EP.4

突撃!王立騎士団鍛錬場っ!


私は腰に手を当て、懐かしい鍛錬場の空気を吸い込んだ。


うん、埃っぽいし汗臭い(当たり前)。

アイツら攻略対象者供が、毎週この時間に王立騎士団の鍛錬場で、猛将と名高いローズ侯爵に鍛えてもらっている、という情報を掴んだ私は、早速こうして混ぜてもらいに来たのだっ!


滾るぜっ!この空気っ!

私は拳をベキベキ鳴らして、ニッと笑った。


「しっ!やるかっ!」


「でも、シシリアには危ないよ〜」


急に隣から聞こえてきた呑気な声に、ビクッと飛び上がり、咄嗟にその場から距離を取って構えた……。


「……なんだ、エリオットか」


私は構えを解き、腰に手をやり地面に向かってハァ〜と溜息を吐いた。


そこにいたのは、この国の王太子、エリオット・フォン・アインデルだった。

エリオットは私より5歳年上。

クラウスの3歳上の兄だ。

このアインデル王国の第一王子で、王太子。

つまりこの国の次代の王となる人間。


クラウスの輝く様な金髪とは違い、エリオットは透ける様な淡い金髪。

それを一つに結んで、肩に垂らしている。

瞳の色は逆に濃いロイヤルブルー。

彫刻のような美しい顔をしている。


流石兄弟だけあって、2人は顔だけはよく似ている。

が、纏う雰囲気が真逆なので、2人を見間違う人間はいないだろう。


誰に対してもツンツンしているクラウスとは違い、エリオットは常に笑っている。

切れ長の瞳を、たまに糸目に見えるくらい細め、口角はどんな時も上がっていた。

礼儀正しく物腰も柔らかい、教養があり、品行方正、正に理想の王子様といった雰囲気。

むしろクラウスより、エリオットの方が〈キラおと〉に出てくる王子様役に当てはまる気がする。


で、コイツはシシリアのストーカーだ。


前世の記憶が戻る前から、私は私のままだったので、思考回路や行動なんか、実は今とさほど変わらない。

まぁ、私が産まれ変わっただけなんだから、当たり前といえば当たり前だ。


勝手に馬に乗って遠乗りしたり、木に登ったり、部屋から脱出したり、街に降りたり、そこで市井の子と殴り合いの喧嘩になったり、と。

まぁ、概ね前世の子供時代と変わらない生活をしていた。


の、だが。

このエリオット、そのどれにでも〝居た〟。


勝手に馬で遠乗りに出掛けた時は、ひゃっほ〜いっ!両手放し〜!って遊んでると、『シシリア〜危ないよ〜』と、居る。

いつの間にか、馬を並走されていて、私の馬の手綱を掴まれそのまま公爵邸に連れ戻された。


木登りで天辺に到達し、うぇ〜いっ!とやってると、『シシリア〜危ないよ〜』と、木の下に、居る。


その後、父親にしこたま叱られて、自室に閉じ込められ、シーツを繋いだロープで部屋から脱出していると、居る。

やっぱり、居る。

丁度真下の部屋のバルコニーで、両手を広げて構えていた。


街に降りた時も、当然のように、居た。

街の子供に見えるように変装して、しかも男の子の格好で、泥だらけになって街の子と喧嘩し、勝利した所で、気付いたら隣に、居た。


私は、もうコレは〝居る〟ものと諦めて、気にする事は辞めたが、前世の記憶を思い出した今なら分かる。


コレはストーカーという生き物だ。


残念ながらこの世界にストーカー規制法は無いし、そもそもこの国の王太子だから、牢屋にぶち込むとか無理。

結局、ストーカーと認定しても、現状は何ら変わらないので、野放しにしておくしか無い。

正直、今のところ害は無いので、色々面倒だし、まぁ、いいか、というのが本音だ。



「あんた、邪魔しないでよね」


ギラリッと睨むと、エリオットは意外そうに片眉を上げた。


曲がりなりにもこの国の王太子に〝あんた〟呼びをしたのはこれが初めてだったが、ストーカーと認定した今、人目のない所でまで〝様〟付けで呼ぶ気にはなれない。


「何をする気かは知らないけど、程々にね〜」


エリオットはヘラリと笑った。


胡散臭いストーカー野郎だっ!

私はフンッとそっぽを向いて、ローズ公爵の所までスタスタと歩いて行く。



「ご機嫌よう、ローズ将軍閣下」


スカートの裾を摘んで礼をすると、ローズ侯爵は驚いた顔で私を見た。


「シシリアちゃん、こんな所で何してんのっ⁈」


そりゃ、驚くだろう。

貴族の令嬢が、王立騎士団の鍛錬場にいるのだから。

前世、剣道の師範代だった爺ちゃん(父ちゃんの方の)に道場でしばき倒されていた私ならともかく、普通の令嬢はこんな所には来ない。


ちなみにローズ侯爵はこの王立騎士団の将軍で、めちゃんこ強い。

前ローズ侯爵が王立騎士団の将軍職を引退して以来、実質この国トップの強さを誇っている。


最強の名を欲しいままにしている騎士団将軍っ!

近くにいるだけで、滾るっ!


ローズ侯爵は私の背後にピッタリ引っ付いているエリオットに気付き、直ぐに騎士の礼をした。


ちっ、こんな奴にそんな敬意を払わんでいーのに。

無駄に位の高いストーカーだから始末が悪い。


「それで?何でシシリアちゃんがこんな所に?」


首を捻って不思議がる仕草がいかつ可愛い、ルイス・ドゥ・ローズ侯爵(39)。

深い色をした赤い髪を短く刈り込んだ、精悍な印象の美丈夫。

目の色は濃い青で力強い切長の瞳。


そう、何を隠そう、キティたん(とノワール)のお父上なのだっ!


