EP.3
例のお茶会の後、私はずっと考え続けていた。
今は自室をぐるぐる歩き回りながら、考え込んでいる最中。
前世最推しのキティたんが、私と同じ転生者である事が分かった。
彼女も彼女で、何しても死んでしまう自分の運命に抗っているようだ。
周りの反応を見るに、あの努力は昨日今日のものじゃない。
さり気なくアイツらから探った情報によれば、キティたんのあの厚い前髪で顔を隠すスタイルは、7歳の頃かららしい。
つまり彼女は、最低でも3年前には転生者として覚醒している。
で、たぶん、まずは見た目からキティたんとは違うものにしようと思い付いたのだろう。
キティたんのトレードマークであるツインテを封印し、前髪を厚く伸ばして顔を隠す。
確かにこれだけでも、随分キティたんから遠のく。
現にファンの私の目さえ欺いたのだから、見事なものだ。
その後も色々と探った結果、彼女は原作キティとはほど遠い人物である事が分かった。
まず、我儘や癇癪とは無縁。
クラウスや他の攻略者達からも大事に扱われる程、心根の優しい令嬢であるようだ。
それから、学業に真面目に取り組んでいるらしく、既に才女の片鱗を見せているらしい。
彼女が師事している教師は、王立大学でも教鞭を取っている、ロベール教授とリーコネン教授。
それにマナー教師のグローバ夫人。
この御三方は、王族教育のスペシャリストだ。
王族やそれに連なる高位貴族だとしても、それに値しない人間は早々に教育を断られる。
更に、その事で処罰される事は無いと規約まである、高名な教育者。
今、この御三方に師事出来ているのは、私とクラウス、そしてキティたんの3人だけ。
彼らをローズ侯爵家に紹介したのはクラウスの仕業らしいが、そもそも紹介されただけでは彼らから教えを乞う事は叶わない。
御三方に認められた時点で、時期王子妃は確定したと言ってもいい。
現に、算術、幾何学、天文学、文法学、修辞学、論理学など優秀な成績を修めている。
これに加えて最近、他国との交渉術、人身掌握術、帝王学も学び始めたらしい。
まぁ、この辺は学び始めたばかりという事もあるが、あまり成績が振わないようだ。
性格にもよるしな〜。
ちなみに私はその辺、アホみたいに成績が良い。
チートスキルもあるが、単純に自分の得意分野だからだ。
まぁ、そんな事は今は置いといて。
彼女は学んだ事を貪欲に取り込み、ほとんど邸に引き篭もって勉強漬けの毎日を送っているそうだ。
もうこれで、原作キティたんとはまったくの別人確定。
キティたんは、勉強嫌いのアホな子。
語彙力も低く、ヒロインへの暴言も幼稚園児並みと好評だったのだ。
それに、原作キティは初等部から学園に通っていた。
つまり、邸で家庭教師とガッツリ勉強をしていたタイプではない。
学園での授業を堂々とサボりまくり、初等部、中等部と輝かしい劣等生への道をひた走る。
高等部に上がる頃には揺るぎない、確固たる立場を築いていた。
劣等生としての。
そこからはただキャンキャン言って死ぬ訳だが………。
キティた〜〜〜んっ!
ただただバカ可愛いだけなのに、あんまりだっ!
そんな原作キティとかけ離れた存在である彼女。
彼女はまず、間違いなく、この〈キラおと〉の世界を熟知している。
それ故のこの3年間の努力の賜物が、この前会ったあの姿なのだろう。
つまり彼女はハッキリと、悪役令嬢である役割を拒否しているという訳だ。
それが示す道はただ一つ、自分の死を回避する事……。
でもなぁ……。
こんな事は、本人が1番良く分かっているのだろうが、彼女の死は悪役令嬢から外れたくらいでは回避出来ない類のものだ。
原作キティが異例の悪役令嬢と言われた所以が、何せそれなのだから。
悪役令嬢としてはヘッポコなくせに、全く関係なく死ぬんだよな〜。
お約束の婚約破棄からの断罪や、断頭台、国外追放が無い代わりに、勝手に死んじゃうんだよな〜。
いくら彼女が見た目を変えて、勉学に勤しみ、キティたんから遠い存在になったところで、その運命からは逃れられないかも知れないのだ。
私はこの間の彼女の様子を振り返ってみた。
彼女は常に皆から一歩線を引いた付き合い方をしているように思えた。
兄であるノワールに対しても、それは変わらなかった。
彼女はやがて訪れる自分の死を予期し、人とあまり積極的に関わろうとしていないのではないだろうか?
例えば、万が一にも、自分の死に誰かを巻き込まないように……。
また、親しくなり過ぎて、自分の死を哀しむ人間が増えないように……。
そんな風に思っての行動だとしたら……。
なんだよっ!チクショーッ!泣かせるぜっ!
これも同じ転生者のよしみだっ!
私が陰ながら、彼女の死ぬ運命を回避する手助けをしてあげたいっ!
そう思い立ち、私は我ながら、おおっと目を見開いた。
そうだ、そうだよっ!
前世最推しのキティたんっ!
どのルートを頑張って攻略しても、最後何やかんやで死んじゃって、何度悔しい思いをしたかっ!
それを知っている私だからこそ、出来る事があるじゃんっ!
そんで私達、末永く幸せに暮らせば良くない?
夢の友情ENDっ!
これもう、有り寄りの有りっ!
私は自分の考えに興奮しきり、身体中が沸騰しそうだった。
うおぉぉぉぉっ!滾るっ!
私の中の、無駄になりかけていた俺TUEEEEっ!が滾りまくるっ!
なにせ私はこの世界の4属性カンストに加えて、ビジネススキル持ちっ!
やったるぜっ!
