EP.8

私は赤髪の魔女に今までの全てを話した。

赤髪の魔女は私が話し終わるまで、ただ黙って聞いてくれていた。


「なるほどねぇ……じゃあシシリア嬢ちゃんはそのキティちゃんを助けたくて、あの5人を私のところに連れてきたんだね?」


赤髪の魔女の問いに、私は大きく頷いた。


「はい、あの5人を攻略対象では失くすのが目的です」


そう、これが私の、い〜い事思いついちゃった〜の正体である。


私は攻略対象の5人をこちらに引き込み、戦力にしようとしている。

その為にわざわざ5人をここまで連れて来たのだ。


そもそも、あの5人はスペックが高い。

全員魔力量が高く、属性持ちだ。

レオネルは風属性。

ミゲルは光属性。

ジャンは火属性。

ノワールは水と土の2属性。

クラウスは水と火と風の3属性。


王国基準だけでは無く、帝国基準でも中々のスペックだと思う。

ってか、クラウスとノワールは飛び抜けている。


……まぁ?私の4属性カンストとは比べようもないけど?

チートですが何か?

命と引き換えよ?


そんな訳で、あの5人と組んで一緒に強くなれば、キティに何か起きた時に絶対に役に立つと思うのよねっ!


うっしっしっとほくそ笑む私に、赤髪の魔女が首を傾げた。


「私は申し訳ないけど、乙女ゲームやらに詳しく無いのだが、もしあの5人がゲーム通りヒロインに夢中になった場合、あの子達を強化すれば、それはそのままキティちゃんの脅威にならないのかい?」


そう言われて、私はハッと目を見開いた。


「なんじゃ、そこは考えてなかったのかい?

存外抜けた子じゃの〜」


赤髪の魔女にのほほと笑われて、自分の間抜けぶりに顔を赤くした。


そうだよっ!

もしあの5人がゲーム通りヒロイン側についたら、わざわざアイツらを強化したりして、キティたんを更に危険に追い込む事になったら……。

それ、私が原因じゃんっ!


アワアワと青くなる私に、赤髪の魔女が呆れたように溜息を吐いた。


「やれやれ、赤くなったり青くなったり、忙しい子だね」


呆れつつも優しい眼差しを向けてくれる赤髪の魔女に、恐る恐る聞いてみる。


「あの〜魔女様も転生者って事は、やっぱり何かの物語りやゲームの中に生まれ変わったんですか?」


私の問いに赤髪の魔女はますます首を捻って答えた。


「さっきも言ったが、私はもともと、その転生もの?とか何とかに明るく無くてな。

前世で娘がそういった漫画やらゲームやらが好きで、題名や表紙くらいは目にした事はあるが、それだけだよ。

シシリア嬢ちゃんの言う〈キラおと〉とかいうゲームもサッパリでね。

この世界がそのゲームの世界だと言われても、いまいちピンとこないね」


あっ、赤髪の魔女さん、前世で娘さんいたんですね……。

なんか転生ものって、若くして〜ってイメージがあるんで、意外です……。


「じゃあ、今までに不自然な状況を目の当たりにした事とか無いですか?

平民とか、貴族でも位の低い女性が不自然に高位貴族の男性と仲良くなったり、なんなら王族と結ばれたり……」


私の質問に、赤髪の魔女はポンっと手を打って目を見開いた。


「ああっ、そういえばそんな事があったねっ!

平民の娘が光属性の最上級クラスを持って生まれて、聖女として認定されたんだよ。

後ろ盾になった皇子と結婚したよ。

その皇子の側近の、高位貴族の息子達ともやけに親密だったね〜」


そ、そ、それっ!

もうめちゃくちゃお約束のやつじゃないですか〜〜っ!


「そうっ!正にそれですっ!

それが乙女ゲームの世界観なんですっ!」


鼻息荒く赤髪の魔女に詰め寄ると、彼女は困り顔で眉を下げた。


「なるほど、ああいった事かい?

……しかしあれは道理に反してはいなかったよ。

何せ彼女は聖女だから、王族だろうが何だろうが、好きな伴侶を選べる立場だったからね」


あ〜〜っ、ヒロインの格が違うのか〜っ!

