五小節目
真冬が倒れてから数日が経ったが、彼女は相変わらず人形のように眠り続けていた。
買ってきたスイートピーを花瓶に入れ、水を注いでいると、突然、病室の扉がガラリと開いた。
大きく胸の開いた白いシャツに短いタイトスカートを履いた女性は部屋に入ってくるなり、病室にいる俺を見て「あんた、誰?」と尋ねてきた。彼女が真冬ではなく、ベッドに横たわっている男の関係者だと察した俺は、咄嗟に、彼が道で倒れているところを保護しただけですと嘘をついた。
「失礼ですが、あなたは、彼とどういうご関係なんですか?」
「母親。病院から呼び出されたから来ただけよ」
本当に母親なのかと疑いたくなるほど、彼女の態度はそっけなかった。色んな家庭があるのは事実だが、もう少し心配してもいいんじゃないだろうか。
「あの、すみません。もしも俺がいない時に彼が目を覚ましたら、この番号に電話していただけないでしょうか?」
「はあ?どうして、あんたにそこまでしないといけないのよ」
「すみません。でも、彼のことが心配なんです。この名刺は処分してもらって構いませんから、どうかよろしくお願いします」
彼女は舌打ちしながら名刺を取ると、無言で病室を出て行った。
「お前の母親、おっかないな」
ため息交じりでそう言うと、ベッドで眠る彼が微かに笑ったように見えた。
翌日。十日間の忌引き休暇を終えた俺は、仕事帰りに病院へ向かった。真冬のいる病室へ行くと、部屋のプレートが空になっていた。その患者は今朝退院したと看護師が教えてくれたが、携帯には例の女性からの着信はなく、家に帰っても真冬の姿はなかった。
〆野冬樹。彼の名前しか知らない俺には、それ以上、どうすることも出来なかった。
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