三小節目
真夏の朝の陽ざしは殺人的だ。
カーテンが開かれ、強烈な日差しが目に飛び込んできた。
「おはよう、ハルちゃん」
銀髪の男が、キラキラした笑顔を俺に向けた。数秒経ってから、彼が真冬であることを思い出した。
「朝食はパンにする?それとも、ご飯がいい?」
「真冬」
真冬の腕をつかみ、自分が寝ているベッドに引き寄せた。
「身体は平気か?どこか痛いところは?」
「大丈夫。どこも痛くないよ」
顔色や体温に異常がないことを確認した後、真冬が隣で寝転べるように壁際に寄った。真冬は俺の腕に頭を乗せると、心地よさそうに目を閉じた。
「この後、どうしようか。どこか行きたいところはあるか?」
「ハルちゃんが行きたいところに行きたい」
真冬はいつだって、自分よりも他人を優先する。まるで我慢が美徳かのように。
「そういえば、隣町の向日葵畑が見頃らしいんだけど、一緒に行くか?」
「え、いいの?本当に?」
「他の場所が良かったか?」
「ううん。そうじゃなくて、ずっと行きたいと思っていたから」
「じゃあ、決定な。準備できたら、一緒に行こう」
真冬が支度をしに部屋を出て行った後、机の引き出しからノートを取り出した。
向日葵畑を見に行きたい。その願いは、真冬の叶えたいことリストに書かれていた。
「まずは、これからはじめるか」
ペン立てからボールペンを抜き取ると、叶えたいことリストの項目欄のひとつにチェックを入れた。
早朝とはいえ、外気温はすでに三十度を超えていた。ジリジリと肌が焼けるのを感じながら、俺は必死で自転車を漕いだ。
「暑い。しんどい。マジで無理。もう限界だぁぁぁ!!」
「ハルちゃん、頑張って!もう少しで着くから」
後ろから、真冬が小型扇風機の風を送ってくれた。愛する妻を乗せて走らせる自転車は、以前に比べてずっと重かった。
向日葵畑に到着すると、真冬がスポーツドリンクを鞄から取り出し、俺に渡した。
「お疲れさま」
「ありがとう。久しぶりの遠出だから、かなり体力消耗した」
真冬から受け取ったスポーツドリンクを一気飲みした。
お盆の時期ということもあり、向日葵畑には大勢の人がいた。向日葵畑を背景に友人や家族と写真を撮っている姿を、真冬は羨ましそうに見ていた。
「真冬。一緒に写真を撮ろう」
「え、でも・・・・・・写真、苦手じゃなかった?」
「そうだけど、真冬との写真をもっと残せばよかったって、後悔したから」
昔、父親から写真に写ると魂を抜き取られると脅されて以来、写真に写ることを極力避けてきた。はじめて真冬とデートした日も、真冬が二人で写真を撮ろうと言ってくれたにも関わらず、写真が苦手だからと断ってしまった。真冬が亡くなった後、彼女の遺影写真を探すのに苦労し、写真が苦手だと言ったことをひどく後悔した。
「もう手遅れかもしれないけど、真冬との思い出が欲しい。たくさん写真を撮って、思い出を作って、お前のことを一生覚えていたい」
きゅうと変な呻き声が聞こえたと思ったら、真冬がその場でしゃがみこんだ。
「どうした、真冬!大丈夫か?」
「・・・・・・大丈夫じゃない」
真冬の目線に合わせて屈むと、真っ赤な顔をした真冬が見えた。真冬は涙を拭いながら、鼻をすすった。
「なんで泣いているんだ?」
「ごめん。なんかプロポーズみたいだなって思ったら、幸せすぎて死にたくなった」
「もう結婚してるのに?もう一度、指輪を買いに行くか?」
「それもいいかもね」
その後、俺たちは他愛ない話をしたり、向日葵畑を背に写真を撮り合った。真冬の笑顔を見る度に、この時間が永遠に続けばいいのにと、願わずにはいられなかった。
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