EP.2
目の前の、王子の膝の上でプルプル震える生き物を、私はまじまじと見つめ続けた。
これ……が、キティたん?
あの、傲慢で我儘でおバカなキティたん?
何でもかんでも噛みついて、キャンキャン吠え回る、キティたん?
チワワがオールド・イングリッシュ・シープドッグになってるんだけど、何これ?
そのオールド・イングリッシュ・シープドッグ、いや、違った。
キティたんかも知れないその美少女は、びくびくオドオドと私の事を伺っているようだった。
何せ顔の半分が厚い前髪に隠れているもんだから、表情が分からない。
「何を見ている?」
刺すような冷たい声に、私はオールド・イングリッシュ・シープドッグを抱えている少年、クラウスを見た。
「それは、見るでしょう。
貴方がキティを膝から降ろさないからです。
普通のご令嬢なら、不思議に思って当然です」
こちらの不機嫌そうな声は、クラウスの隣に座っているノワール。
ノワールは冷たい冷気を纏って、クラウスを横目で睨む。
そのノワールの態度に、クラウスは余裕でニヤリと笑った。
……可哀想に。
クラウスの膝の上で、キティたんはワタワタオロオロしている……。
このガキ共っ!キティたんが困ってんでしょーがっ!
私はその場を制するように、咳払いを1つして、キティたんの前髪に隠れた瞳を覗き込むように見つめ、優しく話しかけた。
「失礼致しました。私、アロンテン公爵家のシシリアと申します。
キティ様、どうぞお見知りおき下さいね」
私がそう言ってにっこり微笑むと、キティたんはほっとした様に、口元だけ笑った。
「シシリア様、ありがとうございます。
このような不躾をどうぞお許し下さい……。
今日は御招き頂きありがとうございます」
落ち着いた挨拶に、私はますます混乱した。
原作キティでは、決してこんな挨拶は出来ない。
原作キティなら『私が来ているのに何で1番に挨拶に来ないのよっ!私は第二王子の婚約者候補で、偉いのよっ!』
って感じだ。
グフッ、かわゆす。
それを、元婚約者候補序列一位に言っちゃうとことか、偉いって自分で言っちゃうとことか、ただただアホ可愛い。
しかし、目の前のキティは非常に落ち着いていて、その奇抜な前髪と座っている場所以外は、高位貴族のご令嬢然としている。
ってか、王子。
おい、王子。
いつまでキティたんを膝に乗せてる訳?
私だって抱っこしたくて、さっきからウズウズしているのだが?
そもそもな〜。
私の方がキティたんより身分が高いから、キティたんからは挨拶出来ないんだが?
更に私より身分の高いあんたが、先に紹介するのがマナーじゃねぇの?
『何を見ている?』キリッじゃないんだわ。
キティたんが困ってんのに、気付いてなかったんかいっ!
あと、お前の膝でプルプル震えてんだから、明らかに怖がられてるだろーが。
怖い思いさせてんでしょーがっ!
何、平気な顔でそのフワフワの髪に顔を埋めてんだ?
あっ!ちょっ!
スリスリしてるっ!
あっ!
ハムハムしてるっ!
更に、スンスン嗅いでるっ!
ふ、ふ、ふざけんなヨォ。
早く私にもナデナデさせろヨォ。
羨まし過ぎんだヨォ。
泣いてねぇヨォ……。
私は内心血の涙を流しながら、クラウスに向かってニッコリ微笑んだ。
「クラウス様。キティ様がお困りじゃないかしら?
私達は、立派なレディですのよ。
もう、そのように膝に乗せられてお茶会に参加するような歳ではございません。
お弁えになったらいかがかしら?」
私の言葉に、キティたんがフンスフンスと頷いている。
くっ、何だその動きは、か、可愛い。
だがクラウスはしれっとした顔で言ってのけた。
「構わん、ここはキティの定位置だ。
お前こそ弁えろ」
あ゛あ゛っ⁈
やんのかよ、ゴルァ。
一触即発、笑顔の奥で青筋を立てて、私はクラウスをニッゴリ微笑んで見つめた(睨んだ)。
バチバチと火花の散る不穏な空気に、他3名もわらわらと集まってくる。
「シシリア、気持ちは分かるが、こいつに何を言っても無駄だ」
レオネルがこめかみを押さえながら言う。
頭痛持ちのレオネルの癖だ。
ちなみに、眉根を押さえるバージョンもある。
「そうそう、クラウスは常にキティ嬢を持ち歩きたいのを我慢して、週末だけこうして会ってるから、側にいる間は常にこの状態なんだわ」
ジャンが呆れた様子で溜息をつきながら、クラウスを見ている。
「ですが、こうして週末にキティ様をしっかり充電させておかないと、使い物にならないんです。この人。
大変気にはなるでしょうが、どうか大目にみてくれませんでしょうか?」
ミゲルが祈るように手を組み、私に訴えてくる。
ふむ、こいつらの言いようでは、この状態は既に仲間内ではデフォルトになっているようだ。
しかし、妙だ。
原作では、クラウスはキティを良くは思っていない。
側近のノワールの妹であるキティは、幼い頃からこの4人とは幼馴染の関係にある。
だが誰も(実の兄であるノワールは除くが)キティの事を快くは思っていなかった。
特にヒステリックな女が苦手なジャンとミゲルは、キティへの当たりもキツい。
クラウスは王子然として、キティを邪険にはしないが、疎ましく思っていた筈だ。
それが、どうだ。
クラウスはキティを膝に抱いてご機嫌だし、他の3人も大事な幼馴染としてキティを扱っている。
ノワールは原作でもキティを妹として大事にしていたが、今や王子に不敬な態度を取るくらいのシスコンだ。
一体、何があったのか?
……私はふと、1つの考えを思いついた。
それはとても自然に、私の中にストンと収まる。
……この考えが、もしも合っているとしたら……。
直ぐにでも確証が欲しくて、はやる気持ちを抑えながら、私はゆっくりと小首を傾げた。
「あら?ノワール様、まつ毛が目に入りそうですわよ?」
私の言葉に、ノワールが自分の目を触りながら聞いてきた。
「えっ?どこですか?」
ゴシゴシ目を擦るノワールの手を掴んで、クラウスがノワールの顔を覗き込んだ。
「待て、擦るな。俺が見てやる」
よく見ようとクラウスがノワールの顔に更に自分の顔を近づけた瞬間……。
「ショタ絡みクラウス×ノワール……尊い……」
キティたんが誰にも聞こえないくらいの小さな声でボソッと呟いた。
もちろん私はそれを聞き逃したりしない。
ハイッ!確定ーーーーっ!!
この子も転生者だわっ!
ビシィッと指差したいのをグッと堪えて、私は自分の考えが的中した爽快感を噛み締めた。
やっぱりっ!やっぱりねっ!
ビジュアルが変わっているのも、周りの態度が違うものになってんのも、この子が転生者、で、たぶん〈キラおと〉の事も熟知しているからだわ、たぶん。
〈キラおと〉2大悪役令嬢が揃って転生者なんてね……。
私はニヤリと密かに笑った。
このゲームも面白くなってきたんじゃない?
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