第8話 『自分よりも詩様。常に詩様中心で考えろ』
さっきのノックの音は幻聴か? きっとそうだ。そうじゃないと、こんなご都合展開があってたまるか。ただ、嬉しそうな顔を浮かべる如月さんの顔を見る限り、幻聴ということはなさそうだ。
「どうぞ」
「失礼します」
どこかで聞いたことがある声だ。
「あっ」
思い出したのと同時に扉が開く。
予想通り、この声の正体は西條詩さんだった。いつも笑顔な彼女とは打って変わって、どこか不安げな表情を見せている。
「あら。あなたは確か、西條家のご令嬢様よね? なにかご用かしら」
如月先輩がそう言うと、西條さんは何か覚悟を決めたように小さな唇をきゅっとさせ、一気に凛々しい顔へと変化する。そして、後ろに立っている黒服から白い封筒を受け取ると、そこから一枚の紙を取り出した。
俺と如月先輩は訳が分からずにお互い顔を見合わせる。
「……若葉が青々と茂る季節となりました。当校のますますのご発展をお喜び申し上げます。この度、私、西條詩は、生徒会活動に参加させていただきたく、心よりお願い申し上げます。如月様のご指導を受けることで、私自身も成長し、学びを深めたいと存じます。生徒会の一員として、責任を持って学校の発展に貢献し、生徒の皆様の声を代表して、より良い学舎づくりに努めてまいります。この熱意をご理解いただき、ぜひとも貴重な機会をお与えいただけますようお願い申し上げます。最後に、お忙しい中お時間をいただきましたこと、心より感謝申し上げます」
入学式のスピーチのような文章を読み終わった西條さんは、満足気な表情で紙を封筒にしまい、黒服に渡す。
その動作を唖然とした顔で見ている如月先輩の気持ちがよく分かる。俺だって理解が追いついていない。
「という訳で……あの、如月様! このようなことを突然言うのは失礼だと重々承知していますが、私を生徒会に入れてくれないでしょうか!?」
解散危機の一歩手前であるこの状況、普通なら喜んで迎え入れるだろう。しかし、西條さんの前では性に関する言動を一切してはいけない。つまり、性が大好きな如月先輩にとっては死活問題なはずだ。
さて、如月先輩は一体どうするつもりなんだ?
「……ちょっとだけ待っててくれる?」
「は、はい」
うげぇ。椅子から立ち上がったと思うと、如月先輩に首ねっこを思いっきり引っ張られた。そして、なすがままに部屋の端っこに連れて行かれる。
「小野寺くん、この場合、どうしたらいいのかしら」
どうしたらいいのか、って言われても……。
「生徒会を解散したくないなら、入れるしかないんじゃないですか? こんなチャンス、二度とありませんよ」
「それは十分理解してるわ。だけど、あの子が生徒会に入ったら私の娯楽の場所が無くなるじゃないの! ここだけが唯一、自由にできる場所なのに!」
「じゃあ断るしか……」
「そしたら、そのまま解散することになるじゃない! そもそも、西條家の人達は反対しないのかしら? 私が西條家の人間だったら、こんな危険の塊みたいな人物がいる生徒会なんてぜーーーったいに許さないわ」
さっきから自己分析◎だな。そこまで自分がめちゃくちゃだと分かってるなら、今すぐ態度を改善してくれ。
まあ、言ってることは大いに共感できるけど。確かに、何で西條さんが生徒会に入ることを許したんだ?
「如月様、小野寺様。そのことについて、少しお話をさせていただけないでしょうか?」
いつの間にか背後に黒服が立っていた。一切気配を感じなかったぞ。
「話って?」
「……お嬢様の前では話せませんので。少々、お待ちください」
黒服はそう言うと、扉付近に立っていた別の黒服達とアイコンタクトを取る。そして、何か西條さんに話しかけたと思うと、どこかに移動して行った。
「お嬢様は別室へと移動してもらいました。お嬢様を待たせてはいけないので、早速本題に入りたいと思います」
ふーん、と如月先輩は再び椅子へと腰掛ける。
「で、自分で言うのもあれだけど、あの子がここに入ることは反対されなかったのかしら? 私は性禁止条約に反対している一人なのよ」
「もちろん、反対の嵐でした。ですが、常にお嬢様の望みを叶えるのが当主様の方針です。……『自分よりも詩様。常に詩様中心で考えろ』」
なんだ、その自分勝手も極まりない言葉は。
「これは当主様が考えなさった言葉です。この言葉通り、私達黒服、いえ、西條家の皆様も、お嬢様の要望には常に答えなければなりません」
急に西條さんが怖くなってきた。彼女は何でこんな強い権力を持っているんだ? 当主<西條さんってことは、西條家のトップは実質、西條さんってことになるよな……。
「ということで、生徒会への入会を許可したのです。つきましては、今後お嬢様の前では一切性に関する言動をしないようにご協力をおね……」
「却下」
即答だ。『性』がとにかく大好きな如月先輩にとっては、簡単に飲み込めるはずがない。
その様子は態度からも伝わってくる。ギロっと黒服を睨むその目に、思わず怯んでしまった。
「交渉したわよね? 生徒会室では自由にしていいって。約束を破るなら、契約違反に値するわよ」
話の内容よりも、どんな交渉をしたのか本当に気になって、話が入ってこなくなってきた。生徒会室の自由をもらうための交渉で、一体何の契約を結んだんだ?
「……もちろん承知しております。しかし、如月様は何が大きな勘違いをしていないでしょうか?」
「勘違い?」
「はい。私達は生徒会室の中で一切性に関する言葉を行うな、とは一言も言っていません。お嬢様の前だけ控えて欲しいのです。これは性禁止条約と同じですよね。そして、私達、黒服は今後は一切生徒会室へ出入りしません。例え、お嬢様がいたとしても」
言ってることが意味不明すぎて、こんがらがってきた。
「それはどういうこと? 私にとっては嬉しいけど、それはあなた達が損するだけじゃないかしら? 言っとくけど、カメラとかで監視するのも許さないわよ」
「そんなことは致しません。実はお嬢様から『如月様のご迷惑になるので、黒服の皆様は生徒会室への立ち入りは禁止ということでお願いします』と言われてしまいましたので、我々が出入りすることは困難です。ですので、如月様。西條家と一つ取引をしませんか」
西條家との取引。よく分からないが、とんでもないことになりそうな予感がする。
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