第9話 あの一家はとにかくcrazy

「取引?」


 如月先輩はそう言うと、じっと黒服を見つめる。


「はい。簡潔に言いますと、如月様に『生徒会室の中で、お嬢様の前で性に関する言動をしない』と約束して欲しいのです」

「はぁ、私は性に関する言動を控えることは一切しないって言ってるでしょ。それに、生徒会室では自由にしていいって契約も結んでる。さっきもその話をしたでしょう?」


 何度同じことを言わすの、と文句を垂れる如月先輩。明らかに不満そうだ。


「もちろん承知しております。契約を結んだ故、立場は如月様の方が上となっていることも存じております。ですから、取引という形で穏便に解決しようとしたいのです」


 黒服はそう言うと、鞄からスッと一枚の紙を取り出す。


「如月様、こちらでいかがでしょうか。西條家による『製作サポート(素材提供、知識提供、人材提供、場所提供)』を致します。また、可能な限りはあらゆるデータの提供も可能です」


 驚いた。まさかたった一人を説得するのにここまでするとは……。見ろ、あの顔。あんな幸せそうな如月先輩は見たことないぞ。


「あの子の前では気をつけたら良いのよね。仕方ないわ、特別に協力してあげる」


 さっきまでの態度と一変する如月先輩。早速、欲しいものを紙に書いている。そういうところはびっくりするほど仕事が早いんだな……。


「ありがとうございます。では、取引成立ということで。さて、そろそろこの辺りで話も終わりにしましょう」


 黒服は扉を開け、一緒にお嬢様の元へ来てくれませんか?と問う。上機嫌な如月先輩は文句の一つもなく、黒服について行った。俺もその後を追おうとする。


「小野寺様は少々お待ちを。すぐに戻ってきますので」


 黒服にすかさずそう言われた。

 てっきり、交渉系の話や性がなんやかんやみたいな話は俺に一切関係ないと思ってたので、ここで声をかけられるとは思っていなかった。さっきまでは如月先輩がいたので何とかなっていたが、黒服といざ一対一で話すとなると緊張してくる。


「お待たせしました」


 うるさい心臓を落ち着かす暇も無く、黒服はあっという間に戻ってきた。


「突然ですが、小野寺様にも一つ、西條家と取引して欲しいのです」


 取引。いざ自分が取引をするとなると、気楽さなんてものは一切無い。むしろ、緊張と不安の方が大きい。


「こちらを」


 黒服が取り出した紙には、取引内容とのことが書かれていた。


「小野寺様には『如月様の監視、つまり、如月様からお嬢様を守って欲しい』のです。その報酬として『アルバイトとして、監視一時間×二千円の時給』を出します。一応、それは生徒会室の中、つまり私達の手が届かない範囲だけの話となり、生徒会室内以外の活動では時給が発生しませんのでご注意ください」


 時給二千円!? 一日の活動時間が二時間くらいとして、2000×2=4000円。それが、土日を除く一週間で4000×5=20000円。で、一ヶ月で……約八万円!?

 ただ生徒会の仕事をこなして、如月先輩の監視……見張りをするだけでこんなに貰えるのか。いや、待て。確か姉ちゃんが『確定申告めんどくせー、103万の壁ゴミ』って言ってたような。


「もちろん、確定申告は西條家が行いますのでご安心ください。それと、基本的には無いと思いますが、もし103万を超えてしまった場合は、西條家の方で何とか致しますので、小野寺様が心配する必要はありません」


 心の中を読んだのかってぐらい、一気に不安を払拭してきたな。それと同時に西條家って本当に凄いんだなーと思う。


「……あの、質問なんですけど。もし、如月先輩が性に関することを言ってしまった場合、それはどう判断するんですか?」


 これが一番気になっていた。もし、俺が如月先輩が下ネタを言うのを止められなかった場合、あるいは如月先輩が下ネタを言っていたのを俺が報告しなかった場合、その場に黒服がいなければ判断のしようがないはずだ。

 しかし、予想していた反応とは異なり、黒服はふっと笑みをこぼす。


「そこは心配ありません。なぜなら、お嬢様は好奇心旺盛な方ですから、新しい言葉を聞くと必ず誰かに聞いて、すかさず勉強を始めるのです。なので、すぐに分かります。もし、お嬢様が性に関することを認知したと判断した場合、即座にあなた達の人格を一変させます(第4話参照)。こちらは如月様にも後々、お伝え致します」


 あの『たんぽぽ、わたがし、とぅいんくる』みたいなメルヘンな言葉ばっかり言う人間に、強制的にさせられるってことか!? それだけは本当に嫌だ。


「如月様とも交渉致しましたが、あの方は私達にとっても予測不可能な方なため、完全に不安要素を拭うことができません。なので、こうやって小野寺様にもお願いしているのです。いかがでしょうか?」


 如月先輩は無茶苦茶でも決して馬鹿では無い。メルヘン人間にされてないのがその証拠だ。今までは、きっと西條さんの前で性な関する言動をしないように気をつけてきたんだろう(多分)。

 そう考えたら、恐らくそんなに負担はかからないはずだ。それに、報酬も悪くない。むしろとても良い。……よし。


「分かりました、協力します」

「ありがとうございます。では小野寺様も取引成立ということで、詳しい話はまた後ほど」


 西條家と怪しげな取引をしてしまった。もしかしたら、とんでもない取引をしてしまったような気もするが、あまり深く考えないでおこう。

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