う〜ん、良い線いってると思うんだけど……。


「それにシシリア嬢ちゃんは、これから現れるかも知れないヒロインを、今のところは何をどうしようってんじゃないんだろう?

攻略対象だろうが何だろうが、男女が惹かれあうのは自由だと思うがね。

まぁ、流石に身分が違い過ぎれば、よっぽどの事が無い限り、弊害はおきるだろうが」


赤髪の魔女のもっともな意見に、それでも私は頷く事が出来なかった。


「もしアイツらが攻略対象でなくなれば、もしかしたらゲーム自体が始まらないんじゃ無いかと、期待しているんです。

ゲーム自体始まらなければ、キティの悪役令嬢なんて役目は消滅して、死も免れるんじゃないかと思って」


私の言葉に、赤髪の魔女は難しい顔で首を捻った。


「なるほどの〜。

しかし、例えばキティちゃんの死が、キティちゃんに起因しているものだった場合はどうじゃ?

ゲームやらヒロインやら攻略対象やらは、全く関係無くなるぞ?」


えっ……?


今まで考えてこなかった新しい切り口に、目を見開いたまま固まってしまった。


「やはり、そこには思い至っておらなんだか。

私はね、ゲームやら何やらは分からないから、シシリア嬢ちゃんのように、その〈キラおと〉基準で物を考えられない。

キティちゃんの死因には変死が混ざっているからね、個人的な恨みや欲望が無いとは言い切れんと思うがね」


そ、そんな……。

それじゃ、ゲームをぶっ潰しただけじゃ、助けられないって事?


真っ青になる私に、赤髪の魔女が慌てて言い加えた。


「いや、じゃから、キティちゃんは転生者で、そのゲームのキティちゃんとは別人じゃろ?

誰かの恨みなど買わず、平穏に暮らす可能性もある、と私は言いたかっただけで……」


オロオロと私の顔を伺う赤髪の魔女には申し訳無いが、ショックがデカ過ぎて直ぐには返事が出来ない……。


だが………。

確かに、赤髪の魔女の言う事には一理ある。

キティはゲームのエンドにまったく関係無く死ぬのだ。


ゲーム制作上では、ヘッポコ過ぎて悪役令嬢としては役立たずでも、やはりエンドでは何らか酷い目に遭わせておこう、という製作者のただのやっつけ仕事だったのかも知れない。

だとしても、ゲームさえ始まらなければ助かると思い込んでいた。


例え、ヒロインが現れなくても、攻略対象達がこちらの味方だとしても、ゲームが始まらなくても、キティは誰かに恨まれ執拗に狙われるかも知れない……。


ゲームのストーリーに関係無く死が訪れるからこそ、そこはもとからゲームから切り離されているのでは……?


むむむっと私は唸る。


やはりアイツら5人の強化は必要だと思う。

例えゲームが始まって、あの5人の誰かがヒロインと結ばれたとしても、それはそれで放っとけばいいか……?


いや、クラウスは駄目だ……。


アイツは今はキティに夢中で、キティを婚約者に望んでいる。

彼女も彼女で頑張っているようだが、学園入学まで持つかどうか……。


婚約しないまま私達が入学して、その後ヒロインに出会い勝手に惹かれ合うなら問題ないが、入学前に婚約してしまえば、何が起こるか未知数になってくる……。


このままクラウスがキティに夢中でい続け、ヒロインに惹かれる事も無かったら?


いや、そんな事あり得るのだろうか……。


私はパッと顔を上げて、赤髪の魔女を見た。

彼女は唸る私を心配して見守っていたようで、まだオロオロとしている。


「魔女様、その例の聖女と皇子はどのように惹かれあったのですか?

他の貴族子息達の様子は?

彼女に出会って直ぐに惹かれていませんでしたか?」


私の質問に赤髪の魔女は、ふむと頷いた。


「確かに、聖女に出会って直ぐに彼女に惹かれ、彼女の後ろ盾になっていたな……。

ああ、シシリア嬢ちゃんはあの子達、特にクラウス坊やがヒロインの出現でキティちゃんから離れる可能性を心配しておるのじゃな?

