三小節目
真夏の朝の陽ざしは殺人的だ。
カーテンが開かれ、強烈な日差しが目に飛び込んできた。
「おはよう、ハルちゃん」
銀髪の男が、キラキラした笑顔を俺に向けた。数秒経って、彼が真冬であることを思い出した。
「朝食はパンにする?それとも、ご飯?」
「真冬」
俺は真冬の腕をつかむと、自分が寝ているベッドに引き寄せた。
「身体は平気か?どこか痛いところは?」
「大丈夫。どこも痛くないよ」
顔色、体温、脈拍。どれも異常はなさそうだ。
真冬が寝転べるようにベッドスペースを空け、二人で横になった。
「この後、どうしようか。どこか行きたいところはあるか?」
「私は特にないよ。ハルちゃんが行きたいところに行こう」
真冬は俺の気持ちを優先しがちだ。その好意に甘えてしまったせいで、真冬には寂しい思いをさせてきた。
「そういえば、隣の市にある向日葵畑が見頃らしいから、良かったら一緒に行かないか?」
「え、向日葵畑!?」
彼女の食いつきように驚きつつも、俺はスマホで向日葵畑までの道順を確認した。そんなに向日葵畑に行きたかったのなら、はじめからそう言えばいいのにと思ったが、その言葉は言わずに飲みこんだ。
早朝とはいえ、外気温はすでに三十度を超えていた。ジリジリと肌が焼けていくのを感じながら、俺は必死に自転車を漕いだ。
「暑い。焦げる。マジできつい。もう無理だぁぁぁ!!」
「あともう少しだから頑張って!」
情けない声をあげる俺の後ろで、真冬は俺に声援を送ってくれた。可愛い妻の頼みだから仕方がないと思いつつも、大人の男を後部座席に乗せて走らせる自転車は重かった。
目的地に到着すると、そこは満開の向日葵畑が広がっていた。
「お疲れさま。連れて来てくれてありがとう」
真冬からスポーツドリンクを受け取り、一気に飲み干した。
「ぷはぁ。生き返る」
ビールでないのが残念だが、それは心の中に留めておいた。
お盆の時期ということもあり、大勢の人が向日葵畑に来ていた。向日葵畑を背景に友達や家族と写真を撮っている姿を見て、真冬は「いいな」と呟いた。
「真冬。一緒に写真を撮るか?」
「ううん、いいよ。ハルちゃん、写真撮られるの苦手でしょ?」
「苦手だけど、今はお前との写真を残したいと思っている」
昔、父親から写真に写ると魂を抜き取られると脅されて以来、写真に写ることを避けてきた。はじめて真冬とデートした日も、真冬が二人で写真を撮ろうと言ってくれたにも関わらず、写真が苦手だと言って断ってしまった。それ以来、真冬は写真を撮ろうと言わなくなったが、真冬が死んだ後、彼女との写真を残さなかったことをひどく後悔した。
「今さらかもしれないけど、お前との写真を残しておきたい。もっとたくさん、お前との思い出が欲しい」
真冬は、きゅうと変な呻き声をあげると、その場にしゃがみこんだ。
「大丈夫か、真冬。どこか痛むのか」
真冬は頭を左右に振った。腰を下ろすと、真冬が泣いているのが見えた。
「どうして泣くんだ。そんなに俺と思い出を作るのが嫌だったのか?」
「違う。違うの。そうじゃなくて、嬉しすぎて涙が出ただけ」
愛おしい。その一言に尽きた。
「真冬」
真冬が泣き止むまで、俺は彼女の背中を撫でた。彼女が泣き止んだ後、俺たちは向日葵畑を背景に写真を撮り、近くにあったカフェで他愛ない話をして過ごした。
時々、真冬の姿が二重に見えることがあったが、スマホの見過ぎで視力が悪くなったせいだと自分に言い聞かせた。
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