必ずキティたんを残酷な死から守ってみせるっ!
やったぜ!かあちゃんっ!
明日はホームランやーーーーっ!
『あんたの、そーゆーところよ〜』
かあちゃんの嘆く幻聴が聞こえた気もするが、滾りきった私はもう、止まらないっ!
急にこの世界に光が差した気がして、私は小躍りしながら部屋中を駆け回った。
気が済むと、部屋のソファーにストンと座り、ふ〜むと頭を捻る。
さっき調度品の角にぶつけた足の小指が痛い……。
いや、そんな事はどうでも良いが。
物事は、まずは整理して、分析から始めなければ。
まず、キティたんの死因は5パターン。
ノワール→事故死。
ミゲル→病死。
レオネル→絞殺。
ジャン→刺殺。
そして、クラウス→自殺。
上2つは、どうにか回避可能に思える。
ノワールルートの事故死だが、これはヒロインとの同居を嫌がったキティたんが家出して、馬車が転落して死ぬ。
しかし、今の中身の彼女ならどうだろう?
彼女はストーリーも知っているし、ヒロインを拒否しないのではないか?
なら、家出もそれによる馬車の転落死も消滅する。
次に、ミゲルルート。
これは、病死なので、ミゲルが責任を持って治癒をすれば良い。
はい、終わり。
原作では何故かミゲルの治癒を受けられず死んでいるが、今の彼女なら、まず間違いなくミゲルは全ての力を持って救おうとするだろう。
さて、レオネルルートとジャンルート。
これが厄介だ。
絞殺と刺殺。
どちらも他殺とハッキリはしているが、その謎や犯人すら、明らかになっていない。
更に、問題のクラウスルート。
これは自殺なので、1番回避可能に思えるが……。
これがそうはうまくいかない。
確かにキティたんはクラウスに執着していて、本当に好きだったのは間違いない。
……が、だからって、死ぬか?
原作ではヒロインと結ばれた王子の姿を見ている事に耐え切れず、自殺した。
と、説明されるが、いやいやいや。
キティたん、そんなキャラじゃない。
それならまだ、ヒロインと王子の結婚に地団駄踏んで足を滑らせて大理石の床で頭打って死んだ、って言われた方が納得がいく。
この、キティたんらしくない死因は、キティたんファンを1番騒つかせた。
様々な考察が飛び交い、実は自殺に見せかけた暗殺ではないか、とまで言われている。
もし、この考察があながち間違いでなければ、大変な事になる。
自殺だから、しなければ良いだけ、とたかを括っていられないのだから。
しかし、それを言えばノワールとミゲルルートだって怪しくなる。
どちらも死を偽装された他殺になり得るのだ。
そうなると、話がだいぶ違ってくる。
例えば、ミゲルルートの病死。
これが、治癒の効かない特殊な毒なんかで、病死と偽装されていたら……。
だとしたら、原作ではミゲルは助けなかったのでは無く〝助けられなかった〟という事になる……。
ふ〜む。
これは中々手強い。
更に、懸念材料はまだある。
それは彼女が現在、クラウスの婚約者候補序列1位だということだ。
調べたところによると、彼女は齢6歳にしてクラウスに目を付けられている。
所謂、クラウスの一目惚れというやつだ。
それから毎年、クラウスは彼女の誕生日前に、ローズ家に縁談を申し込んでいる。
それをローズ侯爵が、お前なんぞに娘はやらんっ!と打ち返しているらしいが(すげーな、ローズ侯爵)王家からの縁談をそういつまでも断り続ける事は、不可能だろう。
だとすれば、だ。
いずれ彼女はクラウスの正式な婚約者になる。
そうなれば、懸念している事が現実になるかも知れないのだ。
すなわち、婚約破棄からの断罪ルート。
原作には無いそれが、発生する恐れが出てくる。
原作クラウスには婚約者候補はいたが、正式な婚約者はいなかった。
それゆえ、ヒロインに出会ってイチャラブが始まっても、浮気野郎では無かった訳だ。
それが、彼女の出現で変わってしまうかも知れない……。
とはいえ、大事なのは彼女自身の気持ちはどうなのか、という事。
もし彼女がクラウスの婚約者になる事を望んでいるとしたら、ヒロインとのイチャラブを全力阻止からの、他の攻略者に誘導など、打てる手はあるが……。
この前のお茶会での、クラウスの膝の上でプルプル震えていたチワワ…いや、彼女の姿を思い出し、私は1人首を振った。
……あれは完全にビビり散らしていたな。
彼女もこのままいけば、婚約破棄からの断罪ルートの可能性に気付いているのだろう。
もしくは、他に想う相手がいるか……?
いや、その可能性は低い。
彼女は無意識だろうが、クラウスを随分意識していた。
あれはたぶん〝推し〟だな。
原作に無いショタクラウスの姿を一瞬でも逃すまいとする熱量が物凄かった。
つまり彼女は、クラウス推しではあるが、婚約者になって断罪ルートを進むのは御免被りたい、と思っている訳だ。
なるほど、彼女を救うのは本当にハードルが高そうだ。
そもそも、原作キティは悪役令嬢らしく、その最後は多くは語られない。
一部キティファンが騒ぎに騒いでも、制作サイドの説明はついぞ無かった。
なので、ゲームの知識だけでは回避は無理だ。
それに加えて、今は婚約破棄からの断罪ルートも懸念しなければならない……。
だとしたら、まずは情報を得る力。
それから、単純に物理的な強さ。
あとは勿論、魔法だっ!
これらを後5年以内に全て揃えておかなければいけないな……。
さて、どうするか……。
あっ!そうだっ!
私はピコンッと思い付き、ニンマリ笑った。
い〜い事、思いついちゃった〜。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます