第6話 許すまじ、インスタントカメラ❤︎
あれは、入学して三日目。無駄によく晴れた日だった。
「ねえねえ、みんなで遊びに行かない? カラオケとかどう?」
という言葉を教室の隅っこで聞く。誤解してほしくないが、既に出来上がった陽キャグループの人達の声が大きく、偶然聞こえただけだ。決して盗み聞きではない。
ここで大事なのが、もしかして、俺も……と淡い期待は抱かないことだ。期待して誘われないというのは、普通に誘われないよりもダメージが大きい。
「せっかくなら、他のやつらも誘わね?」
まあ、断る理由もない。
仕方ない、誘われたなら行ってやるか。
1分、5分、10分――――。
「じゃあ、四時くらいに駅前集合ねー」
「うーす」「おっけー」「楽しみ!」
わざわざ数分待ったというのに、誰も話しかけてこない。というか、クラスのほぼ全員誘ってたよな。
……『期待して誘われないというのは、普通に誘われないよりもダメージが大きい』とは、つまりこういうことだ。
これ以上考えたら自己嫌悪に陥ってしまう。
複雑な感情の中、帰宅するため廊下を一人歩く。
他の新入生はみんな楽しそうに話している。
「ん?」
そんな中、廊下のど真ん中に何かが落ちていることに気がついた。見た感じ雑誌のようだが、表紙が真っ黒でどんな雑誌なのか見当がつかない。
一瞬恐怖を感じたが、それよりも好奇心が勝った。それに近づき、拾い上げる。
『あっ、もうイ◯ちゃう! いく◯くいくっ、あぁん♡』
裸体の男女がねっとりと絡みつく絵。いやらしい擬音と共にこのセリフが書かれている。
……は? エ◯漫画!!??
思わずつっこんでしまった。何故こんなものが廊下に落ちているのか。そう思わずにはいられない。
と、とりあえず、他のページも読んでみるか。もしかしたら偶然ここだけエ⚪︎漫画の可能性もあるかも……うん、普通にエロい。これ以上は駄目だ。学校にも関わらず、息子が元気になってしまう。
「あら、もうやめちゃうの? もっと見てもいいのよ」
どこかからか女性の声が聞こえてきた。
後ろを振り向くと、腰まである艶やかな黒髪を持った美しい女性が仁王立ち姿で立っていた。どこか威厳なオーラを放っているが、顔はニヤついている。
「それ、すごいでしょう? 私のコレクションの中でも最高の一冊なのよ。どうしても欲しいなら、特別に持って帰ってもいいわ」
「え、いや、その」
ありえない展開に頭が追いつかない。
話からして、この人がエ◯漫画を置いていたのか?
「あなた、名前は?」
「な、名前? 俺のですか?」
「そう。あなたの名前よ」
明らかに不審者っぽい人に名前を教えていいのか。
唾を飲み込む。冷や汗が出てきた。
「……勝手に見てしまってすみません。これ、返します」
さっさと返して、ここから離れよう。それが一番だ。
手に持っていたエロ本を返すため、立ち上がり、女性に近づく。その時、
「ひぐっ!?」
ズボン越しにち◯こを触られた。他人に触られたこともなく、あまりにも急だったため、変な声が出る。
「あなたのち◯こ、砂漠みたいね。それを使って、潤してあげなさい」
女性は床に落ちたエロ本を拾い上げ、俺のカバンにそっとエロ本を入れる。あまりの素早い動きに抵抗することができなかった。
「はい。これであなたのち◯こにもオアシスができるはずよ」
ここまで来ると本能で分かる。
この人は関わってはいけない人だ。
「す、すみません。この後用事があるので帰ります」
「待ちなさい、
驚愕した。この人、何で俺の名前を知っているんだ? それよりもこの変態に名前を知られたのが苦痛すぎる。
「ふふ、動揺が隠しきれてないようね。あなた、電車通学でしょう。定期券に名前が書かれているわよ」
どうやらエロ本を入れる時、見られていたらしい。
心の底からの恐怖を感じた。誰でもいい。誰か助けてくれ。
「でも名前なんてどうでもいいの」
「え?」
「ここからが本題よ。あなた、生徒会に入らない?」
生徒会。学校に必ず存在する組織で、選挙に当選したものしか入れない。なので、多少は知名度やカリスマ性を持つやつが多い。
そんなとこに何の才能を持たない俺がスカウトされる。
……まあ、成績のためにやってもいいな。ん、ちょっと待てよ。なんかおかしいぞ。何で生徒会役員でない人が生徒会に勧誘しているんだ。
「自己紹介が遅れたわね。私は二年の如月琴葉。この学校の生徒会長よ」
耳がおかしくなったのか? そう感じるほど、この女性が言っていることはありえない。
「生徒会長?」
「何よ、そのありえないって顔。正真正銘、私がこの学校の生徒会長よ!」
ふふんっ!って感じで誇らしげにしている、この人が生徒会長…… ありえない。ありえなすぎる。この学校の頭がおかしいのか? そうじゃないとこの人が生徒会長になれる訳がない。
というか、明らかに変人であるこの人に、生徒会にスカウトされているこの状況はかなりまずいんじゃないのか。前言撤回だ。成績なんて関係ない。絶対断ろう。
「で、どうかしら? あ、どうかしらの『どう』は『童貞かしら』の『どう』じゃないわよ。生徒会に入るか入らないかの『どう』よ」
「分かってます!」
っ! つい大きな声を出してしまった。
この人といるとペースが狂う。
「せっかくのお誘いですが、お断りさせていただきます」
「そう。残念ね」
あれ、随分あっさりしているな。こんなにすぐに引き下がらずに、もっとグイグイ来るものだと思っていたのに。
まあいい。これで平和な学校生活は守られたな。この人ともこれ以上関わることはないだろう————。
そう考えていた時、女性は一枚の紙をすっと取り出した。
「でもね、君に拒否権はないのよ」
その紙を俺に見せびらかすように裏返す。
再び驚愕した。
「断ってもいいわよ。もちろん、生徒会に入るか入らないかは君の自由だから。でも、この写真は私の好きにさせてもらうわね」
その紙には、エ◯漫画を読んでいる俺の姿がはっきりと映っていた。おまけにしっかりと『エ◯漫画読んでるな、コイツ』と分かるようなアングル。
「インスタントカメラって便利ね。買ってよかったわ」
満足する女性と裏腹に、俺は言葉が出なくなっていた。
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