冬樹side
一小節目
幸せは、いつだって唐突に終わる。
「ママ。テレビにパパが映ってるよ」
交通事故である夫婦が亡くなったというニュースが流れた日から、温厚だった母親は変わってしまった。母は酒に溺れ、店の客と思われる男を頻繁に家にあげるようになった。母親が連れて来た男のなかには、暴力を振るう奴もいた。なぜ殴られるのか分からないまま、ただひたすら耐える日々が続いた。
十歳の誕生日の夜、母方の祖父が家にやって来た。ゴミだらけの部屋を見た祖父は、俺を引き取ると言い、母親はそれに対して何も言わなかった。祖父は俺が一人でも生きていけるようにと、勉強だけでなく、料理や武術など色んなことを俺に教えてくれた。周りに田んぼと畑しかないような田舎だったが、理由もなく自分を殴ってくるような男がいる家で暮らすよりかはマシだった。
祖父と暮らすようになって数年が経ったある日のこと。学校から帰ると、居間にスーツを着た男が座っていた。
「はじめまして。君が冬樹君かな?」
「そうですが、あなたは?」
「私は、君のお父さんの弟だよ。今日は、君に用があって、ここへ来たんだ」
笑っているようで笑っていない。胡散臭い笑みを浮かべる男だと思った。
「冬樹君。東京で私と一緒に暮らさないか?」
父親が死んでから十年。今まで音信不通だったのにも関わらず、なぜ今になって一緒に暮らすことを提案してきたのだろう。
「もっと前から俺のことを知っていたはずですよね。なぜ今頃になって、俺に会いに来たんですか?」
「今まで仕事が忙しくて、君に会いに行く余裕がなかったんだ。それについては申し訳なかったと思っている。君には、今よりも豊かな生活を保障するよ。もちろん、君のお母さんも含めて」
「・・・・・・あなたが俺と暮らすメリットは何ですか?」
「君は聡いね。君には将来、私の会社を継いでもらいたいと思っている。君は豊かな生活を、僕は会社の後継者を得られる。悪くない提案だと思うけど、どうかな?」
柔和な笑みを浮かべる彼の顔面に、お茶をぶっかけてやりたい気分だったが、そんなことをすれば何をされるか分からない。俺は平静を装って、「そうですか」と言った。
「俺以外に適任はいくらでもいるでしょう。わざわざこんな田舎までご足労いただき、ありがとうございます。どうぞお引き取り下さい」
「君が望まなければ、無理には勧めないさ。でも、ひとつだけ君に頼みがある」
「頼み?」
「そう。一度だけでいいから、君のお姉さんに会ってほしい」
「俺に姉がいるなんて、初耳ですが」
「彼女は、君の腹違いの姉だからね。兄が事故で亡くなって以来、僕が代わりに面倒を見ていたんだけど、とてもいい子でね。今は学校の先生をしているんだ。君の父親は、将来、君と彼女を会わせたいと言っていたから、どうしてもその夢を叶えてやりたくて」
最後に父親に会ったのは、自分が五歳の時だろうか。顔も声も覚えていないが、彼が優しかったことだけは覚えている。
「すみません。しばらく考えさせてもらってもいいですか?」
「分かった。良い返事を待ってるよ」
男は携帯番号が書かれたメモ用紙を俺に渡すと、その足で家を去っていった。
腹違いの姉に会うか考えた末に、俺は彼女と会わないことにした。会わない方がお互いのためだと判断したからだ。
男に連絡を入れた後、東京にいる母親のことが気になったので、俺は再び東京に戻ることにした。後で知ったが、父親の弟と名乗った男は、毎月三十万以上の大金を母親の口座に振り込んでいた。彼の資金援助がなければ、俺と母親は路頭に迷っていたのだと思うと、なんとも言えない気分になった。
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