僕は、君の遺影を撮る
灰月 薫
パシャリ。
今時持っている人の方が少ないだろう、一眼レフカメラ。
その画面内に少女がいた。
斜陽が埃に反射する教室で、スポットライトに照らされるように立つ少女。
その顔には、ほんの少しの隙間も無い、完璧なまでな笑顔が。
僕はレンズに手を伸ばし、F値を絞る。
その途端景色がぎゅっと遠ざかり、少女だけが世界に取り残された。
___パシャリ。
カメラを動かさないで、僕は言う。
「ちょっと顎を引いて」
パシャリ。
画面内の彼女が、ほんの少し顎を引いた。
先程は可愛らしい笑顔だったが、今度はほんの少しの凛々しさもある。
僕は埃を被った教室内を、歩いていく。
彼女が纏う服は、なんとも普通の制服だ。
普段は特に可愛いとも、ダサいとも思わない。
……だけど、彼女が着て仕舞えば。
彼女が着たそれは、まるで彼女の為だけに
彼女の空気の中に溶け込み、彼女の整った姿を引き立てる……ドレス。
パシャリ。
僕は、それを写真内に閉じ込めた。
「どう?撮れた?
……私の遺影」
彼女は完璧な表情管理を崩さないまま、僕に尋ねた。
静かな声だったが、もっと静かな教室内では十分な声量だ。
「……まだまだだね」
僕はそう言いながら、視界からカメラを退けた。
僕の肉眼が、彼女の姿を捉える。
「ふぅん」
彼女の頼みで撮っているのだというのに、凄く興味なさそうな返答が返ってくる。
___でも、それで良い。
僕はカメラマン。
君は被写体。
そこにどうして指示以外の言葉が必要だろうか?
僕はもう一度カメラを覗き込んだ。
「座って、話して」
彼女は手近な椅子を引き、そこにストンと腰を下ろした。
微かに座り直すと、口を開いた。
「何を?」
パシャリ。
すかさずそれを捉えながら、僕は答える。
「何でも。
君が話している自然な姿を撮るべきだから」
「そっか」
彼女の眼は、僕のレンズを飛び越えている。
まるで
……それが良い。
それが、正しい。
「君に“遺影を撮ってくれ”って言った時、君は随分正直に受けてくれたよね」
彼女は特に表情を崩すまでも無く、話し始めた。
「理由も聞かなかった。
ただ、うんって一言だけで答えた。
……どうせ話すこともないから、その理由を話しちゃおっか」
パシャリ。
僕はアングルを変えながら撮る。
……理由なんて、聞く必要は無かった。
彼女を撮ることができるのなら、素晴らしい被写体が手に入れられるのなら、それで良かった。
「……私さ、死ぬんだよね」
パシャリ。
「なんか私もよく分からないけど、酷い病気らしいんだよ。
治療しても治らないらしいし、それでも、延命治療はされるらしい。
……でもさ、私、苦しんで死ぬのは嫌だな」
パシャリ。
ほんの少しだけ、彼女の表情が歪む。
……そう、それが撮りたかった。
「治療って苦しいんだって。
凄く凄く苦しくて、それでもやっぱり死ぬんだって。
最悪だよね。
……だから、私は自分で死に方を決めるの」
パシャリ。
今度は、邪悪な決意がその顔に混ざる。
話させて良かった。
こんなに自然な表情が撮れるだなんて。
「海に行くんだ。
ちょうどこんな夕焼けの時に、真っ赤になった海に潜る。
きっと海の中まで真っ赤でさ、私の血肉を受け入れてくれるよ。
……でも、生きた証が一つもないと、ちょっとは寂しいからさ」
彼女は椅子から腰を上げた。
明確な指示違反。
でも、僕は何も言わない。
それは妖艶で、純朴で、あまりにも美しいから。
ただ、僕はシャッターに指をかける。
「君が遺影を撮って、最高の遺影を撮って……見た人全員の心に焼き付けて呪って、それから死ぬね」
パシャリ。
僕は撮った。
彼女の最高の写真を。
忘れられない。忘れることのできない。
1ビットから全てまで、とことん美しい写真を。
画面の中で、彼女が首を傾げる。
「撮れた?
私の遺影」
……あぁ、撮れたよ。
最高傑作が、君にぴったりの写真が。
でも。
でも、僕は撮りたい。
君が死ぬ1秒前まで。
君が治療に苦しんで苦しんで、歪みきった顔を撮りたい。
生きたいともがいて、やっぱり無理で、それでも諦められない君を撮りたい。
……それは、きっと今の君よりも美しいから。
「まだまだだね」
パシャリ。
僕は、君の遺影を撮る。
僕は、君の遺影を撮る 灰月 薫 @haidukikaoru
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