーニングメニューが加算されるんだよぉっ!

父さんと2人で夜中までトレーニングして体を絞っても、次の日にはまた甘いもんがズラリと並んでやがる……。

不毛過ぎて泣けるだろ……流石に……」


唇を噛んで哀しみを堪えるジャン。


なるほど〜。

甘いお菓子が苦しいトレーニングに直結してる訳ね。

それで今や見るのも嫌、とそう言う訳か。


「あの家は食べるどころか、お菓子の中に飲み込まれるって感じだものね。

それで文句言ってた訳ね」


私の呆れ顔に、ジャンは絶望の顔をしている。

あっ、いらん想像させちゃった?

ごめんごめん。


「もういい、さっさと行くぞ」


私達があーじゃないこーじゃないと話していると、クラウスがくだらないとばかりに溜息をついてサッサと歩き出した。


何だよ、協調性の無い奴だな。


「ジャン、俺の側近ならそれくらい克服しろ。

砂糖の塊以下の奴に用はない」


チラッとジャンを見て、冷たい声で言い捨てるクラウスに、ジャンは悔しそうに顔を歪めた。


おいおい、このお坊ちゃん、マジかよ。

誰にだって苦手な物の一つや二つあんじゃねーの?

簡単に克服出来たら、誰も苦労しないよ?

今度こそ呆れてクラウスの背中を睨み付けていると、ジャンが自分の頬を両手でバシッと叩いて長い息を吐いた。


「しっ!もう大丈夫だっ!

悪かったな、ウダウダ足引っ張って」


照れたように笑うジャンに、ノワール、レオネル、ミゲルが優しく微笑む。


クラウスもよく見ると口角が微かに上がっているような……いないような……いや、よく分かんね〜なっ!

分かりづらいわっ!


まぁ、よく分からんが、コイツらはコイツらで分かり合ってるみたいで何より。

私にはまったく理解出来んがなっ!


先にスタスタと歩くクラウスに、レオネルが焦ったように声を掛ける。


「あっ!待て!クラウスっ!

赤髪の魔女の家の周りには、邪な想いを持つ人間を弾く、エ・ンガ・チョという特殊な魔法防壁が張られているんだっ!

迂闊に近付くなっ!」


そうだぞ、そうだぞ〜。

エンガチョされちゃうぞー。


なぁ……ネーミングよ……。



レオネルの声など知らん顔でスタスタ歩くクラウスは、とっくに家の玄関に着いてしまっていた。


おい、ちょっとくらい人の話を聞け?


レオネルがこめかみを押さえて眉根に皺を寄せている。

苦労するね、お兄ちゃん。


「大丈夫そうだね?」


いつの間にやらクラウスの側に立っているノワールがにっこり微笑む。


自由だなぁ……。



まぁ、取り敢えずエンガチョはされそうにないので、真っ青な顔色のジャンを連れて私達も後に続く。


こっちはまったく大丈夫そうでは無い。


ここは言い出しっぺが、という事で私が代表でドアをノックすると、扉がひとりでに動いて開いた。


おおっ!

魔女の家っぽいの早速キタっ!


ワクワクしながら中を覗くと、正面のテーブルの椅子に腰掛けて、呑気にお茶を飲んでいた人間が私達に向かって片手を上げる。


「やぁ、遅かったね」


「エ、エ、エリオットッ⁈」


素っ頓狂な声を上げる私を嬉しそうにニマニマ笑って見ているエリオット、の後ろで『ドッキリ大成功』と描かれた看板を持って立っている、16、17歳くらいの美少女……。


……なにこのカオス……。



「遠い所をよく来てくれた、王国の幼き使者殿達よ」


私達が固まってノーリアクションだったもんで、その美少女は持っていた看板をシュッと何処かに消して、ゴホンッと咳払いをしつつ、何事も無かったようにそう言った。


あっ、スベッたから無かった事にした。

無かった事にして初登場シーンをやり直そうとしてる。


私がジト〜とその美少女を見つめると、美少女は額に汗をかきながら、ツツツーと目線を逸らした。

都合の悪い時の大人の反応ですね、分かります。


ジト目で見るついでに、ついつい彼女を観察してしまった。


燃える様な赤髪に、白い肌、華奢な体躯。

大きな瞳はレッドゴールド。それが本物の金属の様に不思議に揺らめいていた。


彼女が……赤髪の魔女…?


まるで私の頭に浮かんだ疑問に応えるように、美少女がニヤリと笑う。


「そう、私が君達の探している赤髪の魔女だよ。

どうだい?この家は気に入ったかな?