ふむ、その辺は私は要らない心配だと思うがの。

クラウス坊やは、キティちゃんを生涯離さんと思うよ。

キティちゃんの意思とは関係無くな」


赤髪の魔女の言葉に、目を見開いた。

彼女は何か確信があるようで、その瞳には自信が満ち溢れている。


それは、一体どういう事なのか……。


真相を知りたくて口を開きかけるが、それを赤髪の魔女が手で制する。


「そろそろ、皆の所に戻ろう。

今の私の話の真相は、皆にも聞いて貰わねばならんからね」


「……はい」



何か深い訳があるのだろう。

赤髪の魔女の神妙な面持ちに、私は頷くしか無かった。



赤髪の魔女がパチンと指を鳴らすと、瞬きする間に私達は元の場所に座っていた。


目をパチクリさせ、周りを見渡すと、皆何も無かったかのようにお茶を楽しんでいる。


「ゆっくり話は出来ましたか?」


エリオットが赤髪の魔女に聞くと、他のヤツらは不思議そうな顔をしていた。


「まぁ、まだ2人で話す事は山とあるが、今回はこれくらいにしておこう。

のう?シシリア嬢ちゃん」


赤髪の魔女が私に優しく微笑み、エリオット以外の皆が首を傾げていた。


なるほど、今の時間は、他の人間にとって一瞬の出来事だったようだ。

誰も私と赤髪の魔女だけで別空間に移動して、2人だけの対話があった事など気付いていない……。


……いや……。


1人めっちゃこっちを訝しげに見てる奴いるやん……。


クラウス、お前は一体何なんだ。

野生か?野生の何かか?


エリオットもエリオットだが、クラウスもヤバい。



「さて、まずは君達が帝国に来た要件から片付けようか?

新しい剣の製作だったか……。

ふむふむ、ん〜……とっ、断る」


赤髪の魔女が何でもないように言った言葉に、その場に居た全員が固まった。


はっ……?

えっ……?



ややしてエリオットが深い溜息をつきながら、口を開いた。


「師匠ならそう言うと思いましたよ。

しかし、この子達の話くらい聞いてあげて下さい」


助け船を出すエリオットに、赤髪の魔女は口を尖らせて言い返した。


「だって私は、今までだって武器兵器の開発は全て断ってきたんじゃ。

そういった物騒なもんは好かん。

便利な家電とか、美味しい食べ物を開発していたいんじゃ〜」


子供のように拗ねる美少女……。

しかし口調は老人。


あっ……さっき年を聞いておけば良かった。


自分の失態に頭を抱えていると、レオネルがグイッと体を前に乗り出す。


「国民が魔法を持たない、我々王国にとって、新たな武器の開発は急務なのです。

帝国ほど魔物や魔獣の出没は多くはありませんが、それでも被害は無くなりません。

それに、魔女様が我が国の北の守りに結界を張って下さっているとはいえ、北の脅威が無くなった訳でも無いのです」


レオネルの言葉に、赤髪の魔女はプンスコと可愛く怒り出した。


「なんじゃ、なんじゃっ!

王国の北の結界は完璧じゃろ?

あそこから魔物や魔獣は入って来れんぞ?

それに北の守りは猛将名高いローズ辺境伯がガッチリ護っておるではないか!

だからこそ私はあそこに冬の一大リゾート地を建設したと言うにっ!」


……そう、かつて北の大国と隣接している土地をローズ侯爵家が賜り、圧倒的な武力で北の兵を薙ぎ払い、王国を代々護ってきた辺境の地……に、この赤髪の魔女が結界を張り、あろう事か冬のリゾート地に変えてしまったのだ。