筋肉隆々のゴツいおっさんの娘が、まさかあの可憐で華奢なキティたんだとは、誰も思うまい。

キティたんとノワールは、ローズ侯爵夫人に似たんだろうな〜。


ちなみにうちの父親とローズ将軍は幼馴染の親友なので、将軍は私の事をシシリアちゃんと呼ぶ。

まぁ相手がいつも通りであれば、こっちも無理して淑女ぶる必要もなかろう、と私はにっこり笑って将軍に答えた。


「私も、ルイスおじ様に剣の稽古をつけて頂きたく、参りました」


可愛くて首をコテンと傾げてみたが、将軍は石像の様に固まって動かない。


おい、サービスしてやったのに、何だその反応は。


私は内心ブスっくれた。

そりゃ、毎日あの可愛いキティたんを見てりゃ、よその子のあざと可愛い攻撃など効かんだろうが。


「な、な、何を言ってるんだっ!シシリアちゃんっ!

君のような小さな令嬢に剣など持たせられる訳ないだろうっ!」


目を見開き驚愕の声を上げる将軍。


あっ、固まってた理由はそっちか。

この世界の女の子ってのは、面倒で仕方ないぜ。


「あら?でもおじ様?私はただの令嬢では御座いません。

アロンテン公爵家の長女で、第三王子フリード様の婚約者ですわ。

いついかなる時も物事を早急に収められるよう、護身術くらい身に付けておかなければ」


キリッと答えると、将軍はオロオロしている。

恐らく、小さな令嬢はキティたんくらいしか知らない為、女の子の定義がゲシュタルト崩壊でも起こしているのだろう。


「いや、でも……この事をジェラルドは知っているのか?」


やはりオロオロしている将軍に、待ってました、とばかりにニヤリと笑う。


「お兄様、お父様はお兄様がこちらでローズ将軍に教えを乞う事について、何と仰っていましたか?」


急に話を振られ、レオネルは多少動揺しつつも、ふむと頷いて答えた。


「父上は、アロンテン家の者なら求める全てを修めよ、その事について自分の承諾は今後不要だ、と仰っていたが……」


そこまで言って、やっとレオネルは自分の失態に気付き、額に汗を浮かべた。


ケッケッケ。

胸の中で笑いながら、私はにっこりローズ将軍に微笑んだ。


「この様に、お父様からは既にお許しを頂いております。

私もアロンテン家の人間。

お父様は求める全てを修めよ、との事ですので」


加えて可愛らしく小首を傾げれば、将軍は目を丸くした後、大口で豪快に笑った。


「だーっはっはっはっはっ!

あのジェラルドをやり込めるとは、シシリアちゃん、なかなかやるなっ!

よしっ、分かったっ!

シシリアちゃんも仲間に入れてあげよう」


よしっ!

将軍の言葉に胸の中でガッツポーズする。

しかし、レオネルが焦った様にオタオタして、ローズ将軍に向かって声を上げた。


「待って下さいっ!いくら何でもシシリアに剣などっ、むがっ!」


言わせねーよっ!

すかさずレオネルの口を両手で塞ぐ。


「ただ、俺の試験に通れば、の話だけどな」


将軍がそう言って、ニヤリと笑った。



ほう、そうきたか……。

流石にそう簡単にはいかないか。


私は再び将軍に向かってニッコリ微笑む。


「ええ、もちろん、受けさせて頂きますわ、その試験」


最後、ギラリと瞳を光らせると、将軍は楽しそうに笑った。


「なるほど、いい目をする。

では、そうだな……。

よしっ!ジャンッ、前に出ろ」


ボケっと事の成り行きを眺めていたジャンは、いきなり名指しされて、目を見開いて驚いていた。


「将軍っ!俺ですかっ⁈」


素っ頓狂な声を上げるジャンに、将軍は木刀を投げて、顎でこちらにくるように指示を飛ばした。

木刀を片手で受けて、ジャンは渋々こちらに向かってくる。


「年下の女の子の相手なんて、どうすりゃいいか分かんねっスよ」


ぶつぶつ文句を言うジャンの襟首を掴んで、将軍は今度はこちらに木刀を差し出してきた。

それを受け取りながら、私はニヤリとジャンに向かって笑いかけた。


すまんな、ジャンとかいう生贄よ……。

私の夢への礎になって消えてくれ。



「これより2人には打ち合ってもらう。

体のどこでも良いから、先に相手を地面につかせた方の勝ちだ。

シシリアちゃんが勝てば、鍛錬の仲間に入れてあげよう。

しかし、ジャンが勝てば、シシリアちゃんにはこの鍛練場への立ち入りを一切禁じさせてもらう」


厳しい口調でそう宣言する将軍に、私は内心ほくそ笑んだ。


オイオイ、マジでいいの?

条件がチョロすぎて、逆に申し訳ないのですが……。



レオネルがコソッとジャンに耳打ちをしていた。


「ジャン、悪いが最大限手加減をしてくれ。

あんなのでも一応は公爵家の令嬢だからな。

傷をつけるなよ?」


「おいおーい、俺が女の子相手に本気を出す訳ないだろ。

まぁ、適当に相手して終わるからさ」


ガキ2人の生意気な会話を優しくスルーして、私は木刀を握った。


さて、こちらも本気を出すのは大人気ないしな。

軽く払って終わらせてあげよう。


将軍からの条件が思っていたより易しかった事に、私は上機嫌だった。



さて、有言実行。

言った事は必ず守ってもらいますよ、ショーグン?


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