子供達が遊びに来ると聞いたから沢山お菓子を用意しておいたんじゃ。

全て本物だからね、さっ、遠慮せずたんとおあがり」


人の良さそうな顔でニコニコ笑う赤髪の魔女に、ジャンが絶望の顔でその場に膝を付いた。


ああ、これ、好意で用意してくれてたんだ……。

たぶん、わ〜お菓子の家だぁ!夢みたいっ!

えっ?全部食べられるのっ?

わぁっ、わあぁぁぁっ!


……とかって純粋な反応を期待してたんだろーなぁ……。


が、私は特に甘党では無いし……。

他の奴らにしたって、甘い物が好きな奴は居ない……。

更にジャンに至っては、もう死にそうな顔をしている……。


シーーーン………。


思っていたのと違う反応に、赤髪の魔女が動揺し始める。


「ど、どうした?気に入らなかったのかい?

では、どんなお菓子が食べたかったのかな?」


めちゃ気遣ってくれる彼女に、流石に申し訳無くなってくる面々(クラウス除く)。


仕方ない……。

私が申し訳無さそうに口を開きかけたその時、エリオットがケラケラ笑いながら先に口を開いた。


「師匠〜、だから言ったじゃ無いですか。

子供だからとお菓子で喜ぶという思い込みは老人の悪癖だと。

この子達は甘い物がそんなに得意じゃないし、そこのジャン君なんかは、苦手を通り越してトラウマなんですよ」


エリオットの言葉に、赤髪の魔女は頭を抱えて天を見上げ、雷に打たれたが如くショックを受けている。


エリオットォ〜ッ!言い方ぁっ!

もっとオブラートに包めっ!


ギンっと私に睨まれても、エリオットは平気な顔でヘラヘラしている。


「そ、そうか……。ジャン坊や、悪い事をしたな……」


シュンと項垂れながら、赤髪の魔女が指をパチンと鳴らすと、途端に家がログハウス風に変わったっ!


すげーっ!魔法っ!すげーっ!!


ジャンが助かったとばかりに立ち上がり額の汗を拭うのを見て、赤髪の魔女は心底ホッとしたような顔をしていた。


「あの、赤髪の魔女様。

過分なご配慮を頂き申し訳ありませんでした。

私は王国のアロンテン公爵家のシシリアと申します。

この度は赤髪の魔女様にお願いがあって参りました」


私が挨拶を口にすると、赤髪の魔女はそれを手で制して、にっこり笑った。


「いやいや、君達の事は皆知っているよ。

王国の王子に貴族の子供達。

クラウス坊やに、ノワール坊や、レオネル坊や、ミゲル坊や、ジャン坊や。

シシリア嬢ちゃんの事も知っておる。

全部エリオット坊に聞いているからね。

さぁさぁ、立ちっ放しではなんだ。

皆でお茶にでもしよう。

座って座って」


赤髪の魔女にニコニコと促され、皆それぞれテーブルについた。


席につくと同時にフワフワとお茶の入ったティーカップが浮き上がって、それぞれの目の前に置かれた。


「さっ、お茶の準備も出来たね。

さっ、さっ、遠慮なく」


赤髪の魔女に勧められ、皆でお茶を頂く。


何故か勝手知ったる風で、エリオットが皆の前に茶菓子を置いていく。


えっ?てかこれ煎餅?

お茶もこれ、緑茶?


私が驚愕している隣で、ジャンが目を見開いて煎餅を貪っている。


良かったな、甘く無い茶菓子が出てきて。


一心不乱に煎餅に齧り付くジャンを、赤髪の魔女が孫を見るような目で、目を細めて見ていた。


いや、この人何歳?


そう言う私も、懐かしい味に夢中で煎餅に齧り付いていたが。


「シシリア嬢ちゃん、懐かしいかい?」


急に赤髪の魔女にそう聞かれ、私はゴクンと煎餅を飲み込んだ。

目を見開いて赤髪の魔女を見つめていると、優しく微笑まれる。


「ちょっと2人きりで話そうかね」


そう言って赤髪の魔女がパチンと指を鳴らすと、急に景色が真っ白に変わった。



何も無い、ただただ白い空間。

そこに、私と赤髪の魔女だけ。

驚いて辺りを見渡していると、赤髪の魔女がふふふっと笑った。


「シシリア嬢ちゃんは転生者だね?」


赤髪の魔女の言葉に、私は静かに頷いた。


「ふむ。では、嬢ちゃんがこの世界で何を成そうとしているのか、教えてくれるかい?」


優しい表情と声色に、私はこの人に全て話して教えを乞おうと決めた。


キティたんを助ける為に、赤髪の魔女は強力な力になると、私の勘がそう言っているような気がした……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る