ローズ前侯爵、今はローズ辺境伯となったキティたんのお祖父様と国王、そして赤髪の魔女が協力して、王家が運営する冬の一大リゾート地にしてしまった。


スキーやスノボ、スケートやスノーモービル等、冬のレジャーを取り揃え、随所に細かく魔法で快適に過ごせるアイデアが盛り込まれていて、毎年冬になると大盛況。


かつての、北の大国と隣接した緊張感漂う土地だった頃の見る影もない……。

我が家も冬になると毎年遊びに出掛けている。

なんなら冬の別荘も建てちゃってる……。


もうね、北へのディスりが半端ない。

ディスり方の規模が違う。


赤髪の魔女、国王、ローズ辺境伯、この3人にしてみたら、北の大国を指差して、や〜いや〜いっ!と揶揄ってるだけの事なのだろう……。


とんでもない世代だわ……。


「確かに、目に見える脅威はありません……が、小競り合いは絶えないのです。

魔物や魔獣を使役する北の軍勢に、魔力を持たない一般兵でも対抗出来る武器が、我々にはどうしても必要なのです」


尚も食い下がるレオネルに、赤髪の魔女はピクリと肩を揺らした。


「まったく……飽きもせずしつこい奴らじゃな……。

もう、焼き払うかの、北」


庭の雑草に向かってでも言うような赤髪の魔女に、エリオットが呆れて肩を上げる。


「それな力を使えば、流石の貴女でも堕ちますよ。

嫌ですよ、史上最強、最悪の魔王が爆誕するとか。

本当に迷惑です」


心底嫌そうなエリオットに睨まれ、赤髪の魔女はシュンと下を向いた。


「そうじゃな〜、皆に迷惑をかける訳にもいかんし……。

その、刀とかいう新しい剣の開発……。

仕方ない、強力するとしよう……」


2人の意味不明な会話は置いておいて、渋々頷く赤髪の魔女に、私はついさっき思い付いた事を口にする。


「あの、ではこういうのはどうでしょう?

魔物や魔獣、戦以外に使用する際は、付与した魔法が使えない、とか」


私の提案に、赤髪の魔女はほうっと顔を上げた。


「なるほどの、それなら刀とやらで無為な犠牲は出んな」


私は赤髪の魔女に頷いた。


確かに刀は最強の切れ味だが、その、切れ味のみを追求した故に、洋剣に比べて格段に脆い。

限定付与にすれば、魔法の効果の無い刀を、わざわざ使う人間はいないだろう。


「ふむ、では刀の件は今後シシリア嬢ちゃんと進めていくとして……。

さて、私に他にも頼みたい事があるのでは?」


赤髪の魔女のナイスパスをガッツリキャッチする為、ガターンッとその場で立ち上がり、私は大きく頷いた。


「はいっ!魔女様っ!どうか私達に魔法を教えて下さいっ!」


「なるほどっ!良かろうっ!

今日から私の事は師匠と呼びなさいっ!」


「はいっ!師匠っ!」


私達の芝居がかった会話に、皆ポカンとしていたが、いち早く我を取り戻したジャンが、焦るように声を上げた。


「いやいやいやっ、達って何っ⁈私、達っ?」


ちっ、なし崩しはやっぱり無理か。


更にノワールが、遠慮がちに口を開いた。


「僕とクラウスは、魔法ならそれなりに使えるから、遠慮しておくよ」


躊躇いがちに微笑むノワールに、赤髪の魔女が真っ黒い笑顔を向けた。


「ほぅ、私の指導を断れる程の、その、それなりに使える魔法とやら……。

とくと見せてもらおうか?」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

効果音付きの笑顔に、ノワールの顔色が、あ〜ヤバい、余計な事言っちゃったーっ、とばかりに青くなる。


「おい、魔法は強さに関係あるか?」


それまで何を考えているのか分からない無表情で黙り込んでいたクラウスが、急に口を開いた。


「当たり前でしょ?魔法が強ければ、討伐出来る魔物のランクも上がる。

討伐した魔物のランクが、そのまま自分の強さじゃない」


おっと、しまった。

当たり前とか言っちゃったけど、それって前世のゲームとかでの話だった。


恐る恐る赤髪の魔女を見ると、無言で頷いている。


あっ、良かった。

この世界でも通用するみたいだ。



「なら……やる」


クラウスの一言で、全てが決まった。


ノワールは面倒臭そうに溜息を吐き、他3人は頭を抱えている。



よっしゃっ!

クヨクヨすんな?

滾っていこうっ